医療現場で乱用される向精神薬 ①
皆さんは、凶悪犯罪が起こった時に、犯人は精神科クリニックに通院していたと言う報道を見る事はありませんか。実はこうした場合、犯行に至った原因は、統合失調症やうつ病などの精神疾患そのものではなく、精神科で処方されていた向精神薬にこそ真の原因がある可能性が高いのです。不思議な事に、日本では向精神薬の乱用が問題になる事は余り有りませんが、アメリカでは繰り返し大きな社会問題となり、繰り返し大規模な裁判まで起こされているのです。最近では「オピオイド危機」と言われて、医療用麻薬として使われるオピオイドが大問題になっていました。
オピオイドというのは、鎮痛効果のある麻薬性化合物の総称で「オピウム(アヘン)類縁物」 を意味します。このオピオイド系の鎮痛薬は、米医薬品メーカーのパーデュー・ファーマ社が 1995年にオキシコンチン(商品名)を開発して、処方箋があれば誰でも薬局で購入できるようになって全米に一気に広がり、2000年にはアメリカでその乱用から依存と犯罪が急増したと言われます。そして、2007年にはパーデュー・ファーマ社はそのマーケティングの違法性を摘発され、連邦食品医薬品局(FDA)から 6億3400万ドルの罰金が課されています。しかし、2010年には同種の鎮痛剤が他社でも開発され、 TV コマーシャルなどにより一気に販売量が拡大します。その結果、異常行動などのトラブルが相次ぎ、連邦麻薬取締局(DEA)が捜査に乗り出して、2015年には医師22人を含む薬剤師、メーカー関係者等 280人が逮捕される大スキャンダルに発展しました。「鎮痛薬オピオイドの濫用により 2017年 1年間に 170万人が精神障害を引き起こし、そのうち 4万7000人が死亡」、オピオイド乱用者は 1140万人に達する言われます(「鎮痛薬オピオイド危機にみるアメリカ社会の病理と真相」WEDGEInfinity2019.9.24)。オピオイド乱用による死者は1日平均 130人以上、年間約 4万7000人で、交通事故死者数 3万7000人を大幅に上回り、「オピオイド危機」としてアメリカの深刻な社会問題になっているのです。
2017年には、トランプ大統領が「誰も経験したことのない危機」 として「 公衆衛生上の緊急事態」を宣言、処方箋を乱発した医師や闇ルートの販売業者の摘発、厳罰措置を取り始めたとされます。また、この問題をめぐっては「州政府などが製薬会社などを相手取って損害賠償を求める訴訟が全米で2000件以上起きて」おり、2019年8月には「医薬品大手のジョンソン&ジョンソンが日本円にして 600億円の賠償命令を受け」、9月15日にはパーデュー・ファーマが「1兆円を超える和解金が必要となり経営破綻」(NHK NEWS WEB2019.9.22)したと報道されています。
乱用される向精神薬
向精神薬と言うのは、中枢神経に作用し精神機能に影響を及ぼす薬物の総称で、抗精神病薬・抗うつ薬・抗不安薬・睡眠薬・抗パーキンソン病薬・気分安定薬などに分けられます。現在の日本の医療現場ではこの向精神薬が乱用され、多くの被害が出ているのです。
<緩和ケアという名の「安楽死」ビジネス>の記事にも書きましたが、私の弟も緩和ケア病棟に入院中に、治療とは無関係の 14種類もの向精神薬を投薬されています。しかも、そのうちの 7種類もが劇薬だったのです。そして、入院の経過とともに向精神薬の種類と量を段階的に増やされ、特に投薬量が急増した死亡の一週間前からは、頻発する酷い副作用に弟は苦しめられ続け、苦痛に満ちた悲惨な最期を迎える事になったのです。
図2)の劇薬量(青点線)は処方されていた 7種類の劇薬の合計、 CP 換算値(赤線)は 4種類の抗精神病薬の投薬量の合計です。死亡の一週間前から激増していた事が分かります。2つのピークの間の5月6~7日の谷間は、副作用の急増に驚いた私が服薬を止めた為です。
弟の場合は、主治医が早く患者を「安楽死」に追い込もうと、1ヶ月も前から意図的に投薬していたと考えられる訳ですが、今日の医療現場では極めて安易に向精神薬が処方されて居り、その薬害により多くの人が人生を狂わされ、台無しにされているのです。東洋経済ONLINEには『認知症の数十万人「原因は処方薬」という驚愕』と題して次の様な記事が書かれています。
