起きてくれ、ヨーコさん!
会社を退職してイギリスにオートマタ留学するまでの間、おめぐは会社で仕事、僕は慣れない主夫業に悪戦苦闘していました。そんなある日、行きつけのカフェで、シングルマザーでライターをされているヨーコさん(仮名)と知り合いました。
「へー、カラクリ人形作ってるんだ〜。今度、娘の夏休みの工作手伝ってもらってもいいかなぁ?」
「あー、もう全然オッケーですよ〜」
数日後。昼ごはんの後片付けをしていたら、ピンポーン。そこにはヨーコさんと娘さんのリサちゃん(仮名)が立っていました。まさか本当に来るとは!!!
「この子ったら、張り切っていっぱいアイデアを描いてきたんですよ〜」
などと説明する間、ヨーコさんが何度もあくびをするのが気になって聞いてみました。
「ヨーコさん、眠いんですか?」
「すみませーん。徹夜で原稿仕上げたばかりなんですよ〜」
「布団敷きましょうか?」
「えーお願いしてもいいですかー?」
なんと、ヨーコさん就寝。リサちゃんと2人でカラクリ人形を作ることになりました。初めこそ一生懸命取り組んでいたリサちゃんですが、すぐに飽きてしまいます。褒めたり、励ましたりしながら3時間。ようやくカラクリ人形が完成しました。よし、任務完了。ヨーコさんを起こそうとすると、リサちゃんが大きな目でまっすぐこっちを向いて
「待って。ママは疲れているから、起こさないでほしいの」
と言うのです。可愛い女の子の頼みを聞かないわけにはいきません。
「僕、今から晩御飯の材料を買いにスーパーに行くんだけど、一緒に来る?」
「うん!」
というわけで2人でスーパーに向かいました。肉じゃがの材料を探して店内をウロウロしていたら、リサちゃんがハイチュウを見ているのに気が付きました。
「よし、ハイチュウも買おう」
「いいの。ママからもっと物を大切にできるようになるまで、人から物を買ってもらってはいけないって言われているから我慢する」
可愛いなぁ。そういうことならと思い、ハイチュウを棚に戻そうとすると
「でも、ハイチュウだったら、買ってもらってもいいかな?」
と言うので、おじさんのハートは完全に射抜かれて、ハイチュウを箱買いしてあげたくなりました。
ウチに戻るとまだヨーコさんは寝ていました。大きな音を立てないように気をつけながら晩御飯の支度をしていると、おめぐが仕事から帰ってきました。
「ただいま〜」
リサちゃんと一緒にあわてて玄関へ。
「シーっ。静かに!!」
「・・・・・・・・なんで?」
「ヨーコさんが寝てる」
「・・・・・・・・なんで?」
晩御飯がそろそろ出来上がるというときになって
「あー、なんか美味しそうなにおいがする〜」
とヨーコさんがようやく起きてきました。4人で晩御飯を食べて、帰り際
「今日は、娘が本当にお世話になりました!」
と言うヨーコさんに
「どちらかと言うとアンタの世話をしたようなものだ」
と言いたくなるのをグッと堪えて、バイバーイと手を振ったのでした。
後日、ヨーコさんから電話がありました。
「今日、夏休みの工作の発表の日だったんですよ〜。ちょっとリサと代わりますね」
「リサちゃん、どうだった?みんな、カラクリ人形を褒めてくれた?」
「いいや。あまりウケなかった。でも、〇〇くんがまじめに聞いてくれたのが嬉しかった」
「そ、そうなん。それは良かったね〜」
長くなりましたが、以上で僕が夏休みの工作の手伝いを引き受けなくなった理由をお分かりいただけたかと思います。
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