新基準バットは高校野球にどう影響を与えるのか【第96回選抜高校野球】
今大会一番話題になったのは今年から新基準に変わった低反発バットの影響だろう。
全日程を終えて大会ホームラン数は昨年の12本から3本に明らかに減少したが、得点率は7点代から6.4点代と数字上はそれほど影響は見られなかった。
自分は全試合フルでは追えていたわけではないが青森山田高校による木製バットの使用の話題や、数試合観ても明らかにそれまでの高校野球にはない新たな戦い方が見られ新基準のバットは確実に高校野球の戦略に影響を与えていた。
今大会勝ち進んだ高校に観られた戦略などを踏まえて今後どう影響を与えていくのか考えていきたい。
大会全体の投手プランとローテーション制
個人的には今大会千葉の中央学院を一つ注目して見ていたのだが、
3回戦までエースを全く登板させずに勝ち進んでいたことには驚かされた。
春夏通じて甲子園は3度目であり選抜は今回で6年ぶりと決して歴史の深い常連校でもなく、相手を格下に観ていたわけでもないだろう。
おそらく優勝を前提に計算し中央学院の大会全体の作戦として決めていたことだったと思われる。そしてそれを実行できるほどの投手力を実際に作っていた。
エース番号を付ける蔵並をはじめ、ショートも守る颯佐、サイドハンドの臼井の3本柱で終わってみれば準決勝までコマをすすめ大健闘を果たしている。
またその中央学院を破った報徳学園も昨年の準優勝の戦力そのままにエースの間木と1年から片りんを見せていた今朝丸という先発能力の高い2枚看板でローテーションし準優勝。
そのほかに優勝した健大高崎や準決勝で敗れた大阪桐蔭にも共通しているが、
この先発能力のある投手の枚数を作ることを前提とした大会全体の投手プランニングが求められるようになったのは明らかになってきている。
かつては多数ののセレクションから厳選できる大阪桐蔭がその先駆けの存在であり一強の時代もあったが、そこから戦略を見直す高校も徐々に増えていき仙台育英の須江監督が新たな先駆者として体現したことで
更に高校野球における継投性やエース級を複数揃えてのローテーション制はもはや優勝に必須条件となっているのが見えてきている。
逆に大エースを1人擁して勝ち進めるには限界が見え始めていると言ってもいいのだろう。
今大会では広陵の高尾が象徴的な存在であったが青森山田選では140球を超える球数を擁し終盤で6失点し力尽きた。
高尾の投球を見ていると完全に長いイニングを投げ続けられる力感を既に掴んでいるように観られ球威自体は延長に入ってもあまり変化が見られないことに恐れ入ったが、
だからこそ後続の投手の戦力差が大きいほど系統のタイミングも大事なところでかなり難しくなってしまうのだろう。
この辺はかつての近江の山田の姿も思い出させる。エースで4番であった彼も毎試合100球を超える熱闘を見せて決勝までにコマを進めたが、明らかな疲労感も見せており決勝当日の初回で下半身の異変を訴え降板。そのまま後続も打たれて準優勝に終わった。
多賀監督の揺るがない山田への心中に周囲からの批判も相次いでいたが、チーム編成上「勝ち」だけを優先するにはそういった選択を取らざる得ないのは仕方がないのも内部事情としてはある。
では他の高校もそういった投手を複数枚作る編成にすればいいとも言いたくなるが、これも全国クラスで上位数校にしか見られなかった通り現時点ではかなり限られた高校にしかできない戦略なのだろう。
それは大会のプランニング前提から始まるセレクションなどからおそらく既に始まっている。この機会をまず設けられる学校、そして試合で抑えられる投手が集まるかどうかでも変わる。
ただ今大会で新たな可能性として見出されたのは中央学院の颯佐の存在だった。140キロを超える直球にイニングも食えるスタミナも持つ彼に投手専任ではなくショートのレギュラーとして据えたこと。
この投手と野手のユーティリティの存在は今後よりトレンドになっていくだろうと思われる。そして中継ぎ型より先発型を複数人作っていくこと。
登録メンバーも限られる中での投手と野手の能力の併用、そして全体の大会の中での各投手の投球数のバランスは上位4校は素晴らしく、今後優勝を目指す高校は編成能力からより求められるレベルに来るのだろうと思われる。
低反発バットに見えた今大会の影響
データ上では犠打や盗塁などの作戦企画数が大きく増えていたと言われている。
大会全体の深い数字はそのうち出てくるのだろうが、試合を見ているうえで印象的だったのは1.3塁での機動力の徹底だろう。
