旅人と異邦人
−ほんとうの生活が欠けている、それでも僕らはここに住んでいる−
僕は、僕らの弱さを目指し、
僕らの弱さのなかで、ほかの誰かの弱さを愛する。
誰ひとり、同じ弱さをもってはない、
何ひとつ、この弱さから欠けてはいないような、
完全な弱さのことを愛している。
僕がどのような仕方であなたに触れるよりも先に、
あなたがどのような姿の僕を見つけるよりも先に、
僕らの弱さが、あなたを僕ではなくしてしまう。
あたかも、窓越しに明け方の光が浮かび上がるように、
想いを向けられたあなたが、いまゆっくりと目を覚ます。
あなたの姿は、今までとは違い、
それでいて、あなたでないものとも違う。
あなたは僕らと呼べないあなたではなく、
あなたはあなたと呼ばれるあなたでもない。
僕らが、ここに住んでいる。
ここ、僕らの弱さのうちに。
あなたの姿を、いつでも柔らかさが包んでいる。
壊れやすくて傷つきやすい、はかない柔らかさが。
その柔らかさに、触れることができるならー。
太陽のまどろむ空に踊るニンフのように、あるいは受肉の神秘のように、
あなたがあなたの生きていることを煌々とした輝きのうちで散らし、
みるみるうちに薄くなって、花火のように消えていくのを見るうちに、
僕はあなたに触れられないことを知る。
あなたは僕に姿を見せながら、あなた自身のまつところへ逃げていく。
ああ、たしかに、あなたのその肌の肌理には、僕の掌は荒すぎる、
あなたの細くしなやかなからだに、余計な傷を負わせてしまう。
僕は、あなたが僕から去っていくことを知り、
ほかの誰かであり続けることを知る。
あなたが僕から去ることが、
あなたをあらしむことだと知る。
あなたは異邦人だった。
僕は旅人だった。
初めから誰も、ここに、この綿のような柔らかい弱さのうちに、
とどまることなど許されてはいないのだ。
ほんとうの生活は欠けてしまった。
それでも、僕とあなたは、この世界に住んでいる。
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