30歳から楽譜の読み書きはできるようになるのか?
きっかけは、新年の抱負
30歳になる年のお正月、それまでほぼ耳コピやコードのメモなどで乗り切ってきた演奏ですが、「今年こそ楽譜の読み書きができるようになろう!」とベタに新年の抱負を掲げました。今から10数年前の元旦でした。
まず決めたのは、この1年で100曲のベースラインを書くこと。なんでも100回や1000回やればなんとかなるだろうという浅はかな考えは、当時も今も変わりません。
そして、知らない曲をイチから覚えて楽譜に書くよりも、すでに知っている曲の方がやりやすいだろうと思い、自分が弾ける既存の曲のベースラインを楽譜にすることにしました。
4分音符、8分音符など簡単な音符ならわかります。でも、「付点ナントカ音符ってなんだっけ?」「小節をまたぐ長い音符の時はどう書くの?」など未知との遭遇に早速手が止まります。ドラクエで言うと「スライム」や「おおがらす」ならギリ倒せるけど、「おおありくい」あたりからもうしんどいレベルです。
そういう時は、Google先生一択。
「なるほど、スラーってのがあるのね」「キーがGの時は小節の頭に#が1個付くのね」などなど、すでに読み書きできる人が見たら唖然とするような基本的なことも、30歳のおじさんはわからないのでひたすら調べます。
ほぼルート弾きのような楽譜にしやすそうな曲もあります。でも、そんな簡単な曲でも8分音符と16分音符が入り乱れると、「たぁたたーたたた、んたたんたた…、え〜と」みたいな感じですぐ混乱します。最初の1ヶ月はこんな調子。たぶん1ヶ月で5曲も書けなかったと思います。
30歳のおじさん、ヘ音記号と出会う
そして、10曲くらい書いたある日、また書き方に迷ってググっていると、こんな一文を目にしました。
「ベースは『ヘ音記号』で書きましょう」
…はい、ここまで私は「ト音記号」でベースの楽譜を書いていました。
言っても2音分ですが、「だから高い音が書きづらかったんだ!」と新発見にテンションが上がったくらい。本当にこんなレベルでした。
ヘ音記号という新しい武器を手に入れた私は、またひたすら知っている曲のベースラインを思い出したり繰り返し聴きながらおたまじゃくしを書いていきます。
「ここは16分休符だからもっとタイトに弾かないといけないのか」「付点8分だから16分音符を3つしっかり感じなきゃいけないんだな」など、知っている曲でも新しい発見があるのが楽しかったです。
洋楽、邦楽、新旧問わず「このベース、良いなあ」と思った曲ばかりですから、新しい発見をもとに弾き直してみると、自分の演奏が原曲の雰囲気にさらに近づいて嬉しい気持ちにもなりました。
30歳のおじさんは楽譜が読み書きできるようになったのか?
こんな調子で1年間続けた結果、書いた曲数は100曲超え。1曲を地続きで書いていたので枚数は300枚近く。移動記号や反復記号は探しづらいので早々にあきらめました。
そして、楽譜の読み書きも気がついたらある程度できるようになっていました。
ただやっぱり初見でつらつら、というわけにはいきませんでした。これは今でもそうです。
でも、演奏のお願いをされた時に、びっしりおたまじゃくしが書いてある楽譜をもらうことは、私の場合はほとんどありません。ゼロではありませんでしたが振り返っても本当に少しだけ。楽譜をもらってもそこにはコードが書いてあるくらい、なんてこともしょっちゅうです。
「アップルミュージックとかに上がってますので聴いて覚えてください」と言われることもありますし、ボイスメモで録ったようなリハーサル音源だけが送られてくることも普通にあります。
そういう時は曲を聴いてベースの譜面だけ書きます。耳コピだけで覚えるのもアリですが、私の場合は書いた方が記憶が定着しやすいようです。
また、楽譜に起こすからこそわかる「解釈」みたいなものもあります。大雑把に一例をあげると、「4分休符が1つ」と解釈するか「8分休符が2つ」と解釈するか、みたいなことです。
お休みしている長さはどちらも一緒ですが、4分休符1つだけだとその後の演奏が他のパートとハマらない、なんてことが時々起こります。感覚の世界なのでうまく説明できませんが、そういうニュアンスを解決する道具としても音符の可視化が役に立っているような気がします。
他にも、現場で合わせる時に「サビは重めに」とか「ここのブレイクはすごくタイトに!」とかイメージを言われることもあるので、どのセクションでどういうテンションで音を鳴らしたり止めたりすれば良いのか、楽譜があるとメモしやすいです。曲のBPMも事前に書いておくと、「この曲、テンポいくつだっけ?」となってもすぐ答えられます。
ですので、「譜面の読み書きができますか?」と聞かれたら、
1.読み書きはできるけど遅い
2.ピアノを習っていた人みたいに初見で流暢に指は動かない
3.自己流なので書き方のルールは守れていない
と答えています。
結局、楽譜の読み書きができなきゃダメなの?
そんな経緯で身についたものですので、この手の質問や相談をされても私には明確なアドバイスができません。
クラシックな現場では間違いなく必要です。そもそも、そういう現場に読み書きできない人はいないと思います。幼い頃から演奏している人が多いでしょうから。
では、ポップスやバンドサウンドなど一般的な音楽シーンではどうか。これは現場によって違うので、なんとも言えません。
作曲した人とは別にアレンジャーさんがいらっしゃる現場で、コードしか書いていない楽譜を渡されたこともあります。デモ音源にベースが打ち込みで入っていて、「これをもとに変えたいところがあれば変えて良いよ〜」と言われたこともあります。音源にベースだけ入っていなくて「なんか上手いこと弾いておいて」なんてオーダーもありました。
逆に前述の通り、おたまじゃくしがびっしり書いてある楽譜をもらったこともあります。音源とセットで送られてくることがほとんどなので、覚える分には楽です。これも人によって「全部譜面通りじゃなくて良いよ〜」と言ってくれることもありますし、「全部この通りにやってください」というケースもありました。
ただ、バリバリ活躍している人の中には、私より読み書きができない人、もっと言うと全く楽譜が読めない人もいます。何万人規模のステージで演奏している人たちの中にも、全く読み書きできない人はきっといます。
でも、その人たちの演奏に何万人もの人が感動したのなら、その人たちの演奏が音楽ビジネスや興行として成功しているのなら、現場としては結果オーライ。必要があれば読み書きできる人がカバーすれば良いんです。
できなくてもオファーが絶えないくらい演奏力や表現力がある人になれば、楽譜にコンプレックスを持つこともきっとないでしょう。
「どんなオファーでも受ける」あるいは「どんな現場なのかオファーを受けるまでわからない」という立場なら対応力が求められるので、迷惑をかけない程度のスピードで読み書きができた方が良いと思います。
つまり、自分が活躍したいシーンや置かれるであろう立場によって、求められる読み書きのレベルが変わるということ。
こうなると「どういうアーティスト・ミュージシャンになりたいのか」という話になってしまいます。それはもう本人次第ですから、相談されても「読み書きできるに越したことはないと思うよ〜」くらいしか言えないんです。
「楽譜の読み書き、どうしよう…」と悩んでいるのなら、「まず自分がどうなりたいのか」を先に悩んでみるのも良いかもしれません。
そして、読み書きよりも優先したい表現欲が自分の中にあれば、そっちに振り切っても良いと思います。
曲をつくったり唄を歌ったりする中で楽譜が必要な瞬間があったら、わかる人・できる人に頼って良いんです。もしその場にいるのがたまたま私だったら、頑張ってお手伝いします。