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難聴遺伝子検査してきました
なぜ受けようと思ったのか
ネットで難聴遺伝子検査があることを知って以来、私のルーツを知りたいと思い、病院に問い合わせしてやっと予約が取れ、検査が叶いました。
私は聾(ろう、聞こえない人のことをろう者と言います)ですが、いつ聞こえなくなったのかは定かではなく、当時通園していた地元の幼稚園の先生によって指摘されたのがきっかけでした。幼稚園での集団行動から1人だけ行動から外れている私を見て、もしかしたら指示が聞こえない=聞こえないのでは?と先生が気づき、一度病院で検査を受けてみてはどうですか、と親に持ちかけたそうです。まさか我が子が聞こえない、とは思いもよらなかった親は大変驚いたそうでした。
実は、私の親も聾者で会話手段は手話です。私との会話も手話でしたので、親子でのコミュニケーションに問題がなかった私がまさか聞こえないとは周りも思わなかったのでしょう。通常は、聞こえる親(聴親)は声をつけて子どもに話しかけますね、それで話しかけても子どもが反応がなく、また物音にも反応がなかったりすると、聴親は「もしかしたら我が子は聞こえないのでは?」と気づくケースが多いようですが、私は親が聾者でしたので、(音声を用いない)手話であり、音声で話すことや音がある環境には無縁の生活でした。ですから「反応がなくてわかる」環境ではなく、親とは「手話」できちんと意思疎通もできていたので、まさか聞こえないとは夢にも思わず、周りも気づかれなかったのでしょう。それに聞こえない子どもは、人の真似をして行動するのがうまく、地域の保育園や幼稚園でも他の子ども達の行動を真似して行動しますので、一見わからなかったのかもしれません。当時の保育園での連絡帳には保育士が『かずえちゃん、今日もあまり話をしませんでした』『時々指を指して身振りで教えてくれます。ご両親の手話を真似ているのでしょうね』という書き込みが残っていました。この事から保育園や幼稚園では私は声を出すことはなく、周りが手話を使わないのであえて使わないようにしていたのかもしれません。
保育園から地元幼稚園に通園することになり、当時の幼稚園の先生から指摘され、大学病院で聴力検査を受けたのが6歳年長の夏でした。その結果、ほぼ聞こえないことがわかりました。しかし、いつ聞こえなくなったのか、は定かではなく当時の医師が言うには「2歳頃でもうすでに聞こえなくなったのではないか?」とのことでした。2歳から徐々に聞こえなくなったのか、それとも急に聞こえなくなったのか、それも判明できず、検査を受けた6歳で既に「聞こえない」状態であるということでした。
聞こえなくなったであろう、2歳から6歳までの空白の時間が長すぎて、聞こえなくなった原因を突き止める事はできず、私は原因不明の「突発性難聴」と診断がくだされました。当時の聴力検査ではゆうに100db(飛行機の騒音がやっとわかる程度)だったそうです。
母方の遺伝だね、と周りが言う
聞こえない、すなわち「聾児」であると判明した時、周りからは
「やっぱり母方の遺伝だね」
とよく言われました。
なぜかと言うと、母と母の弟(すなわち叔父)は生まれつき先天性聾(ろう)、であり、さらに母方の親戚にもろう者がいたそうで、私はこの母方の遺伝を受け継がれているのではないか、というのが当時の周りの見方でした。
父は、幼少期にはしかによる高熱で通称ストマイ(ストレプトマイシン)の投薬から失聴したとのことで、父方の家系には聾者は全くおらず、父が初めての聾者でした。なので父方の遺伝ではなく、
「やっぱり母方の遺伝なんだろうな」
と私もずっと思っていました。
当時の聾者は「生まれつき聾(ろう)」か、「なんらかの薬により聞こえなくなった」のどちらが大半を占めていたような気もします。ろう者達がハッキリと聞こえなくなった理由を説明する中で、私だけが「聞こえなくなった理由はわからない、原因不明」と言うと私も周りもスッキリしないし、それに私もいつ、なぜ、聞こえなくなったのか、がずっと引っかかっていて、いつか原因を突き止めたらいいなあと漠然と思っていたのです。
そんな中で、難聴遺伝子検査というものを知りました