自分の親が病院にかかった途端、別人のように変わり果てる――。
・生気がなくなり、歩くのもおぼつかなくなって、やがて寝たきりになってしまう
・落ち着きを失い、ときに激昂し暴言・暴力をふるう
・記憶力や思考力などの認知機能が低下する
医師から処方される薬剤が原因で、こんな症状に陥る高齢者が数十万人に及ぶかもしれないとしたら信じられるだろうか。海外では早くから、その原因となる薬剤の危険性が指摘されながら、日本では長い間、放置されてきた。最近になって学会が注意を促し始めたが、改善される兆しはない。
薬剤によってこうした症状に陥ることを「薬剤起因性老年症候群」と呼ぶが、高齢者にとって人生総決算の大切な時期に普段の自分を見失うことは、いわば尊厳を奪われるに等しい。注意を要する薬剤を適正に使っていない点では、まさに「薬害・廃人症候群」と呼ぶべきだろう。(『認知症の数十万人「原因は処方薬」という驚愕』東洋経済ONLINE.2020.1/22.https://toyokeizai.net/articles/-/325612)
そして医療現場の取材から、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬を主とする向精神薬が原因と考えられる認知機能の低下は 1~2割にも及ぶ可能性が有り、2020年の認知症患者数 602万~631万人に当てはめると、 60~120万人と言うとんでもない数の高齢者が薬害により認知症にされていると警告を発しています。
そればかりか、病院や特別養護老人ホームの中には、患者の管理の手間を省く為に、向精神薬による過鎮静や認知機能の低下を意図的に悪用している施設が存在すると言うのです。患者が勝手に動き回らない様に、向精神薬で意識を朦朧とさせ、あるいは寝たきり状態にして管理の手間を省こうと言う訳です。東洋経済ONLINEの『睡眠薬で高齢者を「寝かせきり」病院・施設の闇』の記事では、「患者を落とす」「ドラッグ・ロック(薬剤による拘束)」などと称して、主としてベンゾジアゼピン系薬剤を使って患者の意識を落とし、過鎮静にして管理していると指摘しています。そして、関東の療養型病院での話として、次の様な例を紹介しています。
80歳代の女性患者は、院内で転倒して腰椎を骨折してしまい、別の病院で治療を受けた後に戻ってきた。認知機能は落ちていたが、リハビリに励んで歩けるようになり、職員のためにマフラーを編むほどの回復ぶりをみせていた。だが動けるようになると、今度は転倒して骨折しかねないと、睡眠薬が処方された。
間もなく日常生活での意欲が減退し、話す内容も支離滅裂に。車いすに座らせても体が傾き、食べてもよくむせるようになった。面会に来た家族も動揺するほど変わり果て、やがて寝たきりになってしまった。
「患者をダラダラの状態にして管理するために睡眠薬が使われている。身体拘束と何ら変わらない」
患者の身体拘束が問題になって久しいが、患者をベッドに拘束する代わりに、薬剤によって鎮静化させる事実上の拘束は、多くの病院で行われているようだ。(『睡眠薬で高齢者を「寝かせきり」病院・施設の闇』東洋経済ONLINE.2020.1/23.https://toyokeizai.net/articles/-/325700?page=3)
次に、特別養護老人ホームの介護現場の例として、長尾和宏医師と丸尾多重子介護士との対談も引用しましょう。
[介護士]:ある時、特別養護老人ホームに実習に行ったんよ。そうしたら、ものすごく静かでね。何十人も高齢者がいる施設なのに、誰もおしゃべりしていない。シーンとしている。ほとんどの人が無表情。喋りもせず、表情もなく、それに 9 割以上の人が車椅子で生活していた。・・・・車椅子で、ほぼ全員がぼーっとして
いた。
[医師]:それは薬でそうさせているんですよ、・・・・入所者に必要以上にお薬を飲ませて、ぼーっとさせて、 介護の煩わしさを軽減させるのが良い医者なのかな。ちゃんと歩いて特養に入所したのに、たった数週間で家族の顔も分からなくなり、車椅子になる。・・・・
