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大統領選挙に揺らぐ国政の裏で「北風」を吹かせる【映画「工作 黒金星と呼ばれた男」】

光州事件を描いた「タクシー運転手」などをはじめ、ここ10年韓国の社会派サスペンスも素晴らしく日本ではすっかり太刀打ちできない領域に達している。

18年に公開されたこの「工作」も南北の緊張が高まっていた中で大統領選と共に錯綜した90年代のある韓国諜報員の書籍や証言をもとに描かれた気骨ある政治サスペンスである。

ここ数年配信がなくようやくアマプラにも追加されたが個人的にはベスト3に入る映画だと改めて確認した。

テンポ間が早く時代背景とともに1度では理解が追い付きにくいのでざっくりとした解説とともに書いておく。

あらすじ
第二次世界大戦後、分断された南北の朝鮮半島は工作員を使って水面下で激しく争っていた。北朝鮮への潜入調査を行う工作員としてスカウトされたパク・ソギョン。彼は核開発の実態に迫るため、ビジネスマンを演じながら北朝鮮の外貨獲得部門へと接近することになる。しかし、パクを待ち受けていたのは北朝鮮からの疑惑の目。工作員ではないかと疑われながらも、パクは北朝鮮にとって信頼に値するビジネスマンを演じ続けるのだが…。

冷戦後の90年代初頭から北はアメリカに対抗するための核開発が極秘で行われていると情報が韓国にも密かに入っていた。

軍事政権を倒して民主化を達成していた韓国は新たな時代に入っていた一方、97年の大統領選挙を前に回復の兆しの見えない南北関係や金融危機などを機に保守派の支持率が低迷しており国際世論も注目するほど大いに揺らいでいた時代だった。

韓国では選挙や支持率が危機的な状況になると「北風が吹く」という隠語がある。要は北に軍事挑発行為を工作的にしてもらうことで「仮想の敵」を作りながら世間の目をそらし再び支持率の落ち着きを払う行動を裏で行う。

日本でも陰謀論的に語られることは多いが諜報組織による生々しい南北活動によって実際に行われていたことも今作では描かれている。

主人公となるパクは強制命令で元軍人の将校から工作員となる。組織のほとんどの人はこのルートでスカウトされていたらしい。(現在は解体された)

パクは軍人の人格と前歴の過去を全てなくすように酒浸りになり、借金で自己破産させるよう命令される。

家族の関係も何もかも失わせたあと別人格としてビジネスマンに扮するよう立ち振る舞い、話し方などすべて身につけて本格的に諜報員として北京から暗躍していく。


産地偽装ビジネスの穴に漬け込み最高指導者の謁見にまで


当時の北は中華の国で外貨を稼ぐ最前線の国だったとされている。

韓国は北の産地品が輸入品として認めず関税がかけられずに輸入できる法律があった。それを利用した北は産地偽装しやすい中の国や露の国の商品を仕入れて偽装しあぶれる利ざやで外貨を稼いでいた。

韓国は核開発に関する諜報から稼ぎルートも確認していたために作為的にメディアや公安に情報を流して摘発させる。

北は大きな罰金を科せられるようになったところでビジネスマンとなったパクに当時の貿易と外貨を仕切るリ氏に近づかせ、緊迫感のある商談のもと罰金を肩代わりすることで成立し信頼を得る。

リ氏に信頼を得たパクは引き続き南北合同の広告事業の商談を持ちかけ、ビジネスの現地視察を装い北国内に入国し最高指導者との謁見にまで成功する。

ここまでも部屋の会話から外の動き全て向こうの諜報員に監視されながらのスリリングな暗躍が描かれている。


パクはなぜ裏切ったのか

ここまでパクは針の糸を通すように監視の目を逃れながら諜報組織の命令をこなしていく。

しかしパク自身これらの行為が国会の体制維持を図る行為とは分かっていながらも組織の流れとしてどう動いているのかは全く知るすべもなかった。

パクに心境の変化が訪れ始めるのは協力者であった一人の党員の粛清と北の国内視察によって指導者の豪華な別荘とは真逆に、市民の貧困の現実を目の当たりにしてからである。

現在はそういった様子も様々な映画やニュースで知れることも増えたがあの当時ではそこまで知られずショッキングな印象を持つことも予想される。

徐々に南北関係と現状の保守政党の在り方に疑問を持ち始めたパクは対抗馬とされる野党の政権交代支持に揺らぎ始め、組織のやり方に上司とぶつかり始める。

元々は核兵器の実態を数年規模の綿密な調査とそれを暴くことで南北交渉の膠着を優位にすることを大義として派遣されたのがパクだった。

ただ実際は政権維持のためだけの材料調査でしかなく、間近にせまる大統領選挙の不利が見えたところでパクの役割は組織の都合で転がされ、目先の「体制維持」のために事業家から政治家の伝達屋も請け負うわされていく。

そして決め手はパクには秘密裏に諜報組織が開いたリ氏との交渉だった。そこで韓国市民には北の不安を煽るようパクが調査してきた核保持の確信も材料に「北風」を吹かせるよう交渉する。

支持率の高かった対抗馬の政治家キム氏は共○主義思想として知られており、北の恐怖を煽れば市民は現政権の保守派に再び寝返ることを算段したうえでの交渉だったのである。

また北にとっても既に大統領選には三度出馬し大ベテランのキム氏が当選することは好ましい事情ではなかった。

共○主義思想を深く知りつくしているキム氏はむしろ指導者にとっても頭をさげる立場になると危惧されるほどの脅威であり、南北関係を回復させるシナリオとしては北にとっては不利であったと漏らしている。

そのため北風を吹かせることによって互いに共通するキム氏を「仮想敵」として仕立て上げ、南北関係膠着のまま利益だけは国でしゃぶりつくすことで結末する交渉が行われていたことが描かれていく。

パクはこの会談を盗聴したことで自らの諜報活動を無駄にされただけでなく、体制保持による利権と政略の陰謀を耳にしたことで指導者に北風の動きを阻止し両国の関係回復につながる政権交代に独断で尽力して成功する。


当選したキムテジュン氏は歴史が示す通り太陽政策によって南北首脳会談を初めて実施させるまでこぎつけノーベル平和賞も受賞した。

日本においても日韓共同宣言を発表し、韓国国内での日本の文化の発信に繋がっている。

韓国映画の上手いところは硬派な政治サスペンスも真面目なまま描き切らず細かいところでエンタメ性に昇華させる絶妙な塩梅を上手く引き立てられるところだろう。

作中も全てが実話だとは思っていないが、現地までに入っていくスリリングな演出から最高指導者が犬好きだった話から真面目な交渉の席でポメラニアンと共に登場させる絶妙な「抜け」で最後まで飽きさせないサービス精神が非常にうまい。

パクの裏切りと国外に逃がしたリ氏によって結託した後の10年後の再会シーンは、その後の華々しい史実の片隅にそえた名シーンである。

それから現代に立つと汚物と情報工作を入れ込んだ風船の飛ばしあいをするほど幼稚な関係性に再び戻りつつあるのは非常に残念な状況になっている。

それでもこうした目に見えない政治の実態を映画で暴いているだけ韓国はましに感じる。

過去の歴史選択でさえ未だ必然だったと思ってしまうことも我々は多い中で、こうした政治シュミレーションの機会が養われる映画が増えることを祈りたくなるばかりである。



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