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歴史的にも例外だった「天皇像」の姿【漫画「昭和天皇物語」】

『昭和天皇物語』は、昭和天皇裕仁の生涯を中心に描かれた歴史大河漫画であり、彼が直面した日本の近現代史を深く掘り下げています。物語は、大正時代から昭和初期、さらには戦後復興に至るまでの激動の時代を背景に、日本がどのように戦争へと進み、どのように復興していったのかを、裕仁の視点を通して詳細に描写します。この作品は、日本の天皇制や政治体制に興味を持つ人々だけでなく、歴史を通じて現代の社会問題や国際関係を理解したい人にも非常に有益な作品です。

あらすじと背景

『昭和天皇物語』は、昭和天皇が幼少時代から経験した数々の出来事を丁寧に描いています。裕仁親王が将来の天皇としてどのように教育され、宮中の規律や義務、責任を理解していく過程が描かれる一方で、彼の内面や人間的な成長にも焦点が当てられています。天皇としての裕仁は、象徴的な存在でありながら、政治的・軍事的な決定にどこまで関与できたのかという問題は、作品全体を通じて重要なテーマです。

昭和初期の日本は、国際的な不安定さと内政の混乱が重なり、軍の影響力が増大していた時期です。この物語は、日本が帝国主義的な政策を展開し、徐々に戦争への道を歩む中で、昭和天皇がどのように国のリーダーシップを発揮しようとしたのかを描いています。

首相暗殺と軍の暴力行使

1930年代の日本では、軍部が政治に対して非常に強い影響力を持つようになり、内閣や議会の統制が次第に効かなくなりました。この時代を象徴するのが、5.15事件(1932年)や2.26事件(1936年)といった、軍部によるクーデター未遂や暗殺事件です。これらの事件では、軍国主義者たちが国家の方向性に不満を抱き、現政権を武力で倒そうとしました。

特に5.15事件では、当時の首相犬養毅が海軍青年将校によって暗殺され、これにより日本の民主主義がさらに弱体化します。続く2.26事件では、陸軍の一部青年将校たちが政府を転覆させようとし、首相官邸や大臣宅を襲撃しました。これらのクーデター未遂は、昭和天皇がいかに困難な政治情勢の中で国家を維持しようとしたかを示しています。

現代においても、これらの事件は、政治体制が極端な思想や武力に巻き込まれる危険性を強く警告しています。民主主義や法治国家が、外部からの圧力や内部の暴力行使に脆弱であることを私たちは学び、歴史を通じて現在の政治環境をどのように守るかを考える必要があります。

満州事変と太平洋戦争への道

満州事変(1931年)は、日本の関東軍が中国東北部で意図的に鉄道爆破事件を起こし、それを中国側の攻撃として正当化して軍事行動を展開した事件です。これにより日本は満州国を建国し、植民地支配を強めていきました。『昭和天皇物語』では、この一連の出来事を通して、日本がどのように外交政策で失敗し、戦争への道を自ら進んでしまったかが描かれています。

満州事変を皮切りに、日本は国際連盟を脱退し、世界から孤立する方向に進んでいきました。その後、日中戦争(1937年)が勃発し、次第に軍の暴走とそれを抑えきれない政府の甘い判断が、日本を更なる戦争の泥沼に引きずり込んでいきました。

そして、最も大きな決断が下されるのが、太平洋戦争への突入です。アメリカとの緊張が高まり、経済制裁を受けた日本は開戦を決断しますが、その背景には、政府が外交的解決を十分に追求せず、軍の意向に押し切られたことが大きな要因となっていました。昭和天皇はこの時も重要な役割を担っていましたが、最終的に開戦を止めることはできませんでした。

この歴史から学べる現代の教訓として、戦争回避のための外交の重要性が強調されます。現在でも国際関係が緊迫する中で、軍事力に頼る前にどれだけ冷静かつ持続的な外交努力ができるかが、国家の命運を分けることになります。


明治から始まる、天皇が政治的存在感が強まるに至ったのは日本の歴史でもイレギュラーだったとされる。

鎌倉から明治までもその存在感がないことが正常だった。それが明治になって欧米列強に対抗するために逆転し、神仏分離令による一神教のイデオロギーに対抗するために中央集権統治システムの構築に天皇が利用された形になる。革命家らにより天皇は御所から引きずり出され「大統帥」として英雄的存在に造られていった。