特に1.3塁のダブルスチールの企画数と成功率は全体を見ていても高く、走塁で得点率を上げるという作戦遂行力はかなり徹底されている印象を受けた。
またスクイズの企画数が多かった印象も受けたが、大事な場面では守る側も警戒しているケースが高く試合を決められる場面で水を差す企画があったのも否めない。この辺りの勝負勘と理念のバランスは守る側が警戒しやすくなった中で変わっていくところだろう。
新基準のバットに関しては確かに飛距離が落ちてるのは言える。ゴロを打っても打球速度が上がらず、内野が前に出て裁くケースも増えた。
ただこの大会だけを機に全てを否定してしまうのも時期尚早だろう。
屈指の名門大阪桐蔭は全員がポイントを前にして捉え軽々と打球を外野に飛ばしているケースもあり流石だった。そして更に飛ばないとされる木製バットを使用した青森山田の吉田は、勝ち進むごとに捉える面と確率を増やし長打が打てる印象を、見ている側にも強く残した。
ホームランの数は確かに少なかったものの勝つうえで振りぬく力は依然重要になることを理解している監督を初め球児も理解しているように体現していたのは見ている側も嬉しかったところだ。
機動力が謳われた中央学院や健大高崎に置いても同様である。盗塁やバントでチャンスを拡大させるのは当たり前にやりつつ、ビハインドでも最後は打ちに行くコースを徹底し振りぬいている姿は多く見られた。
優勝した健大高崎においても常にコースを高めに設定し各選手が選択した球種は積極的に振ることは徹底していたと思える。
韓国の高校野球では一足先に木製バット使用の統一に変更されてから、機動力が増えて振りぬける選手が激減してしまったというニュースもあった。
低反発と言われる新基準のバットによって日本もそうなる危惧はあるのだが、大阪桐蔭を初め球児の将来性を重視した育成をしてきた名門がささやかれるネガティブな意見を払しょくしてくれることを期待もできる大会でもあったのは素直な感想である。
確かにチャレンジしなければいけない高校ほど機動力に振れるところが増えるのは予想はされる。
ただ今大会は健大高崎、昨年は山梨学院や慶応と時代の旋風が過渡期に入ってる中で令和の新たな高校野球を牽引していく大会が新基準によって増えることは大いに期待もしている。
増え続ける前進守備の影響
今大会のもう一つのトレンドは前進守備の作戦の多さだろう。
特に序盤から内野だけでなく外野も打順が下位であれば問答無用で前にでてくる。優勝した健大高崎でさえ決勝で見せていた。
最近では「序盤の前進守備」はプロ野球においては悪手と言われている。守れれば結果としてはいいのだが、わざわざ前に出ることでヒットゾーンが広がり抜ければ序盤から大量失点を負う確率の方が高いからだ。
それならばあえて定位置で1点は許しアウトを優先した方が試合全体のリスクとしては小さい。
これは一千必勝になる高校野球界においてもそうで大阪桐蔭が序盤から前進守備を敷いているケースは記憶上見たことは無い。
今大会は打球が飛ばないことを理由に作戦企画は増えたのは分かるし失点率のデータも見たいところではあるが、試合を見ている印象ではハーフハーフぐらいの確率だったように思う。
特に印象的なのはレフトが頭を越される場面が非常に多かった。甲子園は浜風で基本的に左に風が流れる。
振りぬいたライナー性の打球が抜けて複数点に絡む試合は多かった。
甲子園の外野はプロが守っても非常に難しいと聞くが、個人的には次大会以降レフトの守備力とポジショニングは割とカギになるのではないかと思っている。青森山田の背番号20の子は非常に上手く流れを作っていたのも印象的だった。
おそらく前進守備においては今後の企画数は序盤から増えるとは思う。逆に攻撃面においてはここでも重要な場面で振りぬける力があるチームほど点には絡めるとも言えるだろう。
昨年の阪神ではないがチャンスを作りたいところでは四球や足で普通に繋いでいき、余計なところでは介入しないバランスは今までよりは求められている。
中央学院は(ここの話ばかりで申し訳ないが)その普通に繋いで守る強さはとても感じた高校だった。終わってみれば4試合で総得点22点でチーム打率も3割である。
データ上作戦企画数とホームラン数の少なさだけが今後も象徴的に語られるだろうが、ここに影響を受けすぎず「普通に野球をやれる」高校が強豪として増えていくのだろう。観る側も騒ぎすぎずより冷静に見れる細かさは求められるかもしれない。
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