[介護士]:ほとんどの特養の 9 割の人が車椅子ですよ。
[医師]:だってその方が、施設の人が移動させやすいから、仕事の効率が良いでしょう。本当は普通に歩けるおじいちゃんやおばあちゃんまで、薬飲ませて車椅子に縛り付けているのを見た。(『おばあちゃん介護施設を間違えたらボケるで』長尾和宏・丸尾多重子著)
私達の様な部外者から見ると、にわかには信じがたい話ですが 、本人の了解も得ずに薬剤で意識を奪うなどは、患者の人権を踏みにじった明らかな犯罪です。しかも医師や看護婦は、相手が高齢の患者で抵抗も自分自身を守る事もできないのをいい事に、介護の手間を省くという身勝手な理由から、患者の精神を混濁させ寝たきりにしています。これでは文字通り患者の飼い殺しです。実は、これに似た事が精神科病院でも行われています。そこでは無責任な医師によって、子供達にベンゾジアゼピン系よりもずっと毒性の強い精神病薬が安易に処方され、多くの子供達が廃人同様にされ苦しめられているのです。今日の医療現場での医師による向精神薬の乱用は、極めて深刻な問題を引き起こしているのです。次に、この向精神薬がどのような薬剤でどのような問題が有るのか、弟の場合も合わせて見て行く事にしましょう。
1980年代に大問題になったベンゾジアゼピン系向精神薬
医療施設や老人ホームなどで患者の過鎮静に乱用されているベンゾジアゼピン系向精神薬は、現在、睡眠薬や抗不安薬の主流として使われているものです。しかし、ベンゾジアゼピン系は昔からその依存性の高さで知られており、海外では乱用や依存症が大問題になり大規模な訴訟まで起こされています。日本でも、多くのベンゾジアゼピン系薬が「麻薬及び向精神薬取締法(麻薬取締法)」の規制を受けています。
元々、抗不安薬は筋弛緩薬の研究から誕生しています。筋肉の緊張を不安の表れと見て、強い鎮静を伴わない筋弛緩が不安の改善に役立つと考えられて開発されたのです。1960年代に登場したベンゾジアゼピン系は、トランキライザー(精神安定剤)として市販され、潰瘍・高血圧・喘息・頭痛など様々な身体の不調にも不安が関係するとして広く処方され る様になります。こうして、1970 年代には売上が急増しますが、1980 年代に入るとその薬物依存が欧米で大問題となり、ブー ムは終焉を迎えます。ところが、日本では「処方される服用量が少なくてより安全だったのか、遺伝的に日本人はベンゾジアゼピンに依存しにくいのか、欧米と比べてトランキライザーによって安定した精神状態が社会的に望ましいのか、理由は分からないが日本でベンゾジアゼピンの使用量が問題になった事はない。欧米ではトランキライザーの市場は崩壊したが日本では成長し続けた」(『抗うつ薬の功罪』デイヴィッド・ヒーリー著)と皮肉まじりに書かれています。もち ろん日本人が遺伝的に特殊な訳ではなく、日本の医師の無知と人権意識の低さが原因で薬害を垂れ流してきた訳です。そして「日本では依然危険な精神薬の大多数が認可されたままである。そのため既に日本は世界における精 神薬の在庫処分場と化しており、例えばベンゾジアゼピン系で見れば、どの国と比べても世界一の精神薬消費国となっている」(『精神科は今日もやりたい放題』内海聡著)と言うのです。
多くの向精神薬による薬物依存患者の減薬治療を行ってきた内海聡医師によると、「精神薬は数日の服用でも依存症になる事があり、服用を止めるとめまい、頭痛、筋肉痛、灼熱感や視野のゆがみ、過呼吸発作といった禁断症状を起こす。また不可逆的な認知障害や記憶障害もありうる」 と言います。つまり、薬物依存を治療する為に減薬しようとすると、深刻な禁断症状・離脱症状に襲われるのです。私の弟も、入院初日からベンゾジアゼピン系抗不安薬のワイパックスが処方されましたが、その添付文書にも「重大な副作用」として「 連用中に おける投与量の急激な減少ないし投与の中止により、痙攣発作、せん妄、振戦、不眠、不安、幻覚、妄想等の離脱 症状があらわれる事がある」と明記されています。そして、このベンゾジアゼピン系薬剤の薬物依存からの離脱の手引書として有名なのが「アシュトン・マニュアル」なのです。