人生100年時代のリ・エンゲージメント第2回:まだ見ぬ世界にワクワクする

好奇心こそが60年間稼ぎ続けるドライバー
 ミック・ジャガーをテーマにしたビジネス書という,奇天烈な出版をしてから,いろいろな人から声をかけてもらうようになった。
 「私もローリング・ストーンズが大好きです」といった声が多い一方で,「ストーンズは好きですけれど,ミックはちょっと節操がなさすぎではありませんかね。いや,女性関係の話ではなく,音楽的に。つまり,あっちこっち手を出し過ぎというか…」などとミックに批判的な意見を(控えめに)伝えてくれる人もいる。
 今回は,ミックの節操のなさについて考えてみたい。
 そう,たしかにミック・ジャガーは音楽的に浮気性に見えるかもしれない。ブルースに始まり,ロックンロール,ダンス音楽,パンク,レゲエ,最近ではヒップホップなどなど,いろいろな音楽のジャンルに手を出している。1980年代には,デビッド・ボウイやマイケル・ジャクソンなど様々なアーティストとのコラボに明け暮れ,そのせいでバンドを解散ギリギリにまで追いやった張本人でもある。相棒のキース・リチャーズに比べて,音楽的一貫性に欠けているのは間違いない。
 才能はありながらも,不器用なロックスター,ロック界の高倉健のようなミュージシャンを求めている人からすれば,ミックは「ちょっと,節操がなさすぎ」と見えるのはもっともだと思う。
 しかし,それが彼の魅力なのだ。ミックは,他の音楽ジャンルだけではなく,アンディ・ウォーホルのような絵画アートから,政治家,バレエダンサー,貴族など,様々な業界の要人に興味を持ち,そこでの交流を深めてきた。それがあるから,彼の音楽は,楽しいのだ。
 次回のテーマに考えているが,実は彼のルーツにはブルースというものがしっかり根付いているのだが,一見それは見えにくい。そして,その時代に流行っている音楽を敏感に取り入れ(パクリ),自分の音楽のネタにしているのだ。そして,そのポップ性と彼のルーツが結びついた時,そこからは他の誰もつくれないような音楽が生まれるのである。
 繰り返すが,それがミック・ジャガーの魅力である。それは彼の強固な好奇心から生まれるものである。そう,好奇心こそ,ミックが60年もの間トップで走り続けることを支えている強みの1 つなのだ。

好奇心という強み
 アインシュタインは,「自分の強みは何だと思うか?」と聞かれて,「好奇心」と答えた。これはミックにもいえるだろう。彼は常に新しいことを試したい男で,人生の中でも次にはどんな景色が見られるのか,楽しみで仕方がないのだ。
 心理学者のトッド・ガシュダン博士によると,好奇心を持っていると,常に脳に嬉しいサプライズが与えられ,脳が活性化され,チャンスを捉える確率が高くなるということだ。好奇心が連鎖して人生を豊かにするプロセスについては,次のように説明している。

1.  好奇心を持つことで,リスクを冒しながらも冒険する
2.  冒険することで,発見をする
3.  1 と2 のサイクルに満足すれば,それを繰り返すようになる
4.  繰り返すことで,新しい分野に精通し,能力が身につく
5.  一定の能力を身につけることで,知識やスキルが伸びる
6.  知識やスキルを伸ばすことで,自分の人生が豊かになる

 好奇心は,人生の質を高める。歳をとると,新しいことを「知りたい」「調べたい」という気持ちが薄れてくるものだが,ガシュダン博士によると,何歳になっても好奇心は「鍛える」ことができるという。
 好奇心の強いミックは,飛行機の中ではいつも分厚い本を読んでいる。それは,文学だったり,欧州経済の本だったりする。また,80歳を前にして,SNSなどの新しいテクノロジーも試さずにはいられず,頻繁に近況をファンに向けて発信し続けている。

アンラーン:「快適空間」にとどまらずに学び続ける勇気
 今,「アンラーン」という言葉が注目されている。 「アンラーン」とは,これまでの成功体験やそこから学んだ知識や思考のクセをいったん横に置き,心地よいルーチンを乗り越えて,新しいことを素直に学ぼうという考え方である。
 人というものは,これまでの自分が成し遂げたことにプライドを持ち,そこで身につけた勝ちパターンを大切にするものだ。しかし,そこで,その働き方が固定化,パターン化してしまうと,変化も成長もしない。そうなると,周りから見れば,その人は過去の成果にしがみついて,もう努力しなくていい「快適空間」に身を置いているようにしか見えない。
特にベテラン社員は,この誘惑に惑わされやすい。しかし,過去の成功体験が生きなくなっているVUCAと呼ばれる今の時代,この誘惑に負けることは致命的だ。
 そして,部下にとって上司を尊敬する理由の上位に挙がるのが,「学び続ける」姿勢だということも忘れてはいけない。これがなければ,部下たちはリーダーを「終わった人」と捉える。そう思われたら,もう彼らを巻き込むことはできない。だから,成長を止め,自分の「快適空間」に居すわることは,周りのエンゲージメントも低下させ,組織の成果を下げてしまうことにつながるのだ。

アンラーンが必要な人とは
 アンラーンという言葉を日本で広めた書籍『Unlearn(アンラーン) 人生100年時代の新しい「学び」』によると,次のリストに1 つでもチェックが入る人には,アンラーンが必要だということだ。

□ 何か決まった口グセがある(特に,ネガティブなもの)
□ 最近,ワクワクすることが減った
□ 周囲の人との会話が,毎日同じような話題ばかりだ
□ 仕事とは別の分野の「学び」をしていない
□ どんなことにも「そんなこと当たり前」と考えがち
□ すごい成果を出した人は,自分とは別世界の人だと思う

 1つ以上にチェックをした人は,日常の中で違和感を楽しむ機会を増やしたほうがいいと言える。通勤の経路を変えてみたり,これまでは縁のなかったような人たちと交流を始めたり,面倒くさくて避けていたSNSを始めてみるとか,何でもいいだろう。
 60年間稼ぎ続けているミック・ジャガーは,毎日,筋肉のストレッチと脳のストレッチを欠かさず行っている。私たちもこれまで使ってこなかった脳の筋肉をストレッチしてみてはどうだろうか。そうすれば,人生の中で次にはどんな景色が見られるのか,まだ見ぬ景色が楽しみで仕方がなくなるのではないだろうか。

(「人事マネジメント」2022年10月号掲載記事より)

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