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「電力会社の憂鬱」第1話

プロローグ

海野雅治(うんのまさはる)は元西日本電力の副社長である。
退任後、妻が気に入っていた発電所近くのマリーナに家を借りて、夏になると夫婦で長期滞在している。
マリーナのある入江は穏やかで、釣り人達のために海釣り用の筏がいくつも並んでいる。朝、民宿から舟で送ってくれて、夕方に迎えに来てくれるシステムで、筏には簡易式トイレまで設けてある。
海野が釣り糸を沈めてから一時間ほどたった時、異変が起きた。
朝からべた凪ぎの海だったが、少し波が引いたかと思うと、突然、顔にまでかかる波しぶきが襲い掛かった。海野は、慌てて濡れた体を持参したタオルで拭いながら、半年前の大災害を思い出していた。

2011年3月11日。
東日本大震災、発災。
大地震による被害もさることながら、原子力にかかわってきた海野にとって、ショッキングだったのは発電所事故であった。
地震に伴う津波により、福島第一原子力発電所が水没。
全電源喪失事故により制御不能となり、炉心が溶融、水素爆発を誘発。
大量の放射能を漏出した。
福島県東北部は、地震・津波の影響に加え、放射性物質のホールアウトにより、壊滅的な打撃を受けたことは記憶に新しい。
後の発電所長の発言や報道内容、特にテレビ会議での本社と現場とのやり取りをみると、本社の意向を現場に押し付けるシーンが印象的である。
技術的原因もさることながら、電力会社の企業体質・企業文化に起因するのでは、と思わせる点も垣間見えた。

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