関所破り二人
女は関所を通れない。
入鉄砲はご法度。出女は要注意。そして江戸への入女も、厳しく身元を改めよ。手形無くとも男は良いが、女にそれを許すなかれ。
と、いうのが世の常だというのに、ある朝まだき、人見女のお房が勤める関所に、女がたった一人でやってきた。
女の一人旅なんて! お房は慌てて、女を長屋の物陰に引っ張り込んだ。
「あ、番士の方ですか? ここを通りたいんですけど」
「……手形は?」
「アハハ、そんなの、無い無い」
「手形無しで、通れるわけがないだろう。帰んな」
女がお房を見下ろした。その眼を見て、お房はぞっとした。顔は笑っているのに、暗く淀んだ眼をしていて、なのに泥沼の水面が光を受けるのに似て、きらきらと瞳は輝いていた。
「じゃ、こっそり抜けて行きますね」
ぺこりと頭を下げて去っていこうとする女の背中に、「関所破りは磔だよ!」と鋭く声をかける。すると女は軽やかに、ひらりと手を上げて応えた。
「それも、いいかなぁって」
絶句したお房を振り返って、女が笑う。
「お江戸の関が厳しいのは、お江戸が素敵な所だから。女が帰ってこないと困るから。私たち、生まれた場所で、子を産まなきゃならないものね」
辺りが明るくなっていく。
山から日が昇ったのだ。
「でも、私はそんなの、まっぴら」
光を受けて、女の泥沼の瞳が一層きらきらとする。
「お江戸に行って、色んなものを見るの。その為になら、磔になったっていい」
じゃ、そういう訳で。
言い捨てて、本当に去っていこうとする。ここでお房が叫べば、目を覚ました番士達がすぐさま女を捕らえるだろう。
通報しなくては。
長屋の壁に手を付いた。そうせねば立っていられなかった。
お房は人見女だ。関所に来た女を、長屋の中に連れ込んで、時には服を剥いでまで身元を確かめる。
母も祖母も、そうやって生きた。
人を、疑い続けて生きていくのだ。
お房は、駆け出す。女に追いつき、腕を掴む。
「そっちには柵がある。抜けんなら、こっちだよ」
【続く】
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