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フィリッポス王家の暗雲の謎と、アリストテレスの蘇生【ヒストリエ12巻】


あらすじ
エウリュディケ殺害計画はエウメネスの働きで阻止された。計画の首謀者でることが発覚した王妃オリュンピアスは故郷へと送られることになる。その途上で、フィリッポス王の暗殺部隊が王妃一行を襲う。最後の一人は王子アレクサンドロスに似た顔を持つ男・パウサニアスだった。彼に王妃は興味を持つ。そしてそれが、後の歴史を大きく動かす!

ほぼ5年ぶりになる新巻をきっかけにようやく一から読み直して辿り着けた。

それをしようと古い巻を探してる人も多いだろうが今回はかなりオリジナル展開で古い伏線を回収しながら話が動いていくので、なんとか記憶を呼び覚ましつつ辿り着くことを薦める。

刺客パウサニアス

11巻にて元はマケドニアと争う国の王家であったパウサニアスと兄による没落後の人生についての過程が長く描かれ、最後はフィリッポス2世による王妃オリュンピアスの暗殺計画が未遂になろうとして幕を閉じた。

暗殺部隊にいたパウサニアスはオリュンピアスに気に入られて生き残り、フィリッポスへの暗殺計画を企てその刺客となる。

フィリッポス2世はアテネとの戦場にて足を負傷して思うように動くことができなくなったことで、エウメネスを自らの左腕として再打診すると共に息子アレクサンドロスを自らの跡継ぎとして本格的に修練させる旅に出ることを告げる。

国民にもその意志を告げようとする式典でフィリッポスはパウサニアスに不意を突かれた。

フィリッポスは死に際にアレクサンドロスの姿に目を向け、屈辱の念だけを胸に倒れてゆく。

彼はアレクサンドロスが種違いの息子であることは既に気づいており、跡継ぎにさせることは実は好ましいことでもなかったことを示している。

その前の話でも儀礼の場で部下がアレクサンドロスに腹違いの息子であることを挑発し、フィリッポスはその部下の側について喧嘩を制したという記録に残っていた話を作者は当時の価値観と比べて疑いながら描いていた。

だが最後は当時の価値観ではなくその記録の話を信じてフィリッポスの心情を繋げて描いたということでもあったといえる。

パウサニアスは没落してから自分の役割について最後まで疑問を持っていたが、新たな王を生む役割が自分であったと悟りアレクサンドロスに一刀両断される。

因みにアレクサンドロスに顔を切られた獅子の顔を見出していたのは、彼が後に獅子王とも異名を持つことからだとされている。

最後は彼の心臓だけが脈を打って綺麗に残り終わっていくが、「心は頭か心臓か」と問われていた最終的な答えであるかのような終わり方だった。


アリストテレスの蘇生

パウサニアスによって刺されたフィリッポス2世は埋葬される予定であったが、その場にいたアリストテレスによって運び出し彼の医療知識によって蘇生させようとする。

パウサニアスが大王を暗殺するというのは史実通りではあるだが、ここからフィリッポス2世が死なないというのは大胆なオリジナルになる。

史実ではエウメネスはアンティゴノスと言われる人物とも大きく関わることになると言われているのだが、ここまでそのような人物が全く出ていないことがこの展開に繋がるとされる。

アンティゴノスは「隻眼王」と呼ばれておりフィリッポス2世の姿と共通しているのだ。

つまりフィリッポスがそのアンティゴノスの補助線としての役割を今後も担っていくということなのだろう。フィリッポスは左目でアンティゴノスは右目の違いはあるらしいが。

因みに彼の手術の助手としてアルケノルという男も登場する。最初気づかなかったがどうやら4巻で、アリストテレスを探していたバルシネが聞き込みで訪れた家の不気味だった男らしい。

「また私たちは出会うことになる」とバルシネに予告をしていたぐらいなので近くに彼女の再登場もあるだろう。エウメネスの史実は殆どないらしいが彼女がそのフィアンセになるともいわれている。


エウリュディケの死と生き残った子の行方

終盤ではフィリッポスを暗殺し手だてがいなくなったオリュンピアス王妃によってエウリュディケ王妃も殺される。

そもそもエウリュディケはなぜ殺されなければいけなかったのか。

ここもフィリッポスがアレクサンドロスを跡継ぎとして良く思っていないことに繋がる。この辺は9巻の元老とフィリッポスのエウメネスの処遇についての会話まで遡るとよくわかる。

フィリッポスはエウメネスとは商人に扮した際に出会い、自らの感性で見つけた彼の才能については高く買いながら「左腕」という通り側近にしたいとも考えていた。

ただ元老はエウリュディケとエウメネスが仲が良いことを忠告し、彼らがくっつくことでフィリッポス以上の権限を持ち始めることを懸念している。

突然フィリッポスがエウリュディケを王妃に迎え子供を産ませたのはエウメネスの才気と権限の大きさの懸念を先読みした上、12巻に繋がるオリュンピアス王妃が計画的に孕んだ種違いの息子アレクサンドロスの跡継ぎを実は良く思っていなかったことにも繋がる。

エウリュディケの双子の息子にフィリッポスと自分の同じ名前を付けたのは純粋な貴族の血筋を跡継ぎとして優位にさせる意志とオリュンピアスへのけん制だったともいわれている。

その過程も踏まえてある種邪魔になったオリュンピアスは暗殺計画を企てられるが逃れ、復讐としてエウリュディケとその子供を根絶やしにし王による跡継ぎの思惑も防ぐという話だった。

エウリュディケの命がけの逃走によって生き残った息子は後に王になる子と予言された。ちりばめた伏線も必ず丁寧に回収してきてくれるこの作品の信頼を思えばそうなるのだろう。

史実ではアレクサンドロスの即位と共に殺されるらしいが、フィリッポスがアンティゴノスとして蘇生することを踏まえるとアンティゴノスの息子はマケドニアの王となるようだ。息子と共に第二の人物の補助線として作品が紡がれることが期待される。


作者は長期休載を宣言し新刊はまた更に数年後になることが予想される。

今作も画力で目を見張られるページも多く物語と共にただただ丁寧な作りこみに頭が下がる。エウメネスに至る完結は厳しいとは思うが少しでも紡がれる続編を見守れる機会を願う。







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