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ルビー|短編小説

    私の最近の楽しみは、窓から覗き込むツバメだ。
    このお店をオープンして三年になる。
常連のお客さんも増え、立地も静かで店内から見える街並みや、大樹の下のベンチに腰掛ける人々を観察するのも面白い。

     一週間程前から、そのツバメは姿を現す様になった。
窓辺に止まり、少しの間店内を見渡している。
その物珍しげに見つめる瞳が可愛くて、私の癒しになった。

    今日もお昼過ぎに姿を現した。
コツコツ…小さな音、私は窓にゆっくり近付き、静かに開けた。
    ツバメは嘴から、小さなルビー色の何かを落とし直ぐに飛び立った。

   「綺麗」私は光にかざしてそれを見た。
柘榴の実。まるでルビーの様に輝いている。
私はガラス瓶に入れた。

    それから毎日、ツバメは美しい柘榴の実を一粒づつ運んで来る様になった。

     私はそれらを大切にガラス瓶にいれ、砂糖漬けにした。
鑑賞用に、店の奥のテーブルに飾っていた。

    店が休みの日、私は街へと出掛けた。少し雨の降る肌寒い日だった。
帰り際、店の前を通るとツバメが羽根を濡らしながら、店内をじっと見つめていた。
    私は少し離れた場所からそれを見つめていた。
本当は手のひらに乗せ、ハンカチで雨粒を拭いてあげたかったが、あまりにも真剣な眼差しから私はある事に気付き、邪魔はしないでおこうと思い帰路に着いた。

    次の日、店の特別な場所に置いてある陶器の人形を、窓辺にあるヴィンテージの小さなカフェテーブルに移動した。

    コツコツ…私は窓を開け、よりツバメがこの人形を見れる様にした。
ツバメは最初は少し驚いた様子だったが、少し首を傾げてから、人形の前に柘榴の実を置きそれから小さく羽根を震わせた。
    
    その日から、天気が良い日は必ず窓を開けていた。

    ある日常連の方から陶器の人形を買いたいと言われた。
 「すみません…これは売れないんです」と断った。
    とても残念そうにしていたが、気分を害する事なく快諾してくれ、ほっと胸を撫で下ろしたその瞬間「ガシャン」。
一瞬の出来事に何が起きたか分からずに、私は音がした方を見下ろした。

   「まあ、何て事!ごめんなさい、うちの娘が手を触れてしまったみたい。本当にごめんなさい。代金は支払います、本当に申し訳ない事したわ」
常連さんは、ずっと謝り続け娘の方も「ごめんなさい、可愛くてつい触れたくなっちゃったの、ごめんなさい…」
    私はすぐには言葉が出て来なく、ただ欠片を見詰めるばかりだった。

    その日、ツバメが姿を現す事はなかった。

    陶器の人形を直してくれるお店を探したが、ヴィンテージでかなり価値のある物故、結局どこも見つからなかった。

    霧雨が降る朝、店の扉の鍵を開けようとした時、窓の下にぐっしょりと全身を濡らして、硬直しているツバメを見付けた。
嘴から落ちたのだろう、小さな柘榴の実が雨で光っていた。

    私はツバメと陶器の人形と、ガラス瓶を土に埋めた。
雨に濡れながら長い祈りを捧げた。

   
    今、店の中庭にルビーの様な美しい実を飾った柘榴の木がある。
時折聴こえる微かな葉の音が、前に聴いていたあの音に重なる。

    「コツコツ…」

懐かしさと愛しさで、ほんの少し頬が濡れた。

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