麻布抹茶

天使の抹茶ラテと悪魔の落書き㉓

【終わりの始まりⅣ】

「わー! わー! やっぱり追って来てるよー裕也!」
「なんであんたそんなに楽しそうなんですか!」

トキエは助手席から後ろの車を見て喜々としていた。
「だって裕也の映画の話と同じじゃない! こんなことってあるんだねぇ」
「あるわけないでしょ。たまたま行く方向が一緒なだけですよ」
「じゃあ次曲がってみようよ」

トキエがタクローに同意を求めるように言うがタクローは黙って運転している。その横顔には能面の様な笑みもない。
「暗いんですから道わからなくなりますよ」
「大丈夫よ。すぐ戻ればいいんだから」
「ホントに追われて道迷ったらどうするんですか」
「たまたまなんでしょ。追ってこないって。タクローさんそこ曲がって!」

タクローは黙って指示に従う。車は大きく揺れながらたんぼ道のような側道へ入った。これまでの道は知らない道ではあったが、少ない街灯が道しるべになっていた為、多少なりの安心感があった。しかし前方に続いてるはずの道には街灯など一本も立ってない。裕也に不安が押し寄せる。この道には先があるのだろうか。
「ちょっと、道大丈夫なんでしょうね?」
「あのね、こうみえても私この辺りの道には詳しいんだから。タクローさんちょっと止まって」
「でもこんなに暗いと分かる道も……」
解らないでしょ。と言おうとしたが、助手席から後ろを伺うトキエの整った顔が、後ろの車のヘッドライトに照らされて声が出なくなった。追ってきたのだ。
「来たー!」
「ちょっとちょっと! どうするんですか!」
「タクローさん出して出して!」

興奮ぎみのトキエにせかされてタクローは黙って車を前に出す。
「戻れなくなっちゃったじゃないですか!」
「そのうち戻れば大丈夫だって」
「そしてなんなんですかあの車! 誰のお客!?」
「謎の組織だよー」
「だからなんでそんな楽しそうなのあんたは!」

「だって裕也の映画の話と同じ事ばかり起こってるんだもん。ビックリするよー! ねぇタクローさん」
楽しそうにはしゃぐ幽霊は、幽霊でも取り憑いてるかのような様子のタクローに同意を求める。
「……ぁぁ……そうですよね……」
タクローの様子を横目に裕也は一抹の不安を抱き始めている。
「仕事が無くなる所も一緒でしょー? 謎の組織に追われる所も一緒でしょー?」
「たまたまですよね? タクローさん」

一応聞いて見る。
「……ぅん」
「これから裕也の映画の主人公はどうなるんだっけ?」
「どうでしたっけ?」

逆にトキエに聞く。昨日の事とはいえ、口から出るに任せて吐いた言葉などあまり覚えていない。
「たしかね、あ! 人形を人質にって言ってたじゃん! 人形居るじゃん!」
トキエがすごいすごいと興奮する。タクローはハンドルを抱きしめるように背中を丸め、黙って運転している。後ろに目一杯倒したシートはいったいなんなのか。裕也はタクローへ声をかける。
「ねぇタクローさん」
「……はい」
「何か僕に言う事ありませんか?」
「……」
「あるんですね?」
「……ぃゃ……」
「あるでしょ?」
「はい……」
「てめぇ……」

タクローがチラリと裕也をみる。
「変だと思ってたわ! 何した!」
トキエが驚いて二人を見る。
「ち、違うんだよユウちゃん! こんな事になるなんて思ってなかったし、ユウちゃんに良いことがあればいいなぁーって思ってやったことだったんだよこれ本当に! まさか死んじゃうなんて思わなかったんだよ!」
「は? 死ぬ? 死ぬってなんだよ」

タクローが「しまった」とでも言うような表情をして、取り繕うように笑顔を貼り付けた。
「あ、嘘。別になんでもないやつだ」
「嘘へたすぎだわ!」タクローの襟元を掴む「何した! 全部吐けコラ!」

車が揺れる。トキエが小さい悲鳴をあげた。
「ちょっとやめなよ! どうしたの!?」
「ユウちゃん落ち着いて! 大丈夫だから! 大丈夫っ!」

タクローが苦しそうに訴える。運転中なので仕方なく裕也は手を放す。
「まず何をしたのか全部言って下さい」
「別にたいした事はしてないよー。昨日ユウちゃんのカバンに僕の本の切れ端を忍ばせただけだよー」

