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往復書簡: そこにエゾマツの群生するところ #1 かず → みーさん

 平成の最後には似合わない「勝手にシンドバット」がカラオケボックスの隣の部屋から聞こえてきた。バイト先の先輩たちが入っているその部屋から爆音と振動が伝わってきて、少し開いた扉を開けると、男どもが輪っかの列を成しているのが見えた。前の男の腰を両腕でもち、その男もまた後ろの男に腰を持たれていて、全体で円環を作り、サザンのリズムに合わせて、腰を前の男に打ち付けていた。胸騒ぎを腰つきに変え始めた午前3時のことである。「一緒に!!」と言って、自分の前に入れてくれたのがみーさんで、イマナンジとだれも気にしない中、私もまた腰を打ち付け、そして打ち付けられた。ダイタイビールのジョッキが床に転げ落ち、液体と正気を失ったポテトフライとが入り混じっていた。

 出会いとは、とても不思議だと思った。我々は毎年たくさんの人に会うのに、その多くの人とは親しい関係を築くことはない。そして、その親しくならない多くの人との初めての接点に対して、出会いという言葉を使うことはない。出会いは人生を変えたような人との初めての接点を指すのだろうか。そうすると、みーさんとの会合はやはり出会いであって、点としての出会いから緩やかな線が伸びてきて、ピンと張ったり、ふにゃふにゃとしていたり、絡みあったりしていて、まだ見えない先まで続いている。

 この夏、みーさんと僕は札幌で会った。彼は現在全世界の旅に出ている。ホテルの扉を開けると、相変わらずのみーさんがいた。髭がぼうぼうである。いつぶりですかねと聞くと、ベトナムのダナンで会ったぶりですかねと言う。その前は、ホーチミン、そのまた前はタイのバンコクで会った。スワンナプームの灼熱の空気の中、径の大きいショートホープを吸ったとき、文字通り脳が溶けたことを覚えている。当時僕はホーチミンで働いていて、バンコクで待ち合わせたのだ。今回はみーさんに縁のある北海道で会うことになった。その日は現地で有名なジンギスカン(成吉思汗ってすごい当て字ですよね。汗)をダルマというお店で食べた。逆すり鉢状になった鉄器の山頂に脂を配置して、山の裾野には玉ねぎと葱が置かれている。その間の山腹に羊を置いていく。羊さん、山に帰れてよかったねと思った。はじめ固形だった脂がだんだんと溶けていき、ラム肉を潤していった。片面を焼くのに30秒ほどで、もう一方をさっと焼いた後、みーさんは大量の唐辛子とニンニクが入ったソースにそれを入れてくれた。「いくら入れても効かないですよね、この唐辛子」と言い、肉を口にした後の僕の反応を面白そうに見ながら、「一回連れてきたかったんだよね」と言った。みーさんは僕に敬語とタメ口の両方で話しかけてくる。僕はそれが結構気に入っている。
 美味しい臭気をまとった僕らは、快楽の園を抜けて、中島公園にやってきた。すすきのには初めて来たが、ソープが悠悠と看板を掲げていて、この街の春を象徴していた。ありがたいですね。外はまだ明るく、繁華街方面から歩いてきた我々から見ると公園の湖の向こう側に3組のベンチが見えた。ベンチの右方にかけて湖の中心に目線を向けると、そこには湖面に枝先を濡らした柳の木が生えていた。みーさんに「三島ですね」というと、そうですねと言って我々は会話もなくベンチまで歩いた。最近事情があって三島をよく読んでいる。みーさんは「では、真ん中で」といい、我々はそのベンチに腰掛けた。医学の話(こう見えて?どう見えて?みーさんはお医者さんです)、僕のこれからの起業のこと(僕は長く働いた企業を離れて、これから起業します)、これまで出会った共通の友人について、そして好きな小説についてたくさん話をした。みーさんとの会話は、惑星と恒星の運動に似ている。両者は近づきすぎると離れていき、それまでの軌道を引き継ぎながらも新しい方向を探す。意味や音韻的なコンテクストを残しながらも、新たなテーマを目指す。これは出会ってから今に至るまで、ずっと変わらないことだ。

 この旅の終着点は、知床半島である。我々はそこを目指し、翌々日に旅立つことになっていた。どうして、タイトルに「そこにエゾマツが群生するところ」とついているかの背景はみーさんの復路の書簡で説明されるだろうけど、我々は知床で言葉にできないほどの感動を得た。曇り模様だったことが幸いして、羅臼山とその友達には山頂を隠しては現す雲がかかっていた。我々は今も昔からここに住むアイヌの人々と同じ景色を見て、カムイの在処を垣間見た。そして最終日、北の最果ての地でこのnote上で往復書簡を書きましょうと約束した。初回の往路は、僕からみーさんに向けて書くことになった。

◼️みーさんへの質問
 みーさん、ポルトガルのリスボンに始まり、スペインのガリシア地方、北海道の知床と続いた僕の旅は終わりました。旅をした6月は地球の北半球のいずれの地でも、春から夏に移り変わる心地のよい天気ばかりでした。ずっとこの天気が続けば良いと思いました。旅をするには最高の季節を我々が通りすぎていったそんな気持ちです。そういえば、昔から旅に関する小説が好きでした。星野道夫の「旅をする木」、筒井康隆の「旅のラゴス」、もちろん旅にまつわる映画も大好きで、「Into the wild」は僕が北に行く動機を与えてくれました。我々は旅をする中で色々な人に出会い、またあるときは自分自身に出会うことがあります。冒頭の話からすると、自分自身に「出会う」という表現は積極的に使いたいですね。質問です、どうして人は旅に出るのでしょうか、そしてどうして旅を続けることができないないのでしょうか。

お返事お待ちしております、かず

追伸
みーさん→かずの往路書簡
https://note.com/mi_san_nk/n/n80fb33bb77a0

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