このマニュアルを作成した英国ニューカッスル大神経科学 研究所教授のヘザー・アシュトン教授は、ベンゾジアゼピン系について「ヘロインやコカインよりもたちが悪い」と述べているそうです。また、ベンゾジアゼピン系は国連の国際麻薬統制委員会(INCB)でも「れっきとした麻薬として認めら れて」いますが、この麻薬と同様に極めて危険な薬剤が日本では医師によって安易に処方され、「ベンゾジアゼピン系の売り上げはダントツで世界 1 位」になっているのです。「国連の国際麻薬統制委員会の 2010 年報告では、日本はベンゾ系睡眠薬の使用量が突出して多く、同一人口当たりの使用量は米国の約 6倍」(読売新聞)にもなると言い ます。 また、高齢者では副作用に苦しむリスクが高く、認知症のリスクは約 50%増加するとも言われます。
向精神薬が常用者の自殺や犯罪を引き起こす事はよく知られていますが、ベンゾジアゼピン系もその点では全く同じです。精神医療の問題を取材してきた読売新聞の佐藤光展記者によると、「北里大学病院救命救急センターでは、運び込まれる人の 10~15%が自殺企図及び自傷行為の患者で、このうち半数を処方薬の過量服用者が占めて」いると言います。そして救命救急センターの医師の話として、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬・睡眠薬は「大量に飲むと酒に酔ったよう にぼーっとすると訴える人が多い。酩酊状態で脱抑制が起きて人を殺したくなる、自分を傷つけたくなるという人が目立つ。服薬がきっかけで DV(ドメスティック・バイオレンス)が始まるケースも」有るとその危険性を警告しています。そして、著書の中で次の様に書いています。
ベンゾジアゼピン系の抗不安薬・睡眠薬は、バルビツール酸系よりも致死性は低いが、それゆえに長期の大量服薬を続けやすく、自動車事故を招きかねない注意力低下や、自殺、事故、犯罪を引き起こしかねない脱抑制の危険が以前から指摘されてきた。薬の影響で、衝動的な感情や行動を抑える脳のブレーキが 効かなくなる恐れがあるのだ。高齢者が服用すると、認知症に似た症状が現れたり、筋弛緩作用で転倒し やすくなったりする問題もある。加えて、依存性の高さが問題になっている。・・・・・・
処方量依存症の危うさを物語る調査がある。万引きなどを繰り返す窃盗癖の治療のため、赤城高原ホスピタルを受診した患者 132 人(男性 40 人、女性 92 人)のうち、男性で 30%(12 人)、女性で約 29%(27 人)が 薬物依存・薬物乱用の状態で、このうち約 90%が主にベンゾ系の処方薬依存症に陥っていたというのだ。・ ・・・・・
「ベンゾ系薬剤などの処方薬依存症、特に乱用患者は自動車事故を繰り返し起こすことが多い」「帰宅 後、車を見るとボコボコにへこんでいるのに、運転中の記憶は全く無いという患者もいます。そんな状態で は人を跳ねてもわからないでしょう」。処方薬による判断力低下や記憶障害の影響を深刻な社会問題と捉え、詳しく検証する必要がありそうだ。 (『精神医療ダークサイド』佐藤光展著)
ここに出てくる「脱抑制」と言うのは、薬物・アルコール・脳の前頭葉の外傷などで起こる感情や衝動を抑えられなく なる状態の事で、これが自殺や犯罪に結びつく訳です。
弟にも、入院初日からベンゾジアゼピン系抗不安薬が処方
弟の場合も入院初日に、主治医が「不安を感じている様だから不安を抑える薬を出しておきましょう」と、極めて軽い調子でワイパックスの処方を決めていました。しかし、ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、そんなに安易に処方する様な薬では無いのです。抗不安薬というのは「不安を和らげる薬」などではなく、「脳を働かなくさせて感情を消去して いるという方が適切」な、いわば脳に麻酔をかけている様な薬剤です。しかも元々、弟は特別に強い不安に悩まされていた訳では有りませんし、こちらから薬を要求した訳でも有りません。末期がんで治療不能と言われ、余命 3 ヶ月などと宣告されれば誰しも不安になるのは当然です。しかし、弟は取り乱す事もなく冷静にそれを受け止めていたのです。ですから、麻薬のような薬物依存の恐れの強い危険な薬剤を服用する必要など全く無かったのです。
