ダウンラウンドMAイグジット
スタートアップMAの流れがきている。
東証グロースマーケットも引き続き厳しい状況が続くことが予想されることから、2025年以降もMAイグジットを選択するスタートアップが増えるだろう。
本稿では、最も気になるイグジット金額、つまり、売却価格について解説する。
なお、前提として、過去に優先株を利用してIPO銘柄と同じくらい(50-200億)の高いバリュエーションをつけたものの、PERやEV/EBITDA倍率を考えると直近ラウンドのバリュエーションでのイグジットは厳しく、大きなダウンラウンドを一定覚悟しているミドル~レイターのスタートアップを対象としている。
もっとも、買収価格が高ければ高いほどいいわけだが、本項は「どれだけのダウンラウンドまでであれば耐えられるか?」という観点で議論を進める。
結論:売却価額は優先株の累積調達額以上とする
結論を申し上げる。
売却価額は最低でも優先株式の累積調達額以上にすること。
つまり、買収者との交渉に当たり絶対に譲れない買収価額の下限値は累積調達額とすることだ。
例えば、累積で10億円を優先株で調達してきたならば10億円以上を、累積で50億円を優先株で調達してきたならば50億円以上を売却価額とすることを譲れない条件とする。
理由
なぜか?
ダウンラウンドMAイグジット起業家、投資家、(SOを付与された)従業員の観点からそれぞれ理由を説明する。
①起業家がキャピタルゲインを得られないから
日本で一般的とされている1倍優先株式を用いて資金調達してきた場合、MAイグジットに当たりまずは優先株の株主である投資家にMAの売却対価が配分されることになる。
従って、累積調達額を超える金額でMAしないとリスクを取って起業したのに起業家に1円も還元されない。
累積調達額を超えてMAイグジットができた場合、(1倍参加型の優先株であれば)普通株の株主と優先株の株主がプロラタ(持分比率に応じて)でMAの売却対価を配分することになる。(これはこれで別の議論)
②株主が損するから(=反対する株主が出てくるから)
累積調達額を下回る金額で売却した場合、MAにより損をする投資家が出てくるからだ。
「期待して投資してくれた株主にリターンをお返しできないどころか損させてしまった」という忸怩たる想いも起業家としては持つかもしれない。
しかし、MAのディールをクローズする上で最もクリティカルになり得るのは、MAに反対する投資家の存在だ。仮に投資額よりも小さいリターンになりそうであれば普通の投資家は「もっと高値を提示してくれる別の買収候補先を当たれ!」と思うはずだ。
一般的にMAは買収者である大企業が現在の複数の株主との間で株式譲渡契約を締結することで対価を支払い株式を買い取る行為である。
ここで反対している株主が1者でもいると調整が非常に時間を要する。
また、どうしても折り合いがつかない場合は買収する大会社に100%子会社にすることを諦めてもらうか、会社法上の手続きに則り、この反対株主を会社から締め出す必要が出てきて、リスクとしこりを残し、買収者としてもMAに及び腰になる可能性もある。
③SOの価値がなくなるから
SOの税制適格の要件が変わったことでMAイグジットにも対応できるようになったと言われている。
しかしながら、一般的にはSOは普通株に転換されるため、累積調達額を以下でMAイグジットされたならば、売却対価はすべて優先株の株主に配分されるため、普通株に転換されるSOの経済的価値は一切残らないことになる。
MAイグジットにおいてもSOが適格要件を満たせるようになったのに、価値がなければ意味がない。
おわりに
以上、起業家、投資家、(SOを付与された)従業員、これまで会社に関わった皆がwin-win-winの状況でMAイグジットを迎えることができるのは累積調達額を上回る場合だけとなる。(仮に上回ったからといって、それが全員にとって望ましい結果になるというわけではないが。)
グロース市場のIPO銘柄のバリュエーションも厳しい以上、MAイグジットのバリュエーションも当然厳しくなる。
従って、MAイグジットを検討する前、もっというと、優先株でのファイナンスを検討する時点からイグジット金額については意識してバリュエーションを決定するべきということを改めて強調する。