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YIS PU-1 : YAMAHAが目指したものは何だったのか

ヤマハという会社は楽器の会社と発動機の会社として知られているとは思いますが、実は他にもいろいろなことをしています。中学生の頃にアーチェリー部に居たこともあり銀座のお店にはとてもお世話になりました。今はこのカテゴリーから撤退してしまったそうなのですが、当時は屋上で練習をする場所があったんです。銀座のど真ん中で他のビルの景色を眺めながら矢を射っていたんですね。

今でこそシンセを作り、そのための半導体まで作っているので、当たり前に聴こえるかもしれませんが、1982年に最初にパソコンを出してきたときには驚きを持って迎えられました。それも家庭で使うようなパソコンであるにも関わらず、コストを度外視して家でコンピュータに何をさせるのかというコンセプトを追求したものでした。

ヤマハのYIS PU-I-20とPU-1-20どっちが正しいんだ??

格好いいマシン:ヤマハYIS(PU-1-20)

いろいろとブッ飛んでいます。まずデザインがなんと家具調です。5インチフロッピーを内蔵しているので大きめな筐体なんですが、シックな木目調の色でまとめられています。そしてシステム全体も同色で揃えられており、プリンタまで木目調という始末です。実に多くの周辺機器がラインナップされていて、キーボードやエレクトーン、そしてピアンの自動演奏機は楽器屋さんらしいのですが、ビデオディスクや玄関カメラモニターまでがありました。そしてお値段は基本セットだけで100万円以上!ヨットを買うような人を相手にしているのですから値段は問題ないのです。大事なことは持っていて嬉しいことです。

はやすぎたAVC博士

こんなPCを実際に見た人すらほとんどイなかったのではないかと思うのですが、実は発売される少し前にどういう訳か友人の家に鎮座していまして、お邪魔してイジっていました。友人のお父さんが、この会社のそれなりのお偉方で、開発中のマシンを持って返ってきたものの、どう使って良いのかわからないので、私が呼ばれたようです。

YAMAHAの黒歴史パソコンシステムYIS

ケースを開けると、まあそれなりに作り込んだ基板が見えます。CPUは6502ベースで、なぜこれが選ばれたか謎ですが、きっと格好良いアメリカのPCは6502を採用していたというのが理由かもしれません(独自拡張された6502なのでライセンスが受けやすかったというのがきっと本当の理由だと思います)。グラフィック画面はサブCPUとして16ビットのZ8000に加えGDCとも呼べるオリジナルチップも使われています。サブの方が高機能にも見えるのですが、これは単にビデオメモリが64Kを超えてしまうというだけの理由でしょう。これを見てヤマハは半導体も作れるんだとビックリしたのものです。

eYIS 謎WIPページ

さて、当然ですがBASICを読み始めます。読むと言っても、まだマニュアルが整備されていなかったので、BASICインタプリタを読むのです。6502ですから手慣れたものです。予約語テーブルを見つけて、それぞれの処理ルーチンを探して仕様に当たりをつけます。読んでいて「あれ?」と思ったのは65らしい書き方をしていないのです。あれあれフラグを立てるのにいちいち演算をしている。LDAの後にわざわざ0とCMPしなくてもゼロフラグは立つよ。というコードが書かれているのです。どうやら他のCPU(きっと80系)のためのコードからトランスレータを使って作ったようです。記事などには最速のBASICとありましたが、それはクロックがAPPLEやPETの倍もあったからで、ソフトウェアに関しては力任せのところを感じました。

Yamaha PU1-10 Central processing unit

そもそもパソコンはプログラムを「書く」ためのものではなくて「使う」ものなはずです。文書を書いたり図面を描かせたり、そして楽器を演奏したりできれば言うことありません。それを「思う」だけではダメで実際に「やってみて」初めて便利で楽しいものであるかがわかります。なので本当にやってしまったのが、このYISなんでしょう。実際にこの頃はMIDIが公開されFM音源の世界も準備が進んでいた時期です。ヤマハとしてはこれらのゴールをいち早く「体験」する必要があったんだと思います。パソコンとしてはMSXに参入し、MIDIやFM音源の分野においてはヤマハのチップが標準となり広く使われるようになりました。

MIDI

FM音源

今になればYISの目指したものはすべて当たり前になっています。当時は技術的制約からかなり大きな装置でしたが、今は壁に鎮座する必要もなく目立たない形になりました。もちろん当時はいくら先を読んでも通信・ネットがこんな発展をしてパソコンと融合することはわからなかったようです。専門家が「研究」をすると、UIであるとかプログラムの「概念」を追求しがちですが、ユーザは何をすれば「満足する」のかを追い求めたものはあまり他に知りません。

ヘッダ画像はASCII 1982年3月号の広告より。この号の80ページからYIS誕生の記事があります。

#レトロPC #ヤマハ #YIS  

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