難聴遺伝子検査のある病院へ問い合わせをすると、「何故知りたいのか」と聞かれました。そして、「耳鼻科に通院はしているのか」とも聞かれました。6歳で聞こえない、と症状固定されてからは、聴力関係で耳鼻科に通院することはなく(耳鼻科に通ったとしても聴力が重度な私には治療すらもどうしょうもなかったのでしょう)「耳鼻科には通院していません」と答えました。「なぜ受けたいと思ったのか」とさらに病院側から聞かれました。
私の生い立ちや家系を説明した上で、自分がなぜ聾になったのか、もし遺伝子でわかるのであれば知りたいと思ったので問い合わせました、と言いました。
聴力がだんだん失われていく人や、赤ちゃんが生まれつき聾であることがわかった時とかに遺伝子検査をするケースが多いそうで、私のように聾のルーツを知りたいケースは珍しいようで色々聞かれました。
話はそれますが、全国各地に【難聴遺伝子検査】と掲げているにも関わらず、その科(遺伝子検査)への問い合わせ先が【電話番号のみ】の病院の多いことよ……難聴遺伝子検査、と謳うのであれば電話ができない聞こえない人のことも想定してfax番号なりメールアドレスなり明記して欲しかったなあと思います。
やっも難聴遺伝子検査をしてもらいに行きました
指定された日にちに、派遣された手話通訳者と一緒に病院へ向かいました。
初診なので、受付にて問診票を記入したり保険証の手続きをします。受付がPCでカタカタと入力していくと、指が止まり「あの、旧姓と生年月日教えてくれますか?」と突然言われました。なぜ旧姓??と思いつつ、旧姓と生年月日を答えると一致したそうで、なんと昭和58年に耳鼻科で一回診察を受けた記録が残っていました。うわーびっくり!!8歳だわその頃。補聴器をつけるための聴力検査でも受けたのかな?つな、そんな古いデータがまだ残っているんだ(笑) 「当時の診察券はお持ちですか?」と聞かれ、「ここ受けてたの知らなかったので多分ないと思います」と答えると「では診察券作りますので自費になります」とのことでした。昔のデータ残ってるとか恐ろしいわ!!(笑)
そんなこんなで手続きを終えると、受付にはすでに話が通っているようで「遺伝子部ですよね?電話します」とのことでしばらく待った後に、受付から「今電話がありました、直接遺伝子部まで行ってください。入る前にドアのところにインタホーンがあるので、インタホーンを押して中からドアを開けてもらってください」とのことでした。
…あらここも、聞こえない人のことは想定されてないのね。インタホーン越しに会話とか私はムリでしょう。受け答えが出来ませんからね。
手話通訳者と一緒に指定された遺伝子部へ向かいます。そしてドアの横にあるインタホーンを手話通訳者が押し、「受付から案内されました云々」とやり取りをしてもらい、ようやくドアが開きました。
いよいよ遺伝子検査カウンセリングです
中の部屋へ通されました。出迎えてくれた医師、遺伝子カウンセリング担当のお二人がニコニコしながら出迎えてくれました。
遺伝子カウンセリング担当者が、私の横に手話通訳者の席を用意してくれました。手話通訳者と接するのは初めてなのかな、と思いつつ、「手話通訳をする時は聞こえない人と向かい合わせで座ります。その方が手話が見やすいのですよ、隣同士ですと、手話をみるのに首がつらいです」と伝えると理解してくれたようです。手話通訳者が「話しされる医師はどなたですか?横に私が座ります」と伝え、医師の中に手話通訳者用の椅子を用意してくれました。聞けば、遺伝子カウンセリングで手話通訳者を同伴したケースは私が初めてで、これまでは聞こえない赤ちゃんや子どもの聞こえるご両親や、聴力がだんだん落ちてゆく難聴者が来られるので、音声で会話もしくは筆談で対応していました、とのことでした。
医師の横に手話通訳者、そして向かい合って私、斜め前に遺伝子カウンセリング担当(記録係?)という配置でカウンセリングが始まりました。
遺伝子カウンセリングが始まりました
まず遺伝子検査とは何か、の説明から始まりました。やはりスムーズにカウンセリング受けるには、こちらも少し勉強しておいた方が良いと思い、軽くネットで調べておいたのが良かったのか、通訳を通してスムーズに話が進みました、
ちなみに、遺伝と遺伝子は違うんですって。これもたまたま何 最近知ったのでついでに調べておいてよかったです。でないと、えっ?遺伝と遺伝子って違うの??と私がパニックになっていたかもしれませんね(笑)
