1円ストック・オプションの会計処理及び監査対応

I. はじめに

2023年7月国税庁が「信託型ストックオプションは給与課税の対象!」という旨の見解を出し、スタートアップ界隈が震えあがった日、国税庁はこれまで曖昧になっていたストックオプションの権利行使価額の考え方を明確に示した。

俗にいう1円SOの解禁である。

信託SOにNGを突き付けつつ、一方で、1円SOを認めるというバーター取引。アメとムチを使いこなす国税庁の手腕には頭が下がるばかりだ。

この1円SOとは、端的に言うと、適格SOの要件として「権利行使価額を時価以上とすること」とあったが、この曖昧であった時価に関して「バランスシートの純資産をベースに算定することもOK」と明言したのである。

これにより税務上の時価が最低1円とすることが可能となったことで権利行使価額1円のSOの発行ができるようになった。

他方で、適格SOの設計が自由になったことにより、これまで未上場のSOでは大して議論にもならなかったSOの会計処理がクローズアップされるようになった。

この新しく出てきた会計上の論点に関して、多くのスタートアップも答えを見いだせない状況だ。

何故か?

確定的な情報がないため監査法人に相談するしかないが、その監査法人も明確な回答を出せずにどうしていいか分からないという状況になっている(会計処理の妥当性を検討する監査法人的には立場上「このように処理してください」とクライアントに進言できないので致し方ないが)。

このストックオプションに係る会計及び監査問題について以下で解説する。

II. なぜ会計処理の必要があるのか?

なぜストックオプションの会計処理が必要になってくるのか?
少し乱暴だが、理由は2つ。

  1. お給料としてお金を支払っているわけではないが、SOという価値あるものを付与している。これにより、従業員等の労働生産性が向上するから

  2. 1円SOは株主が投資をする際の時価よりも低い価格で株式をゲットできる。よって、その分株主から従業員等への富の移転があり、それは株主資本の毀損として費用処理されるのが妥当だから

以上の理由から1円SOを発行する際に特にキャッシュアウトは伴わなくても会計上費用処理をする必要がある。

III. これまでは費用処理していないけど、、、

1円SOが出てくるまでは、ストックオプションを発行しても未上場スタートアップに関しては会計上費用処理することはなかった。

しかし、今般の改正で1円SOを発行すると費用処理が求められるようになった。

なぜか?

これまでは、直近ファイナンスの株価を時価とみなして、これをSOの権利行使価額としていた。
つまり、株主が投資した時の株価と同額で株を買える権利を従業員等に渡していたわけだ。

株主と同額で株式を貰えるのだから、その時点においてSOは特段価値あるものではない。よって、従業員のインセンティブになり得ないし、また、株主の利益も毀損しない。

したがって、費用処理を行う必要はなかった。

IV. 第三者の株価算定はマスト

ストックオプションに関する会計上の費用計上額は株価算定に基づく時価と権利行使価額の差額(=本源的価値)である。従って、会計上の費用計上額の算定のためには第三者の株価算定書が必要になる。

V. 株価算定書の監査コスト

株価算定書は会社が専門家に依頼して作るものだが、監査を受ける場合、この株価算定書の監査コストもかかる。

通常、株価算定書は30-100万円程度を支払って業者に算定してもらうが、これに加えて株価算定の妥当性を検証する監査コストが大手であれば200万ほどかかる。

つまり、1円SOを出すのであれば、株価算定とその監査だけで230万-300万程度かかる。

VI. 株価算定の対象

通常スタートアップファイナンスでは、優先株式を発行して資金調達を行うのが一般的である。

他方で、SOが行使されて転換される株式は普通株である。よって、株価算定にあたり普通株の価値を算定する必要がある。

ここでに実際にファイナンスをする際のバリュエーションの前提となる優先株とSOが行使された際に付与される普通株はそもそも評価する株式の種類が異なる。

この点、優先株と普通株の経済的価値として測定可能な差分は「みなし清算条項」である。

従って、したがって、普通株の時価は、投資家との間で合意した直近の優先株の時価から「みなし清算条項」の価値評価を差し引くことで算定することになる。

なお、「みなし清算条項」はプットオプションの評価に準じて行う必要がある。つまり、ブラックショールズモデルなどを使わないと算定できないということになる。

VII. 株式報酬費用の計上期間

通常SOを付与した日から権利確定日までの間で費用処理することが求められる。

SOの権利行使の条件としてIPOを前提している一般的なSOの場合、上場承認がいつになるか分からないことから権利確定日が不透明になる。

よって、上場予定日を権利確定日とすることは認められず、適格SOの権利行使期間である2-10年を理由に付与日から2年で株式報酬費用を計上することが一般的。

また、適格SOの権利行使期間の最低期間が2年である点を踏まえると、「権利確定日不明のため付与時に一括費用処理」は認められないという監査法人が多い。

他方で、ASBJ副会長がリリースしている個人の見解でIPOに具体的に言及して「権利確定日が合理的に見込まれない場合、付与日に一括処理することを容認する」旨の意見もあり、費用処理期間については議論が分かれるところ。

VIII. N-3期以前の取扱い

監査対象はN-2期以降だが、N-3期に発行した1円SOもN-2期のPL利益にインパクトを与えるため監査上株価算定書の妥当性をきっちり見られる可能性が高い。

N-4期以前に発行した1円SOは監査法人の判断が分かれるが利益剰余金期首残高に影響を与えるため株価算定の妥当性を監査しているケースはある。

IX. 過去に発行した信託SOの取扱い

本件は本論から少し逸れるが、冒頭で国税庁が「給与所得課税の対象!」と言われた信託SOに関して、適格要件を満たせば適格SOとして付与することもできる旨を国税庁は説明してくれている。

この場合、適格SOの要件を満たして信託SOを継続する場合、株式報酬費用の計上はマストになってくると考えられる。

「ストックオプション付与時」におけると会計上の時価と権利行使価額の差額を費用計上することを求めており、「信託設定時」の会計上の時価と権利行使価額の差額を費用計上することを求めているものではない。

つまり、信託設定時に時価で権利行使価額を設定しているから、時価=権利行使価額なので会計上の費用を計上しなくてよいという理屈は成り立たない。

この点、信託SOを継続しても「株式報酬費用を計上する必要がない」と主張するコンサルも多くいる。コンサルが主張する「会計上費用計上は不要」を信じてはダメ。

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