ミュウが死んだ
ミュウが死んだ
一年前、父が他界したあとに
母の元にひょっこり現れた迷い猫
動物を飼ったことのない母は、家に入れることに躊躇したが
冷え込んでくる山間の空気とかわいい鳴き声が後押ししてくれて
名をもらうことになった
とにかく、よく食べる子であった
そもそもは家猫であったように想像する
山の獣とたべものを奪い合うには野生が足りなすぎた
求められれば応えるタイプの母との相性は
よかったのかわるかったのか
ふくふくと大きくなっていった
いつもたべもののことで喧嘩している母とミュウであったが
ミュウがいなければ、母はひとりの生活を乗り越えることができなかっただろう
じぶんを頼りにしてくれる存在がある
それは、生きる力そのものだ
我が家に泊まりに来る時も一緒にやってきて
マットにおおきなおしっこの丸を残して帰っていった
ほんとうに迷惑だったが、がつがつと真剣にごはんを食べている姿を見ていると、ゆるせた
家で飼い始める前に、病院に行ってひととおりの検査をしたミュウは
白血病とエイズのキャリアであることが判明していた
隣家の猫と喧嘩して伝染してはいけないので、外に出さないように注意していた
外がすきなのに、と母は、じぶんのことのように頬をふくらませてわたしに文句を言った
そんなミュウの、急激な不調が起ったのはひと月前だった
「なんか、動かない。食べない」
電話口で、不安げな母
猫友達のアドバイスで、早々に病院に連れていくことにした
詳しく検査してもらった結果
おなかに大きな腫瘍があることがわかった
余命と治療方法がいくつか示され
母は、最初から決めていたとおり
ミュウが苦しまないための処置は都度お願いするが
抗がん剤等での延命は望まなかった
あんなに延々とほしがったごはんを
ミュウは食べなくなっていた
ところ選ばず粗相をするようになり
上から下から、血色のものを出した
余命を知った姉が「仕事がやすみだから、帰ろう」と言ってくれたのが、9月のおわり
久々にあったミュウは、心配したほど痩せておらず、おだやかだった
指まで食べられると恐怖した、かつての勢いなく
絞りだされるのを待って「ちゅーる」を食べた
わたしたちが話していると、ゆっくりとやってきて参加した
土曜日、アルバイトで移動していた時
電話が鳴った
母からだった
いつもなら出ない
けれど、出た
「動かない」
いつものことだが、動揺している母の言語解読はむずかしい
ミュウのことだとわかり、こちらからいろいろ問いかける
しばらくして
「息をしてないの」
観念したように、母が言った
ああ、そうか
そうなのね
いまどこにいるの?
じゃあ毛布にくるんであげよう
うん、わかった、うん
返事をしながら、母の胸がつまっていることがわかる
伯母にも連絡したという
こういう時、そばにいてくれるひとがいることは
ほんとうにありがたい
しばらくして
伯母から写真が送られてくる
ヤブラン
サルスベリ
ギボウシ
ネコジャラシ
我が家の庭の花ばかり
芸術家の伯母らしい花束
ありがとう、おばちゃん
いつもいつも、ありがとう
母の顔も、ミュウの顔も
おだやかだった
父亡きあと、山から颯爽を現れて
秋の風とともにいってしまった
あれは天からの使いであったかもしれず
ああそれならばたぶん
だれもみな