#22 短編空想怪談「異質な存在 前編」
私の祖母は左腕を喪っている。
もう祖母は亡くなっているのだが、その祖母が亡くなる直前にしてくれた話しをしようと思う。
でもその前に祖母がどんな人だったかを説明しなければならない。
戦時中に祖父と左腕を喪った祖母は明るいひょうきんな人で、
私がまだ小さい時に、「なんでばあばは手がないの?」となんの悪意も無く聞いてしまった時も私を叱る母に祖母は「気にしないで」と言って、私には「ばあばの手はじいじが好き過ぎて、一緒に天国に付いて言っちゃったの」と笑いながら言う人だった。
実際、後から聞いた話しだと、祖母の家に空襲時の焼夷弾が直撃、逃げ遅れた祖父はそのまま亡くなり祖母の左腕は崩れた部屋の下敷きになり、救出の為、切断を余儀なくされた。
祖母がこの世の者ではないものの姿を見るようになったのはこの頃だという。
初めは、余りにも普通に村を歩いていて、幽霊なのか人なのか区別が付かなかったらしいが、ある時、
食べ物もロクに無かった時代、軍服を着た人が川辺でうなだれているのを見た祖母は、見かねてその日採れた野菜を少し分けた事があった。
その明くる日、その付近で遺体が見つかったと言う事があった。死因は餓死。
しかもその遺体はミイラ化していて、昨日今日のものでは無く、身分を後から警察から聞くと脱走兵で、その村の向こうの別の故郷の村に行く途中で亡くなったのであろう人物であった。
また、特攻隊で出兵したはずの近所の青年が帰ってくる時に鉢合わせ、変だなと思いつつも「御苦労様です」と声をかけると、その青年は悲しい顔で家に向かっていた。
その夕方、その青年の訃報が届き、知り合いであった祖母と近所の人で葬式を上げた事もある。
だから、祖母にとっては「幽霊は怖い物じゃないんだ」というのが祖母のイメージだったようで、よく虚空に「それは辛かったね、もう大丈夫だよ」と言っては慰めて成仏を促していたらしい。
そういう祖母だったからか、当時は地元で拝み屋、今で言う霊能者の様な事をやっていたのだと言う。
時勢的な事もあり、当時はよくそういった軍服を身に纏った幽霊を見かけたり、何かおかしな事があると、視てほしいと頼まれたり。
大抵は戦争での死者が多かったらしく、死んでしまっていても、それでも家に帰りたい。
あの世に行く前に家族に会いたいなど。
特に多かったのは、特攻隊で死んだ青年でよくよく理由を聞くと、「お母さんに会いたくて…」という霊が多かったという。
祖母が拝み屋の活動をしてる間に戦争は終わり、祖母の居た辺境の村にも静けさが戻り、それからは段々と幽霊は視なくなったという。
ただ、視えなくなったというより、戦争が終わり数が減ったらしく、兵隊の幽霊は視なくなった代わりに、今度は生活上で無念の死を遂げた人が増えた。
そういうときは祖母が慰めて、あの世に送る。
それが祖母の半生だ。
だが、いつからかを境に祖母の周りに異変が起こった。
始まりは些細な事だった。
祖母の母が突然亡くなった。
とはいえ、当時既に祖母の年齢も50近く、私の母も他所に嫁いでいたので、そろそろかとは思っていたのだが、おかしいのは、その祖母の母の亡くなり方だ。
当時、祖母は私の母である娘を送り出し、残りの余生は自分と祖母の母での生活のみ。
もはや心配になることは無かった、祖母の母は足腰は弱っていたものの、痴呆の気も無く意識もはっきりしていたにも関わらず、自殺の様な死に方をしていたのだ。
死因は台所用の洗剤や、殺鼠剤などの誤飲。
警察は事故死と判断してそれ以上の捜査はしなかった。
何も祖母は言及しなかったが、どうにも腑に落ちない。
「なぜ、母は突然そんな行動を取ったのか…」疑問に思い、祖母は死んだ自分の母親に聞こうとしたが、それが出来なかった。まるで霊体も消えたようで気配すら感じない。
そこで、祖母は気がついた。
視えないなら、まだ分かる。
感じることすら出来ない。
まるで全く生前も、死後も無いような、始めから存在しなかったような感覚だった。
「そんなことがあるのだろうか…」
祖母に取って視えないという恐怖は久しぶりの感覚だった。
ただ、その感覚はそれっきりで、この感覚を忘た頃、再び襲われる事になる。
祖母の家は、村の北側、小高い丘の上にある平屋で畑の野菜と時々の買い物で何とか食いつないで居た。
時より近所の知り合いが畑仕事を手伝ってくれたりしたが、わざわざ丘の上まで上がってもらうのは申し訳なかったので、遠慮はしていたが、一人暮らしで左腕の無い祖母に取っては、この上なくありがたかった。
そうしてる内、仲良くなった人物が居た。
戦時中、赤紙が届き出兵となった青年。
だが出兵の直前で終戦を迎え、青年は戦争に行くことは無かった。
両親も既に亡くし、村では数少ない若者で、よく村内で色んな人の畑仕事を手伝ったり、時々街へ出ては、土方仕事をしたり、よく働く人物ではあったが、どこか両親の居ない寂しさを埋めているようにも見えていた。
青年の手伝いの対象には祖母も居て、その頃には祖母も60を超えていたのでかなり助けてもらっていた。
時々お茶を一緒に飲んだり、青年もよく気遣ってくれたという。
だが、ある日突然青年は来なくなった。
祖母に空虚な感覚が過った。
後日青年は遺体で見つかった。
死因は風呂場での溺死。
争った跡もなく、外傷も無い。
何もなさすぎるのだ。
祖母の所にも警察が来て事情聴取が行われた。無論祖母にはアリバイがあったし、何より殺す理由も無い。
警察の話しによると、まるで水中で眠るかのような溺死で、暴れた跡すらなく自殺にしても余りにも潔すぎる。
苦しんだ跡も、暴れた跡もない。
ここまで静かに溺死ができるのだろうか?
警察も不審に思ったが、結局は事故死と断定。祖母の家に来る人物は居なくなった。
何となく空虚な感覚に襲われていた祖母は気になり、青年を霊視して呼んでみるが、
全く存在を感じない。
祖母の母の時と同様、始めから存在が無かったかのように全く何も感じない。
「これは何かが悪さをしている。」
祖母はそう確信した。
しかし、何が、なんの目的でそんな事をしているのか。
そして、全くの存在を消してしまうほどの強力な存在。
人ではない事は間違い無い。
そして人であったであろう幽霊にも、そんな芸当ができるとは思えない。
この存在すら感じられず、もともと居た人間と、その幽霊の存在すらも消してしまう異質な何か。
そんな存在が居るとすれば、それは
悪魔だ。
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