Silence Kit
東京というまちに30歳を超えて初めて住み出した。だからなのか、ふとした時に自分の中にベタな東京のイメージが強固に築き上げられていることに気づく。広告だらけの街並み、コンクリートの摩天楼…などの月並みなイメージ。そういう偏見に囚われてしまっていることに気がつくのはたいてい、都心から電車で15〜20分ほど離れた場所に赴いた時だ。
京成線に乗って千葉の方に向かって行くと、江戸川を越えた辺りから自分の地元の電鉄に乗っていると錯覚するくらい見慣れた風景が広がっていることに気がつく。川、田んぼ、山、商店、小さな家々。小さな部屋を切り詰めて高く伸びるビルがないだけで、自分にはそこが東京のまちに見えないことに気がつく。その匿名的な風景がどこか心地よいのは、多分自分が地方出身だからだろう。
少し前、千葉県佐倉市にあるDIC川村記念美術館に行った。大日本インキ化学工業株式会社が設立した、美しい庭園が囲む私立美術館である。
少し遠くて尻込みしたが、無料の送迎バスがたくさん出ており、身構えていたほど行きにくい場所ではなかった。何をそんなに思い悩んでいたのだろうとじぶんの尻を蹴りたくなるほど、静かで素晴らしい場所だった。美術館を取り囲む風景も、美術館そのものも美しかった。
いつも難しく考えてしまいがちな自分は、むしろ難しく考えさせてもらえないことにストレスを感じることが多い。知らないこと、知らなかったことを咀嚼し、何か自分なりに納得を得るまでじっとしていられる方が精神的には良い。DIC川村記念美術館に収蔵されているマーク・ロスコの作品のことも、美術館の建築設計をした海老原一郎のこともよく知らなかった。そこでどんな人なのかをじっくりと考えることができた。モネの睡蓮は見たことがあったが、なんというか、あんな風に見たことはなかった。こういうふうに見えるのだな、と腹落ちするような感覚があった。広い空間に配置され、都内の美術館ほど競い合うような人並みがあるわけではない場所で作品を見ることで、よくわからないものがよくわからないまま自分の中に溜まっていくことを心地よいと理解していく気がした。
ひとつだけでも目を閉じた時に思い浮かべられる作品を覚えて帰ろうと思って、ロスコ・ルームの作品をじっと見て帰った。京成線が上野に着く頃には、既にその残像しか思い浮かべることができなくなっていたが、日記に「眼球を手のひらで押しつぶした時見える像のような」と記しておいたので、今もかろうじてイメージを補完することができている。ロスコに失礼な表現な気もするし、あの場でしか得られないロスコが夢想した何かがあることも重々理解した上で、やはりその像を思い出そうとしている自分がいる。
広告だらけ街の中で目を閉じると、もう眼球を押し潰さなくてもロスコ(らしき)壁画のひとつが見える。本来日本にあるはずではなかった壁画が空間と一緒に思い起こされると、静かな気持ちになる。