不安という感情は、喜怒哀楽と同様に人間にとって無くてはならない感情です。不安という感情が有るからこそ我々は未然に危険を回避できる訳で、 全く不安を感じない人間がいるとしたらそれこそ異常と言うべきでしょう。それを薬を使って無理矢理抑え込もうと考える医師の方が、よほど頭がイカれていると言う他ありません。 また弟には最初に入院した病院で、制吐剤として抗精神病薬のノバミンが処方されていました。日本では医療用麻薬オピオイド の初回投与時に、副作用の嘔吐止めを目的に予防的にノバミンが投与される場合が多いのです。 しかし、ノバミン はドーパミン受容体拮抗薬で、「アカシジア」と呼ばれる副作用を引き起こす事が知られています。これは末期がん患者では高頻度で生じているとも言われ、「落ち着かない」「眠れない」「不安」「イライラ」といった症状となって現れてき ます。 したがって、安易に抗不安薬を処方する前に「アカシジア」を疑い、「不安を訴えた患者がプリンペランかノバミ ンを使用していたらひとまず中止して、ドパミン拮抗作用のない制吐剤に変更する」(『緩和治療薬の考え方、使い方』森 田達也著)事を考えるべきなのです。
では何故、主治医は入院早々にあたふたとワイパックスの処方を決めたのでしょうか。それは、ベンゾジアゼピン系の強い薬物依存性そのものを狙ったのだと考えています。 入院当初から患者の「安楽死」を狙っていた医師は、向精神薬で薬漬けにして「持続的深い鎮静」に追い込もうと、依存性の強いベンゾジアゼピン系を入院初日から処方した可能性が高いのです。 まず、この抗不安薬で薬物に依存させ、向精神薬から逃れられない様にしてから、その後次々とより毒性の強い向精神薬を追加して行こうと計画したものと考えられるのです。その証拠に、この医師は入院の経過とともに、段階的に向精神薬の種類と投薬量を拡大して行くのです。下の(表8)「劇薬の平均投薬量」は、4月を10日毎に上・中・下旬と分けて、処方されていた向精神薬の内 7種類の劇薬の1日の平均投薬量を求めたものです。この表を見ると、劇薬の向精神薬の種類と投薬量が段階的に整然と拡大されて行った事が読み取れます。その一方で、この間の弟の病状に大きな変化は無かったのです。
このように書くと、それは考え過ぎだと感じる人も居られるかも知れません。しかし、これにはちゃんとした根拠があるのです。内海聡医師によると「ベンゾジアゼピン系の功罪をまとめた医療家向けの資料」である「国立病院機構菊池病院臨床研究部報告書」の「医師とっての有用性」 の欄の「医院経営への影響」として、「常用量依存を起こす事により、患者が受診を怠らない様になる」と明記されていると言うのです。常用量依存というのは処方量の範囲内で起こる薬物依存の事で、医師はこの常用量依存を利用する事によって、患者が逃げられない様に出来ると臆目もなく書かれているのです。 全く開いた口が塞がら無いと言うのはこの事ですが、医師あるいは医療界と言うのはこの様な破廉恥な事を平気で考えている様な連中なのです。ですから弟の主治医が、ワイパックスの常用量依存を利用して患者を向精神薬で薬漬けにしようと考える事は、医療界の人間としては極めて普通で自然な発想なのです。
実際、向精神薬の服用始めて 1 ヶ月になる頃から、弟に薬物依存様の言動が目立って来ます。例えば、5 月 3 日 の友人の見舞い中には看護婦に「薬どんどん使ってよ」と発言し、5 月 5 日にも看護婦に「 早く寝かせて。薬もたくさん使って」と要求しています。そして、5 月 6 日には「座薬入れて、座薬入れてよ」と看護婦に懇願しています。さら に、弟が薬物依存に陥ってた事を示す明白な根拠が有ります。実は、5 月に入って向精神薬の投薬量が激増すると同時に、酷い倦怠感と共に精神状態が極端に不安定化し、不眠やイライラ、様々な精神症状が一気に出現して来たのです。 病院が「眠るお薬」と言って出していた大量の薬がこの原因と直感した私は、 ゴールデンウィークの連休で主治医が休んでいる間に、必死に看護婦に頼み込んで薬の量を大幅に減らす事に成功したのです。ところが、逆にその数日の間に次々と幻覚や妄想に襲われたのです。これは抗精神病薬の減薬時に現れる典型的な禁断症状だと考えられます。もちろん、その当時はそんな事は知る由も無かったのですが。
