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動物病院のカルテ 仕事論

動物病院はたくさんあります。
しかし、規模の大きい病院はそれほど多くないため、ある程度の期間で転職したり開業したりする勤務医は多いです。

数年ぶりに大学時代の同級生から連絡があり、都内の居酒屋で落ち合うことになりました。

羽尾先生も同級生の彼も、それぞれ東京都近郊の小動物病院に勤務して、そろそろ1年が経ちます。

「今の病院、辞めようと思っているんだ」
「へー、何かあったの?」
開口一番そういう彼に、羽尾先生はびっくりして聞きました。
「症例検討会、やるだろ?」
「うん、いつも診察終了後にやるよ」
大抵の動物病院は、各獣医が診療した動物をスタッフ間で情報伝達したりアドバイスをしたりする機会を、症例検討会というような形でもつようにしている。
「うちの病院、最近売り上げが落ちててさ…」
「うん」
「で、いつも会の時に院長が売り上げをあげろって言うんだよ」
「売り上げ…」
羽尾先生たちのような勤務医が、病院としての売り上げを上げるには、一体どうしたら良いのだろうか?
その答えも、院長は言及するのだそうだ。

曰く、
・一週間後の再診ではなく三日後にしろ
・仕入れが安くて単価が上がる注射を使え
・大丈夫そうでも入院をすすめるように
などなど。
確かに悪いことではないのかも知れないが、グレーだろう。
そしてもし、担当医が不必要だと思いながらそれを勧めるのなら、やはりそれは間違いなくアウトだ。

「いつかお前、診療でオーナーとの会話が上手く行かないって、悩んでただろう?」
「あぁ」
確かによく覚えている。
他の勤務医に比べて、羽尾先生はオーナーに信頼されることが上手く行かないのを、とても気に病んでいた。
それは一年経っても、解決とは言い切れないのだけど。
「それでさ、顧客の心理だとかセールスの方法だとか、やたらと勉強していたよな」
「そうだね、どんな物でも売れるという、やり手セールスマンの本とか読んだな」
「正にそれだよ」
「何が?」
「何でも売れることは凄いけど、それじゃあ詐欺師と変わらないじゃないかって、あの時お前が言ってただろ」
思い出した。
その時も都内の居酒屋で、お互いの近況を報告しつつ、大きなホッケをつつきながら、そんな話をしたのだった。
『売れることよりも、相手に良い物を売ることに価値がある』
それは羽尾先生たちの場合、ほの動物やオーナーに適した獣医療に他ならない。

羽尾先生は、ウチの病院はまだ良いのかも知れない、と思った。
例え院長や先輩獣医や看護師さんにバカにされる立場であったとしても、日々正しいことが出来ている、という実感はある。

次の日、朝一番で院長の大きな声がした。
「おい高志!お前を怒るから院長室に来い!」
周りで聞いていた同僚の看護師さんたちが顔を見合わせた後、クスクスと笑い始めた。
それを尻目に羽尾先生は、二日酔いの重い足取りで院長室に向かい歩き始めた。

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