スタートアップMAイグジットをPLとBSから深掘る

I. はじめに

スタートアップMAが活況になってきた。冷え込んだグロース市場を背景にIPOイグジットが増えてこない。

そんな中10年の満期を迎えるVCのイグジット手段としてMAの選択肢が増えてくるのは必然だ。(セカンダリーマーケットの議論も同じアナロジーだろう。)

IPOといえば、監査法人の監査、主幹事証券会社と東京証券取引所の審査という重たいプロセスを経る必要があり、この知見はオンライン・オフラインを通じて、先輩経営者からも共有されているため、なんとなく大変だということは皆の共通理解になっていると思う。

一方で、MAイグジットは、監査法人の監査も必要ない、証券会社や証券取引所の審査もない、買い手がOKと言えばディールが成立するため、IPOと比較すると一見簡単にそうにも思える。

実際はどうなのだろうか?

会社の実績、今後の事業の成長性、外部環境の状況など様々な要因が複雑に絡むため、十把一絡げに語ることに意味はないが、MAイグジットという手法については何等か参考になるようなアングルを提示したいと思っている。

そこで、本noteでは決算の観点、つまりBSとPLの状況から深堀りしてみる。

II. 結論

PLが黒字か?赤字か?という軸と、BS純資産が大きいか?(手厚いか?)、小さいか(薄いか?)という軸、この2軸で四象限に区切り考察してみる。
結論は以下の通り。

  1. 黒字かつ純資産が大きい:前回ラウンドのバリュエーションを目線に交渉可能

  2. 黒字だが純資産が小さい:大きなダウンラウンドの覚悟が必要

  3. 赤字かつ純資産が小さい:MA困難

  4. 赤字だが純資産が小さい:MA困難

総括すると、、赤字であれば、基本的にMAイグジットはかなり難しいと思って間違いない。

最低でも黒字化していないとMAイグジットは選択肢になり得ない。

以下、それぞれのケースを以下の観点で掘り下げてみる

  • FCF(フリー・キャッシュ・フロー)

  • のれん

1. 黒字かつ純資産が大きい

この領域の会社は継続的に儲かっているし、財務基盤も安定しているため、買い手企業と同じ立場で話し合いにテーブルにつくことができる。

つまり、前回ラウンドのバリュエーションを目線に買収価額の交渉が可能となる。

FCF

事業計画の初年度からプラスのFCFがある。

かつ、継続的に事業が右肩上がりで成長できる計画を描けるならば、毎年プラスのFCFが計上され、さらに継続価値(Terminal Value)も大きくなることが見込まれる。

つまり、初年度からFCFに裏打ちされ、かつ継続的な事業成長を前提にした高い買収価額を強気で提示できる。

のれん

買収価額次第となる。

一方で、純資産も手厚いため「買収価額」-「純資産の時価」で算定されるのれんもそこまで大きくはならないケースも考えられる。

このため、買い手ののれんの減損リスクも小さくなり、高い買収価額も買い手として許容できる可能性がある。

2.黒字だが純資産が小さい

この領域の会社は最近黒字に転換したが、過去の累損が解消されておらず、財務基盤が安定していない。

利益体質になり、継続的に成長していけるか不透明な状況であり。

その点をリスクファクターとして織り込むため、バリュエーションが引き下げられる可能性が高い。従って、ダウンラウンドを覚悟する必要がある。

FCF

事業計画の初年度からプラスのFCFがあるものの、前回ラウンドのバリュエーションを前提とした買収価額を提示するために実現が可能性に疑義がある急成長な事業計画を描く。

結果、事業価値は継続価値(Terminal Value)に偏重してしまう。

もちろん買い手からすると、その計画をそのまま受け入れることは難しく、その事業計画にストレスをかけて評価することになり、結果前回ラウンドのバリュエーションと比してかなり低めの買収価額を提示されることになる。

のれん

(プラスのFCFは出ているものの)純資産が手薄なため「買収価額」-「純資産の時価」で算定されるのれんは大きくなる。

のれんの減損リスクを踏まえても買い手は高い買収価額は受け入れられない。

3.赤字かつ純資産が小さい

多くのスタートアップはこの状況ではなかろうか。

VCから調達した資金を事業投資に突っ込んでいるためPLは継続して赤字。

累損が溜まっていき、財務基盤が不安定。買い手としては買収しても連結PLに赤字を取り込むことになるため、ごく一部の例外を除き買収されることはない。

FCF

事業計画の初年度はマイナスのFCFだが、何とか買収価額を正当化するために2年後あたりから急に業績が反転し3年後に一気に黒字化する誰一人信じられない非現実的な事業計画を作らざるを得なくなる。

1-5年目のFCFでは事業価値はほぼゼロで、ターミナルバリューからほぼすべての事業価値が構成される。

買い手としてはそんな博打のような買収はできない。

のれん

仮に買収を検討したとしても、純資産が手薄なため「買収価額」-「純資産の時価」で算定されるのれんはもちろん大きくはなる。

のれんの減損リスクが顕在化する可能性は極めて高く買収検討は見送られる。

4.赤字だが純資産が大きい

この「赤字だが純資産が大きい」という状態は大型の資金調達を行った直後に一時的に発生する。

しかしながら、VCから調達した資金を事業投資に突っ込んでいるためPLは継続して赤字であることは「3. 赤字かつ純資産が小さい」と同じ。資金調達により一時的に財務基盤が回復したかのように見えるが、累損を重ねてすぐに不安定になる。

買い手としては買収しても連結PLに赤字を取り込むことになるため、ごく一部の例外を除き買収されることはない。

FCF

「3. 赤字かつ純資産が小さい」と同じで、ターミナルバリューから事業価値のほぼすべてが構成されるため、買い手としてはそんな博打は打てない。

のれん

一時的に純資産が手厚くなっているため「買収価額」-「純資産の時価」で算定されるのれんは小さくなるように思われる。

しかし、買収価額にも調達した資金は含まれるため結果として「3. 赤字かつ純資産が小さい」と変わらない。

III. さいごに

以上、PLとBSの観点からまとまめてみた。

上記の考察は基本的にミドル・レイターのスタートアップを前提としており、シリーズA前のシード・アーリーのフェーズのスタートアップには一概にはあてはまらない。

そして、もちろん一般論であり、個別の事情に鑑み、赤字で純資産が手薄な会社もMAイグジットが成功するケースも十分に想定される。

ただ一つ言えることは、PLを黒字化すること。これがMAイグジットを達成するための近道である。金払って赤字のPLを取り込みたい会社は存在しないからだ。

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