体の細胞が〜
染色体が〜
遺伝子が〜
優生、劣性
……
そんな感じでガッツリ生物学の授業よろしく説明が始まります。
そういえば昔、学校で習ったなあ……と必死に記憶を手繰り寄せながら話を見ました(聞きました)。
難聴の原因となる遺伝子はおよそ100もあるそうです。(そんなに?!) 途中からなんらかの病気などで聞こえなくなった人は難聴の原因となる遺伝子は持っていないそうで、生まれつき聞こえない人や、だんだん聴力が落ちていく人などは持っている可能性があるとのことでした。遺伝子検査を受けるにあたり、メリットやデメリットをわかりやすく説明してくれました。その上で、あなたは検査を受けますか?と
たい、結果を知りたい、いわば私のルーツを知りたいと伝え受けることを決めました。
流れとしては、
聴力検査(無意味だろうと思いましたが、検査データが必要だそう)と、
耳鼻科の診察を経て
採血。
結果は1〜2ヶ月後になるそうです。その検査結果は保険内の「第一スクリーニング」検査であり、およそ4割が判明するとのこと。しかしそれでも判明できなかった場合は、さらに「第二スクリーニング」に進みますが、これは研究対象となるため自己負担はとなりますが、これは研究に協力するということになります。第二スクリーニングでさらに絞り込みますが、それでも判明できなかったら、「第三スクリーニング」に進み全遺伝子を調べることになるので時間はかかるとのことでした。第二スクリーニングに進むと、研究対象になるため同意書のサインが必要になります。私自身の遺伝子情報を差し出すわけですから個人情報にあたり、個人情報の取り扱い方法や、もし論文として公開することがあってもあなたを特定することはありません、研究するために連携薬剤会社に採血のデータを渡すことになります、など10にもわたる事項について医師が丁寧にわかりやすく説明してくれたのを手話通訳者が通訳します。「知的財産」などの用語もあり、通訳も大変だろうなあと内心感謝しながら、ひとつずつチェックをしていきます。要するに、研究対象になるのならばどうぞお役に立ててください、という意味ですね。もし私のデータが何らかの研究対象になったとして、医学的にお役に立てればいいなと思います。
家系図を持参しました
家系図を書いてきてほしい、と診察予約を入れる時に病院側から指示があったので家系図を作成しました。家系図を広げながら、私の生い立ちについて色々と聞かれました
父親家系は聾者は父だけ、幼少期に高熱により失聴
母親家系は聾者は母と弟、それに親戚、3人共生まれつき先天性
おそらく難聴遺伝子は母親家系で保有している可能性が高いです、とのことでした。
父は難聴遺伝子はおそらくない、
母は難聴遺伝子保有者
そんな二人に生まれた私は50%の確率で難聴遺伝子保有になるそうです。保有してるからといっても難聴を発症する確率は50%。
採血の結果次第なので、今のところはまだ確定はできませんが…
難聴の原因となる遺伝子が見つかりますように。
それから身内で糖尿病など病気の方はいますか、と尋ねられ、「母は40歳で乳癌になり、その後原発で卵巣癌を患い、54歳で亡くなりました。私も41歳で乳癌になりました。」と伝えると「もしかしたらあなたは乳癌のタイプがトリプルネガティブでは?」と聞かれ、まさにその通りですと答えると「遺伝性乳癌にはトリプルネガティブが多いんです」と教えてくれました(乳癌のタイプは三種類あるのです)
乳癌の遺伝子も調べておくことをお勧めします、と医師は言いました。もしかしたら私も遺伝性乳癌や卵巣癌の遺伝子の保有者かもしれないですし。
息子達には、難聴と乳癌の遺伝子を私が保有しているかも知れないことは以前伝えてあったのですが、息子達には結果を聞く/聞かない権利はありますので、検査結果を知りたいのであれば伝えるつもりですし、知りたくないのであれば伝えないつもりだ、とも伝えました。息子達に委ねることにします。
こんな感じでカウンセリングは1時間ほどで終わりました。
何年か振りの聴力検査です
小さい時にはお馴染みの、聴力検査。
