
マイコン博物館の展示物たち その16(最終回)
思い起こせば昨年の暑い盛りに伺った青梅のマイコン博物館ですが、あまりに多くの写真を撮ってしまったために、一通り紹介するのに半年近くもかかってしまいました。今回で一旦は終わりとします。もう少し写真を加工して資料として使えるようにしておきたいなぁとは思っています。
ということで、どちらかというと最後は落穂拾いのような感じになってしまいますが、気になった展示物たちのご紹介です。
最初はキヤノンのAX-1。プログラム可能な電卓として作られていますが、表示は蛍光表示管だけとはいえ、独自のプログラムも動かすことが出来、グラフも出力できるプリンタとプログラムを保存するためのフロッピーまで搭載していました。これはもう殆どパソコンですよね。

電卓と言えばHPです。この時代は関数電卓を使うような高度な数学なんてまだ習っていなかったのですが「格好良い計算機」として憧れていました。

そして、そのHPから遂にパソコンが発売されます。画面は小さいもののちゃんとBASICも積んでいてプリンタも内蔵しています。

時代が進むと再び小型軽量なPCとしてHPのPCは注目を浴びるようになりました。200LXは乾電池で動く320グラムしか無いのに、最大で4Mものメモリを搭載でき、640✕200(モノクロ)の画面を持つMS-DOSマシンでした。日本語を使えるようなソフトも登場し、愛用した人も多かったのを覚えています。

モバイルと言えば、ポケコンというカテゴリが一世を風靡し、拡張キットをつなぎ合わせて「どこでも業務が出来る」というスタイルを目指していました。データ自身はセンターに電話してやりとりすることが多かったのですが、オフィスではなく出先で使える魅力が理解され始めた頃です。

特に業務でパソコンを使うには漢字が使えないことは、本格的な利用にはネックになっていました。時代が16ビットになるとハードウェアとしては、そろそろ漢字も扱えるようなところまで来たので、競うように「日本語化」がいろいろな場面で進みました。

そうそう、MSXもちゃんと展示されています。8ビットな時代は、いろいろなメーカーから、それぞれ独自のPCが出ていて、ゲームであれ、どんなソフトもそれぞれの機種に合わせた「移植」が必要でした。後発メーカーは売れ筋ソフトを移植する必要があり、先発メーカーも互換性を担保せずに新機種を出すのも難しくなっていました。もうそんなことはしないで済ませたいよということでMSXという形でまとまったのですが、ソフトの面倒をメーカーで見なくて大丈夫という点がポイントだったのかもしれません。


実はMSXの功績は、いろいろなハードをパソコンに接続して使えるようにするという試みでした。MIDIであったりレーザーディスクであったり、中には可愛いロボットなんかもあったかもしれません。
他にもいろいろあったのですが、最後は個人的に思い出のあるコバルトの写真を出しておきます。買ってきてすぐに使えるサーバで、随分とお世話になりました。

そうそう、謎基板たちも展示されていました。謎と言っていますが、博物館にはちゃんと説明書きが付いていたような気がします。気になる方は青梅まで見に行きましょう。


他の写真たちはマガジン「レトロPCたちの歩み」から探してください。
レトロPCたちの歩み
夢の図書館+マイコン博物館+模ラ博物館(公式)
ヘッダ写真は、休憩スペースに置いてあったアポロ13の模型。
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