抗精神病薬・抗うつ薬の多剤大量処方開始
弟への向精神薬の投薬は、入院初日のベンゾジアゼピン系抗不安薬から始まった訳ですが、翌週には劇薬の抗精神病薬が処方されます。そして最初の「持続的深い鎮静」 つまり「安楽死」の説得工作が行われた4月17日に合わせて、新たに劇薬の抗うつ薬が処方され、翌日には抗精神病薬が一気に4倍に増量されます。これは、明らかに患者を「安楽死」に追い込む事を狙って、向精神薬の大量投与を開始したと考えられます。栄養士が、食事の減量・中止の方針をカルテに記入していたのも説得工作の直後です。つまり、全てが連動して動いていたのです。次に、入院から4月30日までの向精神薬の新規の追加投与の状況をまとめておきましょう。17~20日に掛けて一気に急増している事が分かります。これは、図2)のグラフを見ても明らかです。
(※オキシコドン(医療用麻薬)、ノバミン(抗精神病薬)は緩和ケア病棟入院以前からの継続)
3 月 27 日 ワイパックス(精神安定薬)0.5、1T/日
4 月 7 日 クエチアピン(抗精神病薬)25mg、0.25T/日
4 月 17 日 レスリン(抗うつ薬)25、1T(不眠時)
4 月 18 日 クエチアピン:1T/日に増量
4 月 20 日 リスペリドン(抗精神病薬)1mg、0.5T/日
4 月 29 日 レキソタン(精神安定薬)
4 月 30 日 ワコビタール坐剤(抗てんかん薬)
(※太字が劇薬)
そして、説得工作後の向精神薬の急増直後から、弟はその副作用に悩まされる様になって行きます。特に、抗精神病薬のクエチアピンが一気に 4 倍に増量された 4 月 18~19 日以降、精神病薬の副作用である目立った意識障害 が出現する様になるのです。19日の午前中には「頭がこんがらがっている」と看護婦に訴え、夕食後には自分のいる場所・時間・人などが分からなくなる見当識障害を伴ったせん妄が出現し、以下のような混乱した不思議な会話がカルテに記録されているのです。具体的な状況が分かり易いと思いますので、少し長くなりますがカルテを引用します。夕食後、1時間近くも歯を磨き続けていた様で、不審に思った看護婦が声を掛ける所から始まります。▼が弟の発言です。
[看護婦]:(夕食後 1 時間近く歯を磨いており声をかける)
[看護婦]:「うがいしましょうか」
▼:「ちょっと待って。これ焼却(ゴミ箱)に捨ててもいいの?捨てると怒られる。国の問題になるよ。ミヤナガさ んは捨てた?」
[看護婦]:「ミヤナガさんって誰でしょう。看護師ですか?」
▼:「違うよ、ここの責任者やろ?このままじゃ日本に帰られへん事になる。ナガイさんの暗証番号を上に承 諾してもらって.....出発はいつですか?」
[看護婦]:「今日は帰らないですよ、明日またお兄さんが来てくれます」
▼:「え?兄が来るんですか?」
[看護婦]:「毎日来てくれてますよね」
▼:「それは知りませんでした」
[看護婦]:「眠たそうなので横になったらどうですか」
▼:「こんな状態で横になんかなれません。預かっているのはこれだけですか?(コップとガーグルベースン を指さす)」
[看護婦]:「私のこと分かりますか?」
▼:「ちょっと待って下さい」
[看護婦]:「看護師の Md です」
▼:「それは分かってますけど、ここはどこですか?」
[看護婦]:「■■病院です」
▼:「・・・わからへんようになってしまった」
[看護婦]:「今日は眠って明日お兄さんに確認してみましょう」
そして、この会話があった翌20日朝にも看護婦に「つなぎ合わせて考えるのが難しくなってる」と訴えています。また 21 日のカルテには、「軽度の混乱持続している。本日よりクエチアピンが増量となっており、夜間の睡眠状況や混乱の程度を確認していく」と書かれています。翌 23 日にも、看護婦が薬の服用時間の変更を説明してもなかなか理解できなかったと次のように記録しています。