あれって狭いんですよね、電話ボックスを少し広くした感じでしょうか、あたり一面グレーの部屋(おそらく防音仕様)に、ポツンと椅子が一脚だけ置かれてあるだけの部屋です。そこに座って補聴器を外しヘッドホンをつけられ、手元にはスイッチを持たされます。「聞こえたら」、スイッチを押すわけです。補聴器を作る際によくお世話になりましたが、グレー色に囲まれた狭く薄暗い個室で、たった一人っきりというのはどうしょうもなく不安なんですね。聞こえが軽ければ音が入る安心感もあるでしょうが、なにしろ飛行機の騒音がやっと聞こえるレベルの私ですから、ほぼほぼ聞こえないんですよ、まさに無音な時間が続くんです。その間にも音は流れてると思いますが、私には聞こえないので完全無音状態です。なのでとても不安な思いをしました。それを思い出して、あーあーちょっと憂鬱になりましたが、手話通訳者が「私もここにいていいですか?」と検査技師に聞きました。検査技師は「どうぞ、構いませんよ」とあっさり許可してくれました。えっここに手話通訳者もおっていいんだ!?ということは一人じゃないんだ、それにいちいちドアを開けて指示してくる検査技師の顔色を窺わなくてもいいんだ、と内心ホッとしました。何故なら、狭い部屋に一人でずっといるのはなんとも心細いのです。手話通訳者が「今から始めますよ」と通訳してくれました。本当にこの安心感たるや!圧倒的手話通訳者の圧倒的存在感……!
最初は音を流すので聞こえたらスイッチを押してください、とのことでした。音が流れてる?みたいですが私は全然聞こえず、最後の音でやっとスイッチ押したら、検査技師が「これで終わりです」と告げてきたので、私が押した時の音が超MAXだったのでしょうね
そのあと、「骨伝導で検査をします」と言われ、耳の後ろ骨のところに小さな固めのヘッドホン?つけて、「聞こえたら押してください」と言われた通り、耳の後ろの骨に振動を感じたのでスイッチを押しました。振動を感じるたびにスイッチを押していたら、検査技師が飛んできて「振動でスイッチを押すのではないんです、骨伝導なので聞こえたらボタンを押して欲しい」と言われ、?????なんですかそれ?振動じゃなくて聞こえたら?えっそんな神業なの聞こえる人はできるわけ???意味わかりません???とプチパニックになりました。とりあえず「振動だけでスイッチは押さない」の通り、振動で感じる以外何もないのでボタンは押しませんでした。
骨伝導で聞こえるってどう言うことだろう??うーむ理解不能…あとで手話通訳者に聞いたら「うーん説明難しい」と言われました。
最後の検査です。検査技師が「ヘッドホンから、あ、とか、け、とか声が出るので何を話してるか当ててください」ん?声?ムリでしょ、と思いつつ、ヘッドホンからかなりのMAXな発音?が流れてきたのはなんとかわかりましたが、これが「あ」なのか「け」なのか、はたまた違う言葉なのか、わからないのでスイッチは最後まで押しませんでした。
そうして何年か振りの聴力検査は終了しました。どのくらいですか?と聞きましたら、110db程度ですね、一番重い方、と検査技師が答えてくれました。
後で手話通訳者が「実はあの聴力検査の部屋、めっちゃ音が漏れてたよ、あんなにうるさく大きな音なのにあなたは平然としてるのを見て、本当に聞こえないんだなあって実感したよ」って私を何だと思ってるんでしょう?(笑) ほんとにヘッドホンから超特大(だったらしいです)の音が流れてるのに、私が平然としていることが逆に「やっぱり聞こえないんだなあ……」としみじみされたそうです。こういう機会でもないと聞こえない人はどのくらい聞こえないか間近で知る事もないでしょうね。ちなみにあの超特大な音を聞こえる人が聞いたらどうなるの?と聞いてみたら、「頭痛がするからやめて!耳壊れる!」だそうですって。
何年かぶりの耳鼻科診察を受けました
次は耳鼻科です。耳鼻科医師に生い立ちなどを聞かれたので、遺伝子カウンセリングと同じように家系のことを説明しました。その中で一番説明に困ったのが
医師の「聞こえないことを自分でわかったのはいつですか?」でした。えっ?自分でわかったって聞こえないってのを自覚したってこと??小さかったし聞こえる聞こえないとな全く記憶にないし、むしろ聞こえなくなるって子どもでもわかるものなの??とこれまたこれまでに聞かれたことがない質問だったので、説明に困りました。
医師「6歳で聞こえなくなったのでしょう?
