#33 短編ホラー小説「赤ちゃんハンバーグ」
東京には珍味を扱った料理店がいくつもある。
ヘビやワニ、サソリやクモなど、探せばいくらでもある。
私の趣味は古今東西の珍味や美味なるもの探すことだ。
“その店”もご多聞に漏れず、話題の店だった。
動物の赤ちゃん専門の料理店。
その店では、生後数ヶ月の仔豚や仔牛などを調理、提供するのだ。
この類の料理で有名なものだと、バロットと呼ばれる、孵化する直前のタマゴを調理するものもある。
それに似た感覚の料理で、仔牛のステーキや仔豚をトンカツにしたり、希少な部位だと、性成熟する前の牛や豚の精巣や子宮は高級料理の材料として使われていたり、やはり子供を使ってるだけあってステーキもトンカツも肉が柔らかくて美味いのだ。
中でも“その店”で特に人気のメニューが赤ちゃんハンバーグというもので、仔牛のひき肉で作ったビーフハンバーグ、仔豚のひき肉で作ったポークハンバーグは群を抜いて美味い。
その日も私は仕事の帰り道、“その店”に立ち寄った。
仔牛や仔豚など元の肉が少ないため子供の肉は希少らしく、この赤ちゃんハンバーグは値段がかなり張る。
その割にはかなりの人気メニューで、いつ来てもすでに店に居る他の客も注文している事が多い。
席に付き、仔牛のハンバーグを注文し待っていると、身なりの整った二人の男性客が例の仔牛のハンバーグを食べながら談笑しているのが聞こえてきた。
何気ない会話の中、片方の男性客が連れの男に尋ねていた、「これは本当に仔牛の肉か?」と。
もう一人の男が「そうに決まってるだろ」と笑いながら返す。
それを聞いた男はみるみる内に顔面蒼白となり、そのハンバーグを食べる手を止め、そのまま店を後にした。
慌てて連れの男も後を追い、会計を済ませその二人は店を後にした。
なんだったんだろうか?
そんな疑問が浮かんだが、さほど気にする事もなかった。
後日、その男性は亡くなったという。
死因は自殺。
ネットニュースには「元国境なき医師団員で内戦地を中心に巡った人権派医師、謎の自殺」との見出しが出回った。
私が改めてこの男性を知ったのはこの時だ。
遺書らしいものは無く、突然の自殺だったという。
ただ、私は知っている。
あの時、顔面蒼白となった彼の顔、そして恐らくはあの仔牛のハンバーグに何か引っ掛かりがあった事も。
数ヶ月後、“その店”にも男性の自殺に関して警察からの聞き取り調査が入った。
この聞き取り調査後、間もなく“その店”は閉店した。
というのも、“その店”は人身売買の取り引き所だった事が判明、店主や従業員を一斉逮捕。
“その店”はもともと確かに、仔豚や仔牛などを使った肉料理店だった。
しかしいつしか“あるビジネス”に手をつけた。
それが人身売買の仲介だった。
誘拐されてきた途上国の子供達を買い取り、その子供達の臓物を取り出し、海外の富裕層に売る。
彼らの仕事は、“解体”というもので買い取った子供を解体し、臓器を取り出し売ること。
しかし臓器以外は捨てるしかなく、その残った肉部分の処理に困った店主は、その肉で料理を提供しだしたという。
結果、中でも人気だったのは、生後数ヶ月の人間の乳幼児のミンチで作ったハンバーグだった。
人気故に乳幼児のハンバーグはやめるに止められずそのまま出し続けたという。
こうして男の自殺をきっかけに、この事件は明るみに出た訳だが、しかし、あの元国境なき医師団の彼はなぜ自殺したのか。
これは私の推測だが、彼は人間の味を知っていたのではないだろうか?
理由は解らないが、彼は過去に人間を食べ、そしてまた意図せず次は何の罪もない人、ましてや人間の子供を食べたのだ。
その罪悪感から、自殺。
と、あくまで私の推測だが。
そして、かくいう私もおそらくは乳幼児を食べていた。
まさか人間の乳幼児があそこまで美味いとは。
あれは大変に美味だった。
できればもう一度味わいたい。
人間の乳幼児の肉で出来た肉料理。
そんな事を考えながら、町で見かける母親に抱かれながら眠る赤子を見ながら私は思う。
もう一度あの味を。と。
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