カバンの中を調べようと手元を探る。足下に落ちていたカバンを開けるが、暗くてよく分からない。
「ほら、漫画貸したでしょ? あの間に」
「あの時か……」

何やらタクローが変なメモを取っていた事を思い出して呟く。
手探りでタクローの漫画を取り出してめくって見るとそれはすぐに見つかった。そしてその文字はしっかりと滲んでいた。
フロントミラー越しのタクローの目が笑っている。
タクローの頭のつもりで、裕也が膝枕をしているアヤタンの額を殴りつけた。
「あぁ! あやたん!」
「うっさい! なんて書かれてたんですか?」

ふてくされながら聞く。トキエは意味が分かっていない様子だったが、気を遣ってか黙って前を見て聞いている。
「えっと確かね、喋った事が本当になるって書いたかな」
「あ……あんた……」
血の気が引いてゆくのを全身で感じた「なんて事を……」
そのまま言葉が出なかった。昨日何を話したのかを思い返そうとしても頭がうまく回らなかった。
「ユウちゃん昨日何言ってたんだっけ?」
タクローがトキエに聞く。
「え? 話がよく見えてないんだけど……」
「ごめんトキエさん。詳しくは後で話す。とりあえず昨日話した俺の映画のあらすじってどんなでしたっけ?」

憔悴しはじめた裕也もトキエの記憶に頼る。
「たしかぁ……主人公の仕事先が警察に捕まったから無くなってぇ……人形を人質にして謎の組織とカーチェイスしてぇ……」
解ってはいたが、裕也は聞きながら体の力が抜けていくのを感じていた。
「えっと……なんだっけ。拳銃とか出てきたよね?」
言いました。銃撃戦って言いました。
「派手なシーンがどうとか……」
アクションするのかよ。誰がだよ。
「お金とかエッチなシーンとか言ってた!」
そうだ! 悪い事だけじゃない。大金が手に入るはずだ。そしてエッチなシーンを体験出来るはずだ。この僕が。きっと。
「最後に主人公が爆発してバラバラなって死んじゃう」
そう。終わりがそれだよ。お金とか要らないよ。死んじゃうじゃない僕。なんだよ、爆弾なのかよ主人公。爆発ってなんだよ。
 トキエがハッピーエンドにして欲しいと言っていたのを思い出した。僕はハッピーエンドはおもしろく無いと言った。そのときのトキエの言葉も思い出される。

「バッドエンドなんか現実に溢れるほどありふれてるんだし」

全くその通りだった。タクローの本という裏技を使っても僕の人
生はバッドエンドだった。

「大丈夫だよユウちゃん。たぶん」
フロントミラーのタクローの細い目が腹立たしい。
「何を根拠に大丈夫なんですか」
「きっと可愛い子とエッチなシーンできるよ」
「そんな事心配してないわ!」

膝元の人形を殴りつける。
「あぁ! アヤタン!」
車内がひときわ眩しくなった。後ろを見ると追ってくる車がすぐ後ろにつけていた。ライトを上向きにしているせいで目が眩むほど明るい。とりあえず、滲んだタクローのメモをズボンのポケットにしまい込んだ。滲んでしまった文字はもう元に戻すことはできないだろう。恨めしい表情で祐也は後ろを窺った。夜の闇に染められたような黒い車が見えた。細かくは見えないが高級車だろう。運転席と助手席に男が二人乗っているのを確認したところで、ポルシェのエンジン音がひときわ大きく唸った。
「眩しいからとりあえずまくよー」
こちらの絶望感などお構いなしに気の抜けた声でタクローが言う。わざとらしくシフトレバーを激しく動かすのを見せつけられる。その後、大きいエンジン音と共に体が後ろへ引っ張られた。黒い車とあっという間に距離ができる。
「うふふ。どうトキタン」
「凄ぉくかっこいいですぅー」
「えへへ」

タクローのにやついた声に裕也が文句を言おうとした瞬間、バキン、という音と共に運転席のサイドミラーが火花を散らしながら破裂した。
 静まる車内へ最初に声を出したのはトキエだった。
「銃撃戦キター!」
まじかよ、と心の中で叫んだ時には裕也の後ろにあるリアウィンドウから乾いた破裂音がした。
「おいちょっと! 死んだらどうするんだよ!」
 銃弾を発砲したと思われる後ろの車への糾弾を絶叫し、体をシートに隠そうと身を縮めた。でも膝にはラブドールが寝ているし、横にはタクローの運転席のシートがあり身動きがとれなかった。というか、タクローのシートのせいでラブドールがジェットコースターの安全装置のように裕也の体をロックしてくれていた。どうしよう、どうしようと考えていたら情けない声の悲鳴が聞こえた。自分だった。
「おいタクローさん! シートシート! 邪魔なんですよ!」
「あ! ガラスに穴あいてる!」

