
雪にワクワクしなくなった僕たちへ
いつから僕たちは、雪にときめかなくなったのか?
子どもの頃、雪が降ると胸が高鳴った。
「積もるかな?」「雪だるまできるかな?」
窓の外を眺めながら、まだ見ぬ白銀の世界にワクワクしていた。
でも今、朝起きて雪が降っているのを見ても、僕たちの第一声は違う。
「通勤、大丈夫かな…」「靴、びしょ濡れになりそう」「会社、行きたくない」
いつの間にか、雪は「楽しみ」から「面倒なもの」に変わってしまった。
僕たちは、いつからワクワクしなくなってしまったんだろう?

なぜ雪にワクワクしなくなるのか?
1. 余計なことを考えすぎるから
子どもの頃は、目の前にあるものを純粋に楽しんでいた。
でも、大人になると考えることが増える。
• 仕事に遅れないようにしないと
• 転んだら危ない
• 靴が濡れるのが嫌だ
無邪気に楽しんでいた雪が、リスクやストレスの対象になった。
ワクワクする心の余裕が、責任や合理性に押しつぶされてしまったのかもしれない。
2. 新鮮味がなくなったから
初めての雪は特別だった。
でも、何度も経験すると「当たり前」になる。
• 「去年も降ったし、別に珍しくない」
• 「どうせ溶けるし、あとが大変」
脳は「新しいこと」に反応する。
でも、大人になると「知っている世界」が増えすぎて、何もかもが普通に見えてしまう。
3. 失うものを考えるようになるから
子どもは「得られるもの」に目を向ける。
• 「雪だるま作れる!」
• 「雪遊びできる!」
でも、大人は「失うもの」に目を向けがちだ。
• 「通勤が大変になる」
• 「寒くてつらい」
• 「雪かきが面倒」
これを心理学では「損失回避バイアス」という。
人は「楽しみ」より「損すること」のほうに強く反応するようにできている。
つまり、大人になると「楽しみより、リスクを考えるクセ」がついてしまうのだ。

でも、それって本当に仕方ないこと?
「大人になると、ワクワクしなくなるのは当然」
そう言われると、何となく納得してしまう。
でも、本当にそうなのか?
子どもの頃のように、雪にワクワクすることは、もうできないのか?
雪の見方を変えたら、世界は変わる
例えば、雪の日にこう考えてみる。
• 「今日は街がいつもより静かで、なんだか神秘的だな」
• 「歩いたら靴は濡れるけど、あの足跡をつけるのって、ちょっと楽しいかも?」
• 「普段見慣れたビルも、雪が積もると違う雰囲気に見えるな」
同じ現象でも、「面倒」ではなく「特別なこと」として捉える。
それだけで、ちょっとだけ心が動く。

ワクワクし続けるための3つのコツ
① 「どう楽しめるか?」と考えるクセをつける
子どもは自然と「遊び方」を探す。
• 雪なら、「触ってみる」「何かを作ってみる」「写真を撮ってみる」
• 仕事なら、「ゲーム感覚で進めてみる」「捉え方を変えてみる」
何事も「どう楽しめるか?」を考えるだけで、ワクワクのスイッチが入る。
② 「初めての視点」を持つ
「当たり前」と思っているものを、「初めて見るように」眺めてみる。
• 「雪の結晶って、よく見るとこんな形してるんだ」
• 「この道、雪が積もると雰囲気が変わるな」
同じ景色でも、「何かを発見しよう」と意識すると、見え方が変わる。
③ 「子どもっぽいこと」をあえてしてみる
• 小さな雪だるまを作ってみる
• 空に向かって雪をキャッチしてみる
• 静かに降る雪を、じっと眺めてみる
「大人だし、、、」と思っていることを、あえてやると、ワクワクが戻ってくる。
最後に:ワクワクする視点を持ち続けるために
雪にワクワクしなくなったのは、雪が変わったからではなく、僕たちの「見方」が変わったからだ。
そして、それは雪に限ったことではない。
小さな頃は、知らないことが多かった。
だから、何気ないことにも「どうなってるんだろう?」と目を向け、自然とワクワクしていた。
でも、大人になると経験が増え、物事を「知っているもの」として片付けてしまう。
初めての街を歩くときは、看板や建物、人の流れが目に入るのに、
いつもの通勤路はただの風景になってしまう。
新しい仕事を始めた頃は、学ぶことばかりで刺激的だったのに、
慣れてくると「こなすもの」になってしまう。
でも、本当にそれでいいのか?
ワクワクは、特別な出来事の中だけにあるわけじゃない。
見方を変えれば、日常のどこにでも転がっている。
• いつもと違う道を歩いてみる。
(新しい景色や意外な発見があるかもしれない。)
• スーパーやコンビニで、いつも行かない棚をのぞいてみる。
(普段の買い物でも、「こんな商品あったんだ」とちょっとした驚きが生まれる。)
• スマホを見ずに、周りの人や景色を観察してみる。
(無意識にスルーしていたものの中に、新しい発見があるかもしれない。)
ちょっとした視点の変化で、退屈だったはずのことが、意外と面白くなることもある。
「もう知っている」と思うと、世界は狭くなる。
「まだ何かあるかも」と思えたら、日常は少しずつ広がっていく。
大人になっても、そんなふうに世界を見ていきたい。