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中森明菜「禁区」

「禁区」
作詞:売野雅勇 作曲:細野晴臣 編曲:細野晴臣・萩田光雄

1983年9月7日発売の6枚目のシングル曲。

アルフィー「メリーアン」、杏里「CAT'S EYE」、葛城ユキ「ボヘミアン」、H2O「思い出がいっぱい」、杉山清貴&オメガトライブ「サマー・サスピション」といった、そのアーティストを世に知らしめた楽曲がヒットした時期。

これら以外のヒット曲は、長渕剛「GOOD-BYE青春」、岩崎宏美「家路」、シブがき隊「挑発∞(MUGENDAI)」、河合奈保子「UNバランス」、五木ひろし「細雪」、田原俊彦「さらば・・夏」など。

サザンオールスターズ・桑田佳祐氏の勢いは止まらず、高田みづえ「そんなヒロシに騙されて」や、原由子「恋は、ご多忙申し上げます」がこの時期にもヒット。

また松田聖子は「ガラスの林檎」と時差をおいて、そのB面だったビールのCMソング「SWEET MEMORIES」をヒットさせ、次作の「瞳はダイアモンド」と2曲同時トップ10入りも果たした。

「禁区」とは中国語で「禁止エリア」との意味らしい(BEST 2023 ラッカーマスターサウンド ライナーノートより引用)。
どうりで検索結果にこの文字列が出て来ないわけだ(とはいえ割と想像通りの意味なのだけど)。
そうは言っても中華風なポイントは一切ない、当時流行り始めた「テクノ歌謡」の先駆者である細野晴臣氏による、テクノサウンドバリバリの楽曲だ。

本作を聴いてまず最初に感じるのは「違和感」。
細野氏の打ち込みアレンジ構成自体が、当時の流行歌の中ではそもそも異端。
加えて思ったほどテンポが速くないため、ノッていいのかいけないのか分からない「もどかしさ」を感じさせる。

その「もどかしさ」は、1番のサビで裏拍で始まるコーラスにより、じんわりと「不穏さ」にすり替わる。
続く2番はAメロから裏拍で始まるストリングスにより持続され、よりその不穏さが増してくる。
この「もどかしさ」と「不穏さ」が、予定調和にならない「違和感」に繋がっており、むしろ詞で描かれている「不倫」の「後ろめたさ」をより一層増幅させ、スリリングな仕上がりにさせている。

売野氏は当時の「ノリ」を詩に込める才能に非常に長けている。
大体「不倫」といった言葉がメジャーになったのも、この80年代だと思う。
その「危うさ」や「大人の過ち」といった空気感を、女性視点で濃厚に描いており、それ自体は流石の腕と言えよう。

この詞の主人公は、幼さが抜けた大人の女性に見て取れる。
デビューから5作、
1st.「スローモーション」
2nd.「少女A」
3rd.「セカンド・ラブ」
4th.「1/2の神話」
5th.「トワイライト -夕暮れ便り-」
と、多少背伸びしてはいようとも、明菜本人の当時の年齢(16歳~18歳)に相応しい等身大の歌詞であり続けた流れで、いきなり「不倫」とは。
当時既に詞の世界を情感豊かに表現できるシンガーとの評価は得ていたとはいえ、2年目アイドルシンガーへの提供曲としてはかなり冒険だったと思うし、自身の作品として取り込むのは難しい作業だったと推測する。

ではこの難曲を彼女はどう歌ったか?
これが見事に過去の作品を超える安定した歌唱であり、かつその後の彼女の歌唱スタイルがこの曲から形作られたのでは、と思える出来。

本作は明菜の得意とする音域にかなり寄せて作られている。
前作「トワイライト -夕暮れ便り-」で要求されたほどの高音域はない。
比較的難易度低めの歌メロは、彼女の作品の中でも扱いやすいほうではないかと思う。

このおかげで音域に悩むことなく、上述のような難しい詞の世界をどう表現すればいいかということに集中できたのだろう。
この作品の中の彼女は、ちゃんと道ならぬ愛に迷う成熟した女性になっているのだ。
声の強弱や声色をこれまで以上に上手くコントロールして、発する言葉一つ一つが持つニュアンスを細かく丁寧に表現している。
結果としてメロディの「もどかしさ」「不穏さ」そして「違和感」に合致する歌唱を見事に乗せた作品になり、この曲は表現者「中森明菜」の最初の到達点になったのではないかと推測する。

そして実際に、彼女の成長に合わせたかのように、デビュー曲から交互にリリースしていた「清純性」と「不良性」のサイクルを、まるで到達点・ターニングポイントにしたかのように本作を置き、次作「北ウイング」で新たな展開を見せている。

全体において安定した発声であるものの決して一本調子ではなく、緩急・ニュアンスの変化を巧みに用いた、前述の通りその後の彼女の歌唱スタイルを明確に示した作品になっている。

かなり歌いやすい曲と言えるものの、裏を返せば単純にメロディーを外さず歌えても一本調子のつまらない歌唱になりかねない。その点では「I MISSED "THE SHOCK"」に似ているかも知れない。
まぁ本作のほうがサビの盛り上がりとそれに合わせた張りのある歌い方ができるだけ、難易度は低いかと思う。

なお、歌番組における本作の振り付けはそれ以前の楽曲に比べて、いくつもの「決めポーズ」を明確に作っており、振り付けを見ればこの曲だとはっきり分かる初めてのシングル曲になったと思われる。
そして以前ミッツマングローブ氏が完コピしたのだが、衣装も本作のものだとはっきり分かる、アシンメトリーの凝った意匠だった。
もしかするとこの作品から、振り付けや衣装に対し明菜自身の意見が取り入れられてきたのかな?と推測できたりもする。
そういう意味も含めて、やはりこの作品は彼女のディスコグラフィにおける一つの到達点になったと言える。

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