「電力会社の憂鬱」 第二章
第二章 活躍と暗躍
大異動
海野はアメリカから帰国するとすぐに小村社長から辞令を受けた。
社長の小村純一郎は、小柄だが筋肉質で眼光鋭く威厳に満ち溢れている。
業務の説明の際でも、担当者が少しでも誤魔化そうとすると、一瞬で見抜く頭脳と眼力を兼ね備えている。
ただ笑うと、誰もがホッとするような優しさも感じさせる。
「君の頑張りはいつも本社から見ている。
『異色』らしいけど、これからも現場ファーストを貫いて欲しい。」
にやりとしながら辞令を海野に渡した。
「ご希望に沿えますように精一杯努力させていただきます。」
海野は緊張気味に応えた。
「単身赴任が続くが、ご家族は大丈夫か。」
「はい。原子力工学を出て電力会社に入った以上、それは納得の上だと思います。」
「早く本社から現場の指揮を取れるようになるまで頑張って欲しい。」
「ありがとうございます。光栄です。」
意味深である。
発電所長になっても、海野のやっていることは何も変わらなかった。
定期異動直前の、異例な時期の昇格だったため、自分が務めていた安全担当次長は空席であった。
発電所長になって、仕事の責任範囲は格段に膨らんだ。
にもかかわらず、部下が座っているはずの安全担当次長はいない。
坂本が言う通り、片山事務次長は内向き。
「来週、定期異動の内示だから、もう少し我慢するしかない。」
海野は自分に言い聞かせた。
7月の定期異動。
海野は内示書を見て驚いた。
「坂本!
発電所から送った人事異動案と全く違う!
事務次長以下事務系は君に一日の長があるだろうが、技術系まで要望をここまで無視されると、発電所の運営はできない。
「現場の要望は聞くが、人事権は俺にある。
君が要望したように、事務次長には俺の腹心をあてた。係長には女性役員候補のピカ一を送り込んでいる。町の要望通り、所長室長というポストまで作って、溝口を当てはめている。」
「その点は感謝するが、問題は技術系だ。
火力屋まで混ざっている。
火力と原子力が、似て非なるものということくらいわかっているだろ!」
「今回はどの部門も大異動だ。
どこにも新しい血を入れる、というのがコンセプトだ。
本社の原子力管理部も納得しているし、上も問題なしということだ。」
海野にとっては寝耳に水であった。
技術系の課長・係長といった重要ポストまで、名前も知らないような専門違いの人間が配置されている。
生々しい問題を抱える現場のことを全く分かってないし、分かろうともしていない。
「何か別の意図でもあるのかと疑いたくなるような暴挙。」
とも思えた。
電力会社の人事異動に、地元の県や町が口を出すケースがある。
ほとんどが、「あんな無能な奴、すぐに変えてくれ。」とか、「態度が横柄だ。窓口業務からはずしてくれ。」とか、ネガティブなものがほとんどだが、たまに今回のように、逆のケースもある。
「前に事務係長をしていた溝口さんが非常に町の職員の受けがよく、地元のことを親身に考えていてくれていた。
是非発電所に戻して欲しい。」
と言うものだった。
本人の意向を確認すると、「社命に従う」ということだったので、所長室長という新しいポストまで用意して異動させた。
ところがこのことが先々遺恨を残し、海野と坂本に決定的な亀裂を生むことになる。
この時、溝口所長室長は「悪性リンパ腫」に罹患していた。
本人は病名を知らされておらず、加えて、町から要望されるのは名誉なことと思い赴任した。
しかし、本人の思いとは逆に一向に病状は改善せず、数か月後に他界した。
その間、本人ではなく奥様が何度も人事部を訪れ窮状を訴えていたらしい。
「らしい」というのは、人事部はその事実を絶対に認めなかったからだ。
「そういう状況を理解せずに、本社に要望してきた発電所の落ち度。」
ということで貫いたのだ。
それだけでなく、
「地元町というだけで、会社の人事異動にまで介入させている。
土下座交渉しかできていない!」
とまで言い切った。
現場事情を考えない定期異動のやり方もさることながら、海野は坂本個人に対し、人間としての在り方に疑念を持ち始めた。
「あいつは変わった。」と。
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