それから昭和天皇へと続く敗戦まで利用されるその異質な歴史が紡がれていった物語になる。

ここで史実とどこまで本当なのかと議論すればキリがないが原作は昭和史の学者でもある半藤氏のもの。天皇廃止論側の人には皇室寄りだと批判されてるようだが憲法による曲解も描いた主張は歴史論として読んでおいていいだろう。

昭和天皇も戦後のプロパガンダ等々で世界や国内含めてあまりいいイメージでとらえている人も少なくないと聞く。特に国内では日本は戦争を起こした悪い国家だという自虐的な認識もまだ根付くために戦争犯罪における歴史人物と同格に並べられることもあるらしい。

この作品では天皇は終始政治的中立な立場であることを前提に昭和史の動乱を昭和天皇から見る雲の視点での苦悩も描かれている。

昭和天皇は終戦後マッカーサーの元で自分の身より国民を助けてほしいということをお伝えになりマッカーサーは驚いたという諸説があるが、漫画でもこれを最終的事実の元、丁寧に描いているのは伝わる。

終戦後は世界でも天皇制廃止が議論される中で日本ではマッカーサーが天皇制存続論に転じて象徴天皇制の原点と紡がれたのは、それらの発言も踏まえた歴史的事実として見てよいと思える。

如何に当時の「天皇像」に無理があったか

一巻からは天皇の青年期から描かれるが、幼少から帝王学教育のもと父母から離れてくらすことも強いられて育ったなど伝記としても興味深い。

青年期もイギリスなどで教育を受けられるが父にあたる大正天皇が精神的な病に患ったことで帰国し、若くして摂政に即位。

この辺りは先述するように明治政府から変異的に造形された「天皇像」というものに皇族で気苦労していたのだろうと言うのは俯瞰的に読んでも見える。

それから若くして昭和天皇へと即位するが、昭和恐慌や軍部の暴走により動乱の歴史が始まるがそれを眺めることしかできない葛藤が描かれていく。

帝国憲法上、天皇は軍の最高責任者となっているうが実権はなく政治的発言もできない。

それでも若さゆえ政治的介入を思わずしてしまう場面もあるが軍部や政治家は天皇に事の重要な真実は伝えず裏切りも行われていたという場面も起こる。

当時は憲法上軍の最高司令部は天皇であるため軍部を批判することは天皇を批判するという理屈に繋がり、政治家も批判をすることができなかったという時代。

そうして当時の軍部の力は内部の派閥で争いながら裏回しも効く確固たるものに変形し暴走していく。

軍の最高司令官であるはずの天皇に事実を伝えない場面もあれば、時に政治の組閣さえも軍に都合が悪いと妨害していたという歴史も。

天皇は雲から見えている立場として中立的に統治したくても憲法上許されず統帥権を盾に暴走する軍の暴力を止めることができなかったとされる。

二・二六事件を起こした青年将校らも軍部内の派閥では皇道派であって天皇を敬い、天皇親政を願った結果があの結末である。

作中でも天皇はひどく立腹し戒厳令まで発令されて青年らはようやく親しみではなく怒りだったことに気づき暴走の終止符は打たれたが、敬われても誰も天皇の胸中は想像できていないというのも象徴的である。

作品では決起の中心に安藤という中将の男が描かれる。海軍に配されていた天皇の兄弟には気に入られて敬い、動乱でも中立的国家観のもと投合される話も多く紡がれた。

この辺りの関係性なども事実だったのだろうと思うが皇族の国家観を一番近くで聞いていた安藤でさえも、正義の手段を間違えてしまうほど天皇の存在だけは遠かったのだろうと思える印象的な話になる。

作品は世界大戦の最中、満州国統括の長い歴史を皮切りに対米戦争へと突き進んでいくところまで描かれる。

作品では終始動乱の中核にいながら無力であらざる得ない哀しい物語が紡がれる。

最終的に昭和天皇は「人間宣言」をするわけだが、これも単に「市民に戻ります」と言ったわけではない。歴史から見ても天皇は「本来の職務に戻った」のだと。

明治政府が持ち上げたこの70年以上に続く天皇像は如何に無理があったかを改めて見つめなおす作品でもあるのだろうと思う。







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