天使の抹茶ラテと悪魔の落書き㉖
【関之尾武雄と小岩井宏美とその他2人~終わりの始まりⅦ~】
僕があまり喋らない事も関係しているだろうけれど、タケチャンは縛られている二人と楽しそうに話しをしていた。足に怪我をしている(タケチャンが刺したのだが)男が下尾。耳から血を流している男が上村と言うらしい。大河原組の上下コンビと名を馳せ、幹部の一角を担いたいらしい。が、実際は雑用しかやらせて貰えず、ついに来た今回の仕事らしい仕事にはかなり気合いを入れて挑んでいたようだ。
「あーそうかー。じゃあダメだな。残念だったな」
笑いながらタケチャンが言う。
「ダメですかねぇやっぱり」
苦笑いを浮かべながら下尾が言う。
「元々ワンマンな組ですから狙い目だと思ったんですけど……」
と上村。「すぐ幹部になれると思ったんですが甘かったですね」
「こっち来ればいいじゃん?」
探していた飲み屋が閉まっていた時のような気軽さでタケチャンが提案する。
「いやいやいやいや……」
「イヤイヤイヤイヤ……」
「俺組長だし。気が向いたら来ればいいよ。お前らのとこと違って貧乏だけどな」
バックミラーに映るお互いの表情を伺う下尾と上村が滑稽だった。
正直まんざらでもないのだろう。
「あの……」
話題を変えるように、それでもおそるおそる、上村が言う。
「うちの組と関之尾組……何かあったんですか?」
「やめとけよー。俺達が知らなくて良いことだそれは」
下尾が上村を咎めるが、かまわずに上村は続ける。
「急にだったんです。オヤジが別宅から帰って来てから、急に関之尾組に対して……その……ピリピリし始めたのが」
言葉を選んでいるようだった。僕はよく知らないが、一年前に何かがあったのだろうか。タケチャンなら知っているかもしれないと、横目で伺う。
「……いや……一年前は組の事は全部オヤジがやっていたからな」
「そうですか……」
たしかにそれまで、関之尾組と大河原組はそれなりにうまく折り合いをつけてやってきていた。小さい小競り合いはあっても、それによって血が流れるような事は無くやってこられていた。時折タクローの本の力を使っていた様子だったが、命を奪う事はしない。それが異常な力を使う際の暗黙のルールであるように感じていた。そもそもあのタクローがそんな依頼を聞くとは思えない。
以前オヤジの使いでタクローに本(?)を書いて貰った時も、
「えー。それおもしろく無いじゃん」
「暑苦しいからこっちにしようよー」
「おたく喋らない人? 壁? 壁キャラなの?」
と、こちらの依頼した内容をそのまま書いてくれる事など無かった。
前回、『取引の際、こちらが圧倒的に有利な条件でまとまる』
という文章を依頼したが、『好きな人に振られて、そのショックで何故か水虫になって、水虫になった精神的ストレスで何故か痔になる』という文章になっていた。仕方がないので、その本(実際はチラシの裏のような紙だが)は便利屋を雇い、その男の名刺に加工して向こうの組長の元へいくように仕向けた。内容が内容なので成功したのかどうか確認する方法がないが、今回、その便利屋が使われ、栄二さんの運転する車が事故を起こすという僕達にとっては大きな事件へと繋がるわけである。
「まぁ……なにかあったんだろうな」
タケチャンが呟く。
「確認しようにもオヤジは生きながら死んじまったしなぁ」
同意を求めるように僕を見た。栄二さんと共に事故にあったオヤジの心臓は動いているけれど、意識があるのかどうかも解らない状態である。
「その……このたびはその……」
下尾が口を開き、慣れない言葉を使おうとするのをタケチャンが笑いながらやめさせる。
「使えない言葉を使うなよ」
「すみません」
「それにしてもお前らもウチの組の事はしってんだな」
今度は上村が答える。
「事故のその日に組長から聞いてました」
タケチャンが僕にアイコンタクトを送る。
間違いないな。と。
「あ、そろそろスピードを落としてください。右に看板があるので、そこの道をしばらく行くと見えてきます」
車は大河原組の別荘へと向かい走っている。下尾の言うとおり、右に細い道が見えた。道というか獣道を少し舗装したような印象だ。
「おい、道ってこれか?」
「はい。その細い道です」
「獣道だろこれ」
タケチャンも同じ事を思ったらしい。僕は少し笑いながらハンドルをきる。道は緩やかな上り坂だった。ゆっくりと車が上っていく。僕は子供の頃、一度だけ栄二さんに連れて行って貰ったジェットコースターを想起した。どこの遊園地だったかも忘れてしまったが、あの時の思い出はそれ意外全部、記憶の隅に追いやられてしまっている。それほど衝撃的だった。最初のあのカタカタというネジを巻くような音と、抗いようのない無慈悲な高さ。そして、想像の斜め上をいく(下へ落ちるのだが)落下の恐怖。
僕の人生で声を上げて泣いたのはあれが最初だ。そんな僕を見て、栄二さんとタケチャンは笑っていた。もう二度と乗りたくない。
怖くて嬉しくて楽しい思い出だった。