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「電力会社の憂鬱」第25話(終話)

元の木阿弥

翌日、武村次郎の初七日の法要。
初七日というと、都会では簡単に済ませてしまうが、それぞれの地域の風習がある。
浜波の場合、戸数が少ないせいか、地区全員が集まり葬儀よりも盛大になることもあるらしい。
海野は、一郎から見せたいものがあるから是非、一時間ほど前に来て欲しいと頼まれていた。
「海野さん。よく来てくれた。まあ上がってくれ。」
と武村。
海野は、中に入って花輪の多さに驚いた。
西日本電力から、社名、小村、海野、原子力管理部長、日本海発電所長、西日本プラント社長ほか次郎君の友人、家族。地元の区長の源治、友人、渡部町長の花輪まで届いていて、50対以上はある。
キョロキョロする海野を見て武村は、
「ここらの風習で、初七日までは漁を休んで喪に服するんだ。
今日からは涙はなしで明日からの生活を元に戻す、という意味があるんだ。
昔は貧乏だったので、何時までも悲しんでいられなかったということだと思うよ。」
「でも、町長の花まであったよ。」
「渡部は小・中学校の同級生だったんだ。
むこうは高校から東京に行って、東大まで進みよったけどね。
町始まって以来の秀才だったよ。
海野さんに是非見て欲しかったのはこれなんだ。」
海野は通された奥まった部屋に入り驚いた。
春夏秋冬の発電所を描いた油絵だった。
手前に「浜波漁港」、その向こうにそびえたつ8基の原子炉格納容器。
全て同じアングルで描かれたものが30枚近く置いてある。
相当の画力である。
浜波の人は、遺伝的なのかどうかわからないが、芸術的センスの旺盛な人が多い。町もその辺に注目し、絵だけでなく、オブジェのビエンナーレ展まで開催していた。
武村もその一人である。
「現役の時から書き溜めたもので、小村さんと海野さんに一点ずつ差し上げたいんだ。選んでくれよ。」
「本当にいいのか?」
海野は新緑の頃の、大好きな雲とブローが一体化したもの。小村には真夏の輝きに照り返される発電所の姿を選んだ。
「じゃあ。それぞれ自宅に送るよ。
町もビエンナーレは予算が続かず、今度からトリエンナーレになるらしいけど、わしに選考委員になってくれと言ってきたんだ。
これからはこの趣味のほうで頑張るよ。」
海野はひと安心して、
「一郎さん、趣味の域は超えているよ。でもよかったな。」
と言いながら一点だけ、全然違う種類の絵に気づいた。
おっさんが5人で肩を組みながら酒を酌み交わしている絵だ。
海野の目線に気づいた武村は、
「わしは人間を描くのはあまり得意ではないんだが、この絵だけは描きたかった。あの日、小村社長が来てくれた夜の様子なんだ。」
見ると作業服を着た小村と海野、源さん以下地元の3人。
みんな笑っているが、武村だけが涙でクシャクシャになっている。
武村は少しうつむきながら。
「この絵だけは、わしが向こうに行く時、持って行って、次郎に見せてやろうと思っているんだ・・・。」
海野は涙が溢れそうになったが、今日は涙は禁物なんだと自分に言い聞かせ堪えた。

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