空想短編小説:真夜中の温泉4

「君……」
男はすぐに歌うのをやめて、少しの間黙ったのち、ふいに口を開いた。
「さっき、大草原にアルマジロは不釣り合いだといったね」
ぼくは、目を開けて男を見ながら軽く頷いた。
「ええ」
「ところがどっこいだよ」
男は、まるでミステリーで犯人のトリックを暴く探偵か刑事のような不敵な笑みを浮かべて、ぼくの顔を見やった。
「アルマジロは、熱帯雨林だけではなく、乾燥地帯にも生息している。中南米の草原にも暮らしているんだよ」
ぼくが黙っていると、男は高らかに笑ってみせた。
「ふっふっふっふ……はっはっはっはっは!」
ぼくは、黙り込んだまま、スキンヘッドの頭に乗せたタオルを黙っておろすと、ジェットバスの後ろにある石の上に置いた。
男は勝ち誇ったようにいった。
「この勝負、俺の、いや、私の一本勝ちといったところかな」
いったい、いつのまに、何の勝負となっていたのだろうか。ぼくは、上にずり上げていたサングラスを目元に下げると、男のほうを向いていった。
「何がですか」
「くっくっく……単純に君の勉強不足だよ。アルマジロが大草原にいる。それは当たり前の事実だ。自然なことなのだよ」
ぼくは即座に男の盲点を突いていった。
「では、さっきの話と矛盾しますね。ギャップによる化学反応というのは、口からの出まかせだったのですか?」

男は目を大きく見開くと、口をいの字に広げ、やがて目を閉じてから笑みを浮かべた。
「くっくっく……このたわけ者が」
「たわけ⁉︎」
男は、右手の人差し指を伸ばしてちょいちょい動かして、ぼくの目をじっと見つめた。
「温泉で大草原のアルマジロについて思いを馳せる、それこそが真の意味でのギャップの効果だよ」
ぼくは、やはりさっきの話は口から出まかせだったのではないかと思いながら、男にもう一度尋ねた。
「では、なぜ、アルマジロなんです」
「それはね……」
男はジェットバスをすっくと立ち上がると、露天風呂の出入り口に向かっていった。
「私のトラウマだからだよ。続きはサウナで話そう」
そのとき、軽く地面が揺れたように感じた。

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