SOの権利行使価額はどうすればいいのか?

SOのセーフハーバールールが国税庁より発表されて1年。
一株当たり純資産を時価=権利行使価額として、(場合によっては)1円の権利行使価額で適格SOを発行することが可能になった。

これまでは税制適格要件にタガが嵌められて、SOの設計に裁量の余地はそれほどなかった。

しかし、国税庁の発表によりこのタガが外れたことで税制適格ストックオプションの設計の自由度も上がった。

自由な設計ができるようになった反面、各社の置かれた状況を踏まえて自身で決定しなければならなくなった。

何が起きたのか?

これまでは税制適格の要件により権利行使価額が事実上固定されていた。つまり、優先株の時価を権利行使価額に合わせる実務が一般的だった。

適格要件では「権利行使価額は時価以上」を求めており、「優先株の時価」より低い権利行使価額をつけるのは税務リスクを伴うからだ。

しかし、「1株当たりのBS純資産額も時価とみなす」所謂セーフハーバールールが2023年7月の国税庁より発表されたことにより場合によっては権利行使価額1円でも税制適格SOの発行が可能となった。

権利行使価額に一定の幅が出てきたことはスタートアップにとって選択肢が拡がることを意味する。

しかし、裏を返せば企業が自らの判断に基づき決定しなければならなくなったことをも同時に意味する。

これが2023年夏の国税庁の発表に起きたことだ。

どのようにむずかしくなったのか?

端的に言うと権利行使価額によってステークホルダーの取り分に影響を及ぼすようになった。

ここは少し丁寧に説明する。

「権利行使価額が低い」ということは安く株式をゲットできることを意味する。他方で、「権利行使価額が高い」ということは株式を取得するためには高い価格の払込を要することを意味する。
ストックオプションは誰が株式をゲットできるのか?従業員である。
つまり、「権利行使価額が低い」とは従業員にとって取り分が大きくなることを意味し、他方で、「権利行使価額が高い」とは取り分が小さくなることを意味する。


他のステークホルダー、特に株主はどうだろうか?

権利行使価額を高く設定した場合(=優先株の時価を権利行使価額とした場合)、従業員の取り分が小さくなるということは、株主の取り分が大きくなる。

会社の持分である株式をゲットするに当たり高い金額を会社に払い込む必要があるからだ。

反対に、権利行使価額を時価より低く設定した場合、SOを付与された従業員は投資家よりも儲かる構造にある。

仮に投資家へ発行する株式と従業員のSOの付与が同じタイミングだったならば、負担しているリスクは同じはずなのに従業員の方がリターン大きくなり(=投資家の方がリターンが小さくなり)、公平性を欠くという議論がある。

また、権利行使価額が株価よりも低いSOを付与するということは、従業員が得をするということであり、もっと言うとそれは従業員に対するインセンティブの支給であることと同義である。

したがって、会計上は費用を計上するということが求められることになるのである。

つまり、株主から従業員に富の移転があったことを意味し、また、費用計上により株主に帰属する利益が減じられることになる。

会社視点に目を移すと権利行使価額が低いSOは会社決算上は好ましくない結果につながる。

どうすればいいのか?

ここまでの議論をまとめると、従業員と株主の利害が真っ向から対立し、「こちらを立てればあちらが立たず」というトレードオフの関係にある。
では、どうするべきか??

「優先株の時価ではなく、普通株の時価を権利行使価額とする」が僕の答えだ。

SOは権利行使により普通株に転換される。であるならば、普通株の時価を権利行使価額とするべきだ。

優先株の時価を権利行使価額にしてしまうとオーバーバリューになってしまう。

仮にMAでイグジットされる場合、優先株の投資家は普通株主に優先して対価の分配を受ける。

普通株主は優先株の投資家に分配が終わった後、売却対価が残っていた場合に分配がなされる。

SOは一般的に普通株に転換される設計のため、SOを付与された従業員は普通株の株主であり優先株の投資家に劣後してしまう。

であるならば、優先株主の時価を権利行使価額としてしまうと契約上の権利とSOの行使により得られる利益のバランスが取れなくなってしまう。

端的に言うと、MAイグジットの際に十分なインセンティブを従業員に配ることができなくなってしまう。

PL費用はどうなるの?

上記では「権利行使価額を時価より低くすると会計上費用が発生する」と書いた。
権利行使価額が時価より低いと従業員が割安で株式をゲットできてしまうからだ。費用計上するべき金額は以下の通り「時価と権利行使価額の差額分」になる。

この場合の「時価」は優先株と普通株という異なった経済的利益をもたらす異なる商品の価格が存在し、繰り返しになるが、普通株式に転換されるSOの権利行使価額は普通株の時価であるべきだ。

「費用計上額は時価と権利行使価額の差額」と述べたが、以下の図のように普通株の時価より低い価格をSOの権利行使価額として設定した場合に費用計上が求められる。

一方で、権利行使価額を普通株の時価とした場合、両者に差分はないため費用計上する必要はない。

転換される普通株の時価と権利行使価額が一致しているため、従業員が得をしたわけでも投資家が損をしたわけでもなく(株主から従業員に富が移転されたわけでもなく)、フェアな値付けがなされているといえる。

しかしながら、、

普通株の時価を算定するのは少なからずお金がかかる。

優先株の時価は投資家とスタートアップの交渉で決定されるためfix する(株価算定を取る場合も多いが。。)。

しかし、そこから普通株の時価を算定するために優先株の価値相当分(つまり、みなし清算条項の価値)を算定する必要があり、この算定にあたりブラックショールズモデルなどを用いるため、計算が非常に専門的かつ煩雑になるからだ。

算定費用だけでも軽く100万円はかかる。さらにその妥当性を検証する監査のコストは大手監査法人だと200万円を超えることもあると聞く。

さいごに、

普通株の時価を権利行使価額とするSOの発行にあたりこのコストを負担するかどうかは議論が分かれる。

しかし、MAイグジットがメジャーになっている中で、従業員の方の貢献に報いたいと考えるならば、コストをかけてでもやるべきというのが僕の意見だ。

MAで会社を売却する場、その売却対価は優先株の株主に先んじて分配され、普通株の株主の取り分は限定的になることが容易に想定され、そんな中において優先株の時価を権利行使価額とするSOを持っている従業員に提供できるインセンティブは限りなくゼロに近くなることも十分に想定されるからだ。

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