トキエが助手席のシートの隙間からおそるおそる後ろを覗いていた。
「このままだと僕にも穴空いちゃうんですよ!」
「あはは二つの意味で寒くなっちゃうねアハハ」

トキエが吹き出した。
「たくちゃんうまい!」
「うまくないわ!」
「えへへぇたくちゃんって呼ばれちゃった」

タクローは嬉しそうだ。すぐにでも死ぬような状況なのに。
「ねぇねぇ、もしかしてゆうちゃんが喋った事って本当になるの?」
トキエが楽しそうに祐也を見て言った。場に似合わないキラキラした笑顔がとても愛らしく見えた。でも今はそれどころじゃない。
「なんであんたそんな楽しそうなんだよ! バカか!」
「まぁまぁゆうちゃん」

タクローは裕也の慌てぶりをルームミラーで見ながら笑っている。
「そうなんでしょ!? ゆうちゃんって超能力者!?」
否定しようとしたが、タクローが祐也の言葉を遮った。
「そうなんだ。ゆうちゃんは言った事を本当にする力を持ってるんだ」
あほか。書いたことを本当にできるタクローのせいでこんなことになっているのだ。こっちのせいにするな。
「すごい! 超能力って本当にこの世にあったんだ!?」
この世のものとは言い難い幽霊のトキエが感動している所に車内へ響く銃弾の音。初めて聞く銃声は思っていたよりも軽い音で、本当にその音の先に死の入り口があるのか疑問に感じたのだが怖いものは怖い。
「もうそれでいいですからタクローさん! お願いですからシートを前にずらしてもらっていいですか」
「大丈夫だよ。当たるわけないよ」
「実際に後ろに打ち込まれてるんんだよ! 当たった時は死ぬ時でしょうが! 僕の後頭部が無防備すぎるでしょうが!」

こうしている間にも銃弾が頭蓋骨を突き破って脳漿を破壊するのではないかと想像して生きた心地がしない。
「バカだなぁゆうちゃん。昨日銃撃戦で死ぬなんて言ってないんでしょ?」
「あ……」

そういえばそうだ。悔しいがタクローの冷静な思考に素直に感心してしまった。まだバッドエンドの時じゃない。
「でもさー」トキエが不満そうに言った「銃撃戦っていう割には向こうが一方的よねー。こっちには銃ないし」
「あるよー拳銃ー」
タクローが運転しながらとんでもない事実を言いはなった。
「はぁ!?」
「撃ってみる? アハハ」

運転しながら助手席のダッシュボードを開けた。そこにはあった。黒い金属の塊が。無造作にあった。発煙筒のように。
「……それ本物ですか?」
いちおう裕也は聞いて見る。
「撃ったらわかるよー」
「よーし」

トキエが拳銃を手に取り銃口を裕也へと向ける。
「ちょっと! お前ほんと一回死ねっ!」
「もう死んでるし」
トキエが笑う「あ! 結構重い!」
裕也は必死で上半身をよじり、銃口から逃れる。
「これが安全装置だから。あれ? もう外れてたアハハ」
「お前ら……」

バッドエンドの前にこいつらに殺されるかもしれない。
ポルシェがスピードを落とす。後ろの車を引きつける気だ。意外とぬかりない。裕也は念の為耳を塞ぐ。
「トキタン撃って良いよー」
破裂音らしい破裂音が塞がれた鼓膜に響いた。こもった音だったが、それでもかなりの音であるのがわかった。でも昔、運動会で聞いたスタートの時の音と同じに聞こえた。車内に冷気が激しく入り込んで来た。後ろを見ると、小さめのリアウィンドウが粉々に砕けていた。黒い車のヘッドライトみるみるうちに小さくなっていった。
「きゃー! キャー! すごーい! 手が痛ーい! おもしろーい!」
トキエが興奮した様子で騒いでいる。
「待て待て待て! あんた人に当ててないよな?」
ドキドキしながらトキエに聞く。
「えー? わかんない。当たってないよね?」
「当たってないよー」

タクローが笑いながら言う。
「ホントかよ!? どこ狙ったんだよ」
「適当~」
「つうかなんで拳銃もってんだよ!」
「車に付いてきたんだよぅ」
「もし当たってたら警察に捕まるぞ」

当たって無くても捕まるじゃないかと、自分で言いながら思う。
「そんな簡単に当たるモノじゃないって大丈夫大丈夫」
相手に当たって死んでしまう事とか考えないのだろうかと裕也は少し怖くなった。
「正当防衛だよねーたくちゃん」
「えへへ。たくちゃんって呼ばれてるえへへえへぇ……」

車は細い道をバウンドしながら走っていた。

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