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僕にとって政治は女性のものだったなぁという徒然

友人の鈴木なりささんが武蔵野市議補選に立候補して頑張っているので、女性と政治のことについて思い出したことを書き留めておく。

物心ついてから20歳くらいまで武蔵野市民だった。大学生の時に、母親の活動していたNPOの代表の人の紹介で、男女平等センターみたいな所でバイトをしていた。1999年とかそのくらいの時だ。その後、その代表の方は自民系会派の市議会議員になられて、母も選挙応援を頑張ってしていた。
その施設は主に地域の女性団体の代表の方々によって運営されていて、自分は事務局をしていたのだけど、その方々のパワフルさにいつも圧倒されていた。パーティには市長や議員さんがたくさん挨拶に来られて、ああ選挙になったらこの女性たちがいないと選挙ができないんだな、まちを裏で操っているのはこのお母さん達なのだなと思った。

市川房枝さんの選挙を若い時に手伝っていたという方もいた。出たい人より出したい人をという理想選挙で、候補者の市川さんは何にもしない、お金も出さない、全部周りの人が動いてお金をかけずに、トラックや拡声器も使わずリアカーを押してやる。理想選挙というのは本当に大変なもんだと思ったというお話を聞いた。
その施設には当時まだ安室奈美恵と結婚していたSAMのポスターが貼ってあって、「育児をしない男を父とは呼ばない」という衝撃的なキャッチコピーで、これを言ってるのは絶対女性だろうなと思った。
その人達が話してる政治の話は、せっかく女性に参政権が得られたのだから、もっと女性はその権利を大切に行使しなければいけないという事だった。どの政党や候補者がとか以前に、内助の功ではない、社会との関わり方、旦那と違う意志を示すことができる事の誇りみたいなものは、色んな方がいたけれど皆さん共有できていた想いだったのだと思う。権利というのは当たり前になると持ってることすら忘れるものだよね。

菅直人さんの選挙区でもあり、菅さんも若い時はリアカーを引いて市川房枝さんの選挙応援をしていたらしい。菅さんが厚生大臣の時にHIV訴訟があり、地元の高校の友人たちは座り込みに行っていた。あれはなんだったのだろうか。菅さんは同じ町内に住んでいたから、菅さんの奥さんがお母さん達に呼びかけて、子どもがお母さんに言われて行っていたのかなぁ。
当時はよく分からなかったけれど、同じ人でも市長選は自民党の土屋さん、でも国政は菅さんを応援するような感じがあった様な気がする。今はどうなっているんだろうか。

社会人になる頃、社会起業家みたいな人達がもてはやされていて、キラキラしてるその人達には女性が多かったし、男性でもそのパートナーがすごく強い人が多い印象だった。
自分がダイバーシティとかエシカルみたいな事に取り組み始めるきっかけを作ってくれた人たちも、女性ばかりだった。
社会を変えたいとか政治やまちづくりみたいなことについて話す人は、僕の周りではいつも女の人たちだったし、その人たちをとても素敵だと思った。

2015年くらいの頃、労働組合の活動で勤務先のある港区で選挙ポスターを貼って廻っていた。美人議員ばかりでさながらミスコン状態とマスコミからも揶揄され、やはり結果はベテランオジサン議員を押しのけて女性議員がたくさん当選していて、時代は変わっていくなあと思った。
社会全体の事を考えれば、マジョリティのオジサンは若者や女性に少しずつ席を譲っていった方が良いのだと思う。もちろんみんなのためにとすごく頑張っていた実績のある人が落選してしまうのは可哀想だなとも思う。

他の国に比べて歩みがもの凄く遅いから、ジェンダーギャップ指数の順位はどんどん転がり落ちていっているけれど、自分の体感としては女性の議員さんはずっと増えていっているし、政治のことを純粋な気持ちで頑張っている身近な人は以前から女性の方が多かったなあという話。

※トップ画像は鈴木なりささんのタイムラインから拝借した出陣式の写真です。

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