見出し画像

「本づくりは、僕にとっての市民活動なんです」 ――コモンズ代表・大江正章さんを偲ぶ

出版社「コモンズ」代表の大江正章さんが、昨年末に亡くなった。

環境やアジアなどをテーマに、気骨ある本を世に送り出してきた人だった。私の編著書である評伝『道遠くとも──弁護士 相磯まつ江』が、コモンズから刊行されたことは大変誇りに思っていた。年の初めに、年賀状代わりに送られてくる同社の出版目録と、「この1年の活動」を記した手紙にも、背筋が伸びたものだった。

大江さんの活動は、出版にはとどまらなかった。ジャーナリストとして取材・執筆を続け、アジア太平洋資料センター(PARC)、コミュニティスクール・まちデザインなどの市民活動に携わり、自ら有機農業にも勤しんでいた。

実は、大江さんには10年ほど前にインタビューさせていただいたことがある。感謝と追悼の意を込めて、当時の記事(原題「出版を通して暮らしと社会を変える」。『企業診断』2008年8月号、連載「“市民起業家”という生き方」掲載)を加筆修正し、再構成したものを以下、記しておきたい(文中の時制やデータは、取材当時のもの)。

            *    *    *

市民活動としての出版業

「うちのテーマは、食・農・環境・アジア・自治です」

自社で作っている本の内容について尋ねると、言葉が切れ目なく返ってきた。

出版社「コモンズ」は、『徹底検証ニッポンのODA』『食べものと農業はおカネだけでは測れない』など、社会的メッセージの強い本を送り出している。コンセプトは、「成長と効率優先の社会や暮らしを見直す具体的なメッセージと新しい思想を提案する」。

大江さんは言う。
「本づくりは、僕にとっての市民活動なんです」

たとえば、最近出した本に『半農半Xの種を播く』がある。暮らしに農業を取り入れながら、自分のやりたい仕事=「X」をする人たちを紹介したものだ。自然の中で子育てを続ける自主保育グループの活動を綴った『土の匂いの子』、専門医たちが寄稿した『花粉症を軽くする暮らし方』も話題を呼んだ。

どの本にも共通しているのは、社名でもある「コモンズ」=「共」(みんなもの)という思想である。それを、大江さんはこう記す。

「ぼくは、それらを貫く概念は、商品化の『私』でも管理の『公』でもなく、人びとと人びとが結び合う『共』であると確信していた」「たくさんの仲間たちと、地域と地球の環境を守り育てながら、それを共有財産としていく開かれた場が出版社コモンズである」(*)。

職人としての編集者

本のつくり方にも、こだわりがある。
そのひとつが、「研究会方式」。

著者たちと研究会をつくり、定期的に集まって議論を交わす。そして、その成果を本にまとめるのだ。市民主導の地域づくりを唱えた書『公共を支える民』も、大学研究者や自治体職員らが共同研究・執筆したものである。

「一冊一冊、手間と時間をかけて丁寧につくることを心がけています。著者に原稿をいただいても、加筆や修正を何度かお願いして、読者により伝わるように仕上げてもらう。だから、まわりからは『注文の多い編集者』と恐れられているんですけどね(笑)」

環境保護の観点から、本の用紙は極力、再生紙率の高いものを使っている。「帯」はめったに付けない。

「大半の読者は、本を読むときは帯を外す。店頭で売るためだけにつくるのは、紙のムダだと思うんです。内容紹介など必要な情報は全部、カバーに入れ込んでいます」

販売は、書店に加えて生協や共同購入グループを重視。市民運動・市民活動の団体やグループが開く集会やイベントにも自ら出かけて、本を売る。

「この前の週末も、有機農業に関するシンポジウムに参加して本を売ってきました。うちの本は書店だけで売れるものじゃないですからね。講演も聴けるし、読者とも直接出会える。 その場から企画が生まれることもあるんです」

企画から編集、校正、宣伝、営業までをほとんど一人でこなしているのだ。

「そのほうが面白いんですよね。自分でやらないと気が済まないというか(笑)。こんな仕事の仕方は、大手の出版社ではとうていありえないでしょうけど」

職人のような仕事ぶりである。
「そう言われるのは嫌いじゃない」と、彼ははにかんだ。

「中央より地方、工業より農業」

市民運動には高校生のころから関わっていた。ベトナム反戦など平和運動に始まり、大学に入ると学生運動のかたわら、反原発や環境保護にも関心を寄せた。東京から広島まで鈍行列車に乗り、何度か途中下車して各地の市民運動を訪ねたこともある。

「旅を通して、公害や環境問題を身をもって学びました」

卒業したら、自治体職員か中学・高校の教師になろうと思っていた。だが、ゼミの指導教官の強い勧めもあって、出版社に就職する。
入社後まもなく、上司の指示で「地域主義」を提唱していた経済学者・玉野井芳郎氏主宰の研究会に、連絡・調整役として参加することに。

「『これから大事なのは有機農業だ』と玉野井先生に言われたとき、直感した。有機農業のことは全く知らなかったけど、ものすごく大きな問題提起になるはずだと思ったんです」

