設立まで[2.決意と覚悟]
自分は為すべき事を為しているか?
その問いに答えるために、起業を決めた。
父が第一線を退き、兄が会社を急成長させていく。さて、自分は何をしていたのだろう、これから何をしていくのだろう。自問自答の末にたどりついたのは、起業でした。妻と娘が二人いる自分にとって、無責任なチャレンジは出来ません。しかし私は幸運でした。妻が全力で背中を押してくれたのです。
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このままでいいのか、自分は止まっていないか
↑ 正和工業㈱の代表取締役社長 横田生樹(兄)
私は幼少期からヒーローが大好きで、困っている人を助けたり、仲間とともに協力したり、仲間を引っ張っていったりする姿に憧れていました。「いつかは誰かのヒーローみたいな存在になりたい」。そう本気で思いながら暮らしていました。
そんな中、私の身近に、いつも人々の中心にいて明るいヒーローみたいな兄がいました。常に目で追い、憧れ、真似をして幼少期を過ごしました。そしてその兄と同期として父の会社である正和工業に入社し、兄は営業、私は現場で働き始めたのです。離れた環境で業務も異なりますが、同期ということから自分の中ではライバルに認定させてもらいました。
しばらくして、事態は大きく動きます。正和工業の社長である父が体調を崩し、兄が後を継いで就任したのです。就任するやいなや、兄は社内改革を断行。会社はみるみる成長し、約5億の売上が10年のうちに約32.5億にまで拡大しました。実に6.5倍の成長です。正和工業は埼玉県でも指折りの企業となりました。
それを間近でみていた私は、自分の成長が止まっていると感じたくらいです。私には努力しかない・・・そう思って毎日さらに頑張り続けましたが、距離は広がるばかり。比較してはいけないとは頭では分かっているものの、同期入社でライバル視していた兄の実力を見せつけられ、劣等感が大きくなっていきました。そんなときです、NHKの大河ドラマ・龍馬伝を見たは・・・。
「自分は自分の為すべきことが出来ているのだろうか?」
自問自答してみた時に、為すべきことが出来ていないと、心の声が聞こえました。では何をしたいのかを考えてみると、誰かを助けたい、仲間とともに協力したり、仲間を引っ張りたいという、子どもの頃の思いが甦ってきました。
「それなら起業して、独立したらいいのではないか?」
ついに道が見えました。子どもの頃からの思いを叶え、永遠のライバルである兄と肩を並べるには、いまの環境を出るしかない。気持ちは固まりかけましたが、まだ決めるまでにはいたりません。決心するには、いくつかの事情と決着を付ける必要がありました。
決意と覚悟が、ついに固まる
父が命をかけて育んできた、また私自身が命をかけてきた会社と決別する。さらに家族(妻、娘2人)との安定した生活を捨てる。新たなスタートを切るにあたり、そうした思いや条件を天秤にかける日々が続きました。
新たな一歩を踏み出すことへの不安と恐怖、慣れ浸しんだ仲間や温かい環境への名残惜しさ・・・もともと直感的で悩まない私が3か月間も悩み抜き、意を決して妻に打ち明けてみました。すると、即答。「私自身のために、チャレンジしたほうがいい」と言いきってくれました。私たち家族のことは大丈夫、和覇の収入が無くても私が頑張って働けば、贅沢は出来ないが生活は何とかなる。家族はお金で繋がるものじゃない、一緒にいて支えあうことが大切だと、背中を押してくれました。この瞬間、肩の荷がおり、決意と覚悟が固まりました。そして翌日、兄である社長に退職の意を伝えました。なお、引き継ぎもあったので、この後1年ほど在籍しました。
ここで正直な補足ですが、起業を決めた時の当初の目的は事業を行うことではなく、「ただただ、誰かを助けたい、仲間をつくり仲間とともに協力したり、仲間を引っ張っていきたい」という、子どもの頃の思いが圧倒的に強かったと記憶しています。事業内容は退職を表明後1年間の猶予があったので、ゆっくり考えようと思っていました。
社名が決まる、名付けて「FIRST(ファースト)」
社名は色々考えていましたが、第一候補は『フロンティア』にしようと思っていました。言葉の意味が『新天地の』あるいは『最前線の』であったことから、過去にない新たなものを生み出したい、新たな場所に立ちたいと思う気持ちからも、非常に良い名前だと思っていました。
ただすぐには決めず、その後も自分自身の思いを抽象化し、より鋭く表現できる最適な言葉はないかと模索は続けました。そしてあるとき、自分自身にとって『最も重要な事』は何か?と問いかけてみました。答えはまさに、『最も重要な事』という言葉そのものにありました。
いつでも物事の優先順位を見失わず、つまり最も重要な事を追い続ける。そこで見つかった言葉が現社名の『FIRST』でした。さらに『FIRST』の意味をよく調べると、『最初の』、『一番の』、『最高位の』等々、私の理想をまさに体現しているような単語であることがわかりました。
こうして社名を決めた後、そこに自分としての5つの思いを込めました。
1,人間として生きとし生けるモノの一つの生命にとって、最も重要な本質を 大切にできる人(法人)になろう
2,ZERO to ONE (0-1) のサービスを創り出そう
3,仲間にとって最も重要なコミュニティにしよう
4,お客様にとって最高のサービスを提供しよう
5,一燈照隅(いっとうしょうぐう)の思いから始め、それが万燈照国(ばんとうしょうこく)になり、万物にとってより良い未来を描き育むことで、すべての生命にとって持続的に共生が行える社会を次世代に残していこう
令和1年、会社設立
和暦が切り替わったこともあり、名前がFIRSTであることから令和1年に会社設立をしよう。そして無限の数字が好きであるため設立日を8月8日にしよう、と決めていました。そこで正和工業に在籍中ではありましたが、中学の同級生が勤めている税理士事務所に会社設立の依頼を行いました。
定款に記載する事業内容はまだ確定していませんでしたが、企業規模をいち早く大きくし、早く仲間を集められる事業にしたいということに加え、時代の流れもあって情報処理サービスを選びました。
他にも事業を拡大した際に携わってみたかった事業をピックアップし、記載を追加しました。資本金はFIRSTなので1,000万円にするつもりでしたが、インボイス制度のからみと設立年月日をもとに末広がりの888万円にしました。こうしてFIRSTは、この世に生を受けました。
まとめとして
ここまで2回にわたり、FIRST創業までのストーリーをお話しさせていただきました。どこまでオープンにするか迷いましたが、仲間を募るには正直であるべきだと思い、包み隠さずお伝えしたつもりです。
●FIRSTでは常に仲間を募集しています。TwitterのDMにてご連絡ください。