「夕食後のクエチアピンは眠前に服用した方が眠り易いのではと説明するがなかなか理解できず、先日ご自身が眠前のクエチアピンを夕食後に変更を希望された事も覚えていなかった。何度か説明を繰り返しようやく理解できた・・・・」
4月17日の最初の説得工作に合わせて急増された向精神薬の副作用の影響が、意識障害・意識レベルの低下として直後から出現していた訳です。また、4月20日の時点で、劇薬の向精神薬が4種類も投与されていた事になります。入院以前は劇薬は1種類だけだった事を考えれば、一気に4倍に増やされていた訳です。しかも、新たに処方された 3種類は、すべて「自殺念慮・自殺企図」の副作用が警告されている、危険極まりない精神病薬ばかりだったのです。弟は治療不能と言われて将来を悲観し、「苦しくないように死にたい」などと言っていました。このような患者に、主治医は自殺を引き起こす副作用の有る劇薬を 3種類も投薬していたのです。しかも弟は精神状態に異常はなく、これらは全く必要のない薬剤なのです。カルテの記録から、病院側が副作用を認識していたことは間違い有りませんが、 その対策を取るどころか反対に、表8)で見たように以後増々向精神薬の投薬を拡大して行ったのです。
4月17~20日に掛けて向精神薬の投薬量が一気に急増した訳ですが、実はこの同じ時期に弟の病状改善の兆しが出て来ていたのです。そう考える理由の一つは、それまで悩まされ続けていた吐き気・嘔吐がいつの間にか無くなった事。もう一つは急に食欲が出てきて、お菓子・果物を大量に食べ出した事です。弟は毎朝私に電話をしてきて、欲しいものの具体的な名前を上げて買ってくるように要求しだしたのです。しかも、ただ食べるだけではなく「美味しい美味しい」と言って喜んで食べる様になったのです。そして、時には食べ過ぎて「お腹いっぱいで辛い」と訴える時もあったのです。この突然の食欲の出現には看護婦も驚き、何人もがカルテに記録しています。この食欲は 5 月に入ってからも却って尻上がり向上して行き、亡くなる直前まで続いたのです。死亡する4日前の5月5日のカルテにも、看護婦は次のように書いています。
「足のマッサージを・・・・している とお菓子を食べ始め、夜勤者が用意してくれた飲み物、お菓子はすべて食べており、その後も海鮮チップスもほぼ一 袋食べている」「経口摂取は増えており・・・・食べて欲しいと言うお兄さんの気持ちに添おうとしているよりかは、兄が いない時にも食べ続けており本人の意思で食べている様子」
弟は胃がんで、がん細胞が胃の内部を埋める様に広がり、いつ胃が閉塞して食べれなくなってもおかしくない状態でした。病気が進行しているなら、いくら本人が食べたくても、無理に食べれば吐き出してしまうはずです。実際、4月20日頃までは嘔吐や吐き気に悩まされて続けていたのです。それが食べ過ぎて苦しくなるほど、自分の意思で食べるようになった訳で、明らかに病状が改善に向かっていたと思うのです。実際、病気の回復期に急に食欲が出て来る事は良く有る様なのです。クリミア戦争に従軍し、打ち捨てられていた多くの傷病兵を救助して「戦場の天使」「ランプの貴婦人」と呼ばれたフローレンス・ナイチンゲールは、病気の回復期に入ると食欲が亢進してくる事が多いと指摘して著書の中で次の様に述べています。
「病相期が終わってまさに回復期が始まると、患者は色々な事を切望するものであるが、特に色々な食物に対する切望が多い。・・・・消化機能がその力を回復し始める。するとその目立った徴候が、胃の消化できる限度を量的あるいは質的に超えた食欲亢進となって出てくる。看護婦の役割としては、この問題がもたらす危険を防ぐために最大限の注意を払う必要がある。」(『看護覚え書』フローレンス・ナイチンゲール著)
ですから、必要のない劇薬の向精神薬を重病人に 7種類も大量投与するなどと言う出鱈目な処置さえ無ければ、弟は酷い副作用に苦しめられる事も無く、穏やかな闘病生活を続けながら、もっと長く生きられたはずなのです。
(続く)
医療現場で乱用される向精神薬 ②
医療現場で乱用される向精神薬 ③