市民運動を通して環境問題に触れていた経験が生きた。
会では、さまざまな角度から「農」をとりあげた。

そして、活動の成果は、1984年に『いのちと“農”の論理――都市化と産業化を超えて』という本にまとまる。会のメンバー中、最若手の彼が編集したこの本は、じわじわと売れ続け、売上は1万部に達した。それは同時に、大きな水脈を見つけた瞬間でもあった。

「中央より地方、工業より農業、欧米よりアジア、という自分なりの視点が定まった。本のテーマが見えてきたんです」

「つくりたい本をつくろう」と独立起業

以後、彼は精力的に本を手がけていく。

「年間12~13点はつくってました。『月刊単行本』と呼ばれていたぐらいです(笑)」

売上も確実に伸ばし、編集者としてのキャリアを築いていった。ところが、社長が亡くなり、社内の風向きが変わる。自分がつくりたい本をつくれる環境ではなくなったと感じ、独立することに。

起業の理由を、「ちょっとカッコ良すぎて申し訳ないんだけど……」と照れながら振り返る。
仕事を通して知り合い、敬愛していた東南アジア学の研究者・鶴見良行氏(94年逝去)から、生前、「この本はぜひ、君がつくってほしい」と委ねられていたものがあった。

『ヤシの実のアジア学』。洗剤や油、マーガリンなどの材料として、アジア太平洋諸国のヤシが大量に使われている。ヤシの生産から日本人との関わりまで、鶴見氏が若手研究者や市民とともに徹底的に共同調査・研究した大作だった。

「良行さんとの約束を破るわけにはいかない。『ヤシの実のアジア学』を心置きなくつくるためにも、自分で出版社を始めようと思ったんです。でも、業界の仲間たちからは反対されましたね。当時から猛烈な出版不況が続いていましたから」

「編集者出身の人間は商売に疎い。出版社をつくっても絶対にうまくいかない」とも言われた。しかし、気持ちは揺らがなかった。

『ヤシの実~』の宣伝チラシを携えて最初に足を運んだのが、京都の書店だった。鶴見氏が大学で教壇に立ち、暮らしていた地である。

「そこは、良行さんがいつも通っていたところだったんです。人文書の担当者に話をすると、『へえ~、良行さんの本でスタートしはるんや……。よっしゃ、売ったるで!』。10冊も注文してくれました。そんなふうに言ってもらえたのが、すごくうれしかった」

こうして96年10月、出版社・コモンズが船出する。以降、現在まで100冊以上の本を送り出している。

ジャーナリスト&週末農民としても

大江さんの仕事は、出版にとどまらない。食や農、地域づくりをテーマに取材・執筆し、雑誌に随時、発表しているのだ。

今年(2008年)の初めには、『地域の力』(岩波新書)を上梓。「開かれた地域自給のネットワーク(島根県雲南市木次町ほか)」「北の大地に吹く新しい農の風(北海道標津町ほか)」など、各地の取り組みを描いたルポルタージュである。

「いま、もっとも求められているのは、第一次産業や生業を大切にしながら新たな仕事に結びつけ、いのちと暮らしを守り、柔軟な感覚で魅力を発信している地域に学び、その共通項を見出して普遍化していくことだろう」(同書「はじめに」より)

本格的に書き始めるようになったのは、独立してからのことだ。

「地域と農を結びつけて論じられるジャーナリストはすごく少ない。本業の本づくりとの掛け持ちはきついけど、これも自分の役割だと最近は感じています。現場に行って活動を見たり、人の話を聞くのは、学生時代から好きでしたしね」

休日には茨城に出かけ、20人ほどの仲間たちと有機米づくりにも励む。親しい著者に誘われて始めてから、すでに10年以上になる。5月から7月にかけては田植えや草取りで忙しく、週末は農作業に勤しむことが多い。

「とにかく楽しいんです。自分たちでつくった無農薬のお米はおいしいしね。たかが素人のやっていることですけど、人と大地とのつながりなど、実際に農と関わることで見えてくるものも多いんです」

仕事と暮らし、市民活動が、まさにつながっている。
「いやいや、単に好きなことをやっているだけですよ(笑)」
地声が大きい彼の声が、より大きく聞こえてきた。

(*)大江正章「なぜコモンズを社名にしたのか」(『たぁくらたぁ』創刊2号。2004年7月1日発行、発売:川辺書林)。
(以上、原題「出版を通して暮らしと社会を変える」を加筆修正)

           *    *    *

昨年10月、大江さんは自らの著書『有機農業のチカラーーコロナ時代を生きる知恵』を自社から刊行した。
この10年ほどの間に、農業や社会の在り方について書いてきた文章をまとめたものだ。

「コロナ時代を生きる私たちは、グローバリゼーションと高度成長・都市化を見直し、ローカリゼーションと食料自給へ向かわざるを得ない。持続可能性を考えれば、有機農業への大転換という道しかない!」(コモンズWebサイトより)

コロナ禍のこと、そして、自身が病になったことが、本書を出したきっかけであると、「あとがき」に綴っている。

「この本は、僕が一貫して考え発信してきたことの集大成でもあります」
心して読みたい。

いいなと思ったら応援しよう!