私「いやそうではなくて、6歳で聞こえないことが幼稚園の先生によって指摘され、検査を受けたらすでに聞こえなかった、ということです
医師「なぜ2歳だと?
私「さあ?当時の医師の見解なので
医師「うーん
医師はしきりに頭を捻って思考していました。どうやら聞こえなくなったと自覚がなかったのが理解できないようでした。
私「検査を受けた時に当時の医師からはおそらく2歳でもう聞こえなくなっていたのでは、とのことで正確にはわかりません」
医師「幼稚園の先生が指摘?
私「自分の親も聾者なんです
医師「あー、ということはご家族と共にあなたは手話で話す環境にいたということですね
私「そうです
母の弟も聾者であることを伝えると、
医師は「私はいつも人工内耳を勧めているのですが、あなたのように聞こえない人が周りにたくさんいてなおかつ手話で会話もできている。問題なさそうなので、あえて(人工内耳は)勧めないことにしますね」と言いました
人工内耳をつけたい/つけさせたい方は、家族と会話をしたいからが多いのでしょうね。誰だって楽に会話を楽しみたい願望はありますからね、わからんでもないですが。
ともあれあなたには人工内耳は勧めないことにしますね、と医師が言ったことが私には大変嬉しくて「ありがとう!と満面の笑みで返しました。人工内耳つけたいとも思いませんしね。(あくまでも私の場合ですからね
やっと採血です
耳鼻科の診察を終え、採血室へ向かいました。難聴遺伝子専用?の採血ボトルへ流れてゆく血を見ながら、これで難聴遺伝子がわかるのかあ、などと他人事のようにぼんやり見てしまいました。採血のあと、「これは遺伝子部に渡しますね」と看護師が言いました。採った血は遺伝子部へあとで渡されるそうです。第一スクリーニングで判明できなかった場合、残りの血で第二、第三、と進むのでこれ以上採血することはありませんよ、と遺伝子カウンセリング担当者が言ってたので、ひよっとしたら2回、3回と採血するのでは…と採血がちょっと苦手な私はホッとしました。私の血管はどうも採血しづらいらしく、何回か失敗される可能性が高くて、数年前の健康診断の時の採血は3回やっても採れなかったので、手の甲に刺されたことがあって…激痛でした……
ともあれ、これでようやく一日が終わりました(大病院長い…… 保険内だったので医療費も安く済みました
難聴に乳癌や卵巣癌の遺伝子……多いな(笑)
と言うわけで、今日のハイライトは
「聞こえないことを自分で自覚したのはいつですか?」
でしたね。答えられなかった、というかうまく説明できませんでした。
もし興味があれば「難聴遺伝子検査」でググってみてくださいね。
検査をすることで難聴の進行がわかったりするそうです。
最後に
20年前ぐらいに乳癌と卵巣癌の遺伝子を調べてもらおうと同じ病院に問い合わせたことがあります。その時はカウンセリングで30分3万円、検査費用が15〜50万円と返事があったような(うろ覚えですが)、それで諦めたのですが、今は条件次第では保険内で済むのですね、すごいなあ……
結果が来るのが楽しみです。自分のルーツがわかるってのは嬉しいことで、大袈裟かもしれませんが私にとっては大きいことなんです。どんな結果であろうが受け止めたいと思います。またお知らせしますね。
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