意味本意の詩からの脱走【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0161】

レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】ミルドレッドとオーボエ/リディア・デイヴィス ○
ミルドレッドは、女性の名前のようで、一人称で語る私を含め、このミルドレッド以外は名前が出てこない。アパートの住人はやや変わった人たちばかりみたいに描かれている。一方、「私は善良な市民で、母親で、私は早く寝る」と述べられているが、それをどこまで信じてヨイのかは、短い小説でもあり、よくわからない。

【詩・俳句・短歌・歌詞】ののはな/谷川俊太郎 ○
冒頭は「はなののののはな」から始まる。正直、きちんと読めなかったが、調べてみると、「花野の野の花」のようだ。花野という言葉を知らなかったので、読めないのも当然だったのだろう。作者の意図としては、あまり意味本位な詩にしたくなかったらしい。もちろん、それは成功していると思う。

【論考】瞼/ロラン・バルト △
筆者は、日本人の目が特別だと語る。これまで通り、正直、説明されていることは、よく分からないままである。一部引用すると、「眼は、裂け目のなかで自由である」そうだ。ただ、分からないなりに読んで解釈すると、彫りが深い西洋人とは、目つき、顔つきが違っていると言っているにすぎないのではないか。

このエントリーは、下記からの転載です。
https://kazuhiq.com/20230514/bradbury0161/

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