人生100年時代のリ・エンゲージメント第1回:ミック・ジャガーの60年間稼ぎ続けるエンゲージメント
79歳でも「あがり」の気配を見せないミック・ジャガー
私は,今年4 月に『LET’S WORK ミック・ジャガーに学ぶ「これからの働き方」』を上梓した。ミック・ジャガーは,今年で79歳になるロックスターだが,昨年はコンサートツアーで全米最高額の売上をたたき出し,今年は60周年記念ヨーロッパツアーを開催し,コロナ感染なども乗り越え,先日ツアーを成功裏に終了したばかりだ。私のイメージする70代とはあまりに違う輝きだ。
私がお付き合いしている企業では,50代になると社員は「あがり」を意識して,精力的には活動しない傾向がある。これは他の企業でも珍しいことではないだろう。
ミック・ジャガーは80歳を前にして,「あがり」の気配は全く見せていない。それどころか,コンサートツアーに加えてTVドラマの主題歌制作など,多彩に活動を拡げている。
どうして,こうも違うのだろう?
もちろん,ロックスターとビジネスマンを比べることには無理があるかもしれない。しかし,同じ人間の営みとして,彼から学べることはあるはずだ。
こんな思いから書いたのが『LET’S WORK ~』だ。思いのほか,大きな反響があったので,この場を借りてポイントをいくつか紹介したいと思う。
リバプール公演:2時間以上走り続けたミック・ジャガーが見せたエンゲージメント
彼に関する本を出版したということもあり,私は,本年6 月に渡英し,ミック・ジャガーが率いるローリング・ストーンズのリバプール公演を鑑賞してきた。詳細はここでは省くが,「80歳を前にして凄い」というレベルではなく,若手も含めた世界のロックコンサートの基準から見ても,かなり迫力のあるステージだった。ミック・ジャガーは2 時間以上にわたり,大きなステージを走り回っていた。50代の私には到底できない活動量だ。いや,30代でもできなかっただろう。
ステージ上の彼を見ていて感じたのは,20 ~ 30代の頃のようなメチャクチャな動きではなく,自分の体力や転倒のリスクなども考慮しながら,楽しみながら仕事をしているということだ。観客を楽しませるというゴールを達成するために,自分をコントロールし,それを楽しんでいるのだ。
「楽しみ」はエンゲージメントの重要項目である。そして,観客の反応が彼にとってのエネルギーとなり,それに突き動かされるようにさらにギアを上げるのだ。
顧客の反応にアンテナを張り,顧客の「ありがとう」を糧に仕事を楽しみ続ける。これはどんな分野でも,いい仕事をする上での条件であり,エンゲージメントの基本である。
リ・エンゲージメント:もう一度仕事を楽しみ,成長する喜びを
素晴らしい経験も知識も持ち合わせているのに,エンゲージメントを下げてしまっているベテラン社員をよく見かける。なぜだろう?
これまでコーチングでお会いしてきた方々を思い返してみると,彼らには「ゴールを見失っている」という共通点があるようだ。
本来,組織で仕事をする上でのゴールは,組織の目標,ありたい姿の実現である。しかし,ベテランになってくると,プライドを保つこと,言い換えれば自分を防衛するということが無意識的な優先ゴールになってしまっていることが多いのだ。それではエンゲージメントは向上しない。
エンゲージメントとは,主に,次のような要素を高めることによって向上できるとされている。
▲組織の活動,自分の仕事に意味を感じられるか
▲組織が自分に期待していることが明確か
▲自分らしく組織に貢献できるか
▲自分の努力に対してしっかり承認されているか
▲上司,同僚と良好な人間関係を築いているか
▲仕事を通して,人として,ビジネスパーソンとし
て成長しているか
「組織が自分に期待していることが明確か」という項目はとても重要で,要するに,自分のゴールが見えているか,ということだ。自分が達成することを期待されているゴールを見失い,自分の保身やプライドを優先させてしまっては,エンゲージメントは著しく下降する。
人間関係も悪化し,不機嫌なベテランは,周りからも扱いにくい人材と見られるようになるだろう。悪くすると,「知ったこっちゃない」と逃避したり,部下たちを詭弁で論破しようと攻撃を始めたりする。まさに,最悪の悪循環が生まれるのである。
そんなベテラン社員たちには,人生に「リ・エンゲージ」することを勧めている。ベテランになるにつれて,人生は複雑になってくる。健康や老後の不安,親の介護,独り立ちしない子供,あるいは子供が独り立ちした後の熟年離婚のリスク,人生の意味などなど,人生最大級の悩みがいくつも目の前に立ちはだかるのだ。
そんな難しいライフステージの中だからこそ,もう一度エンゲージして立ち上がってほしいと思う。そして,その勇気がベテラン社員の人間力を高め,部下から尊敬される人材となれるのだ。
ミック・ジャガーが執着した「ゴール」
ここで大切なのは,新しい人生のステージで,どのゴールに執着するかということである。もはや自部署の目標達成だけを追っかける年頃ではないかもしれない。人生のゴール,つまり本当に求める幸福が何であり,この会社での残された時間にはどのような意味があるのかを考える必要が出てくるのだ。
経済的にも名声的にも働く必要など全くないミック・ジャガーが執着しているゴールは,ローリング・ストーンズとして,メンバーと共にステージに立ち続け,メンバーにも観客にも,これまで見たことのない景色を魅せ続けることなのだと思う。
若い頃はメンバーとの確執もあり,ソロ活動に専念したこともあった。しかし,ファンが観たいのは,メンバーと一緒に演奏している姿であり,聴きたいのはその化学反応から生まれる音楽である。それを痛感してからは,リーダーとして,メンバーがエンゲージできるように,ツアーに家族を帯同させても楽しめるような工夫をしたり,メンバーが十分な報酬を得られるように交渉をしたりした。
エゴイストと思われがちなミック・ジャガーだが,60年間トップで活躍し続けるためには,メンバーの福利厚生や感情マネジメントをする必要が出てきたのである。「悪魔の権化」とも言われながらも,結果に本気でこだわり、組織の改革に躊躇はしなかったのだ。
結局,エンゲージメントとは,本質的なゴールにどれだけ執着するかだと思う。それを阻むエゴや感情をいかにマネッジするか,それが問題だ。人生100年時代と呼ばれるこの時代,本気で人生のゴールを考えて「リ・エンゲージメント」することが求められている。
(「人事マネジメント」2022年9月号掲載記事より)