主人公|短編小説
「あ、待ったー?」無邪気に駆け寄る幼馴染み。
「ううん、今来たとこ」
「もう、煙草やめなって言ってるのにー」
「あのね…あんたは私の親か」
幼馴染みの朱々は、ふくれっ面をして私を見る。
相変わらず変わらない、この癖。
「ほら、行くよ。映画始まっちゃうでしょ」
朱々は甘えた様に私に腕を絡めてくる。
「ちょっと…もう、その癖どうにかならないの?」私は朱々とは正反対。性格も見た目も。
朱々とは、幼稚園前から近所で母親同士が仲が良かった事もあり、物心ついた頃には常にお互い居て当たり前の存在、家族同然だった。
朱々は小柄で童顔だ。元々病弱という事もあり、未だに喘息がある為、外出時にも吸入薬は欠かせない。
私は朱々より身長が高く、子供の時から大人びて見られていた。
朱々が童顔なら、私は実年齢より2歳は上に見られてしまう。
それが、密かにコンプレックスだった。
高校生ともなると、お互いに彼氏の話で盛り上がったりしそうなものだが、全くない。
高校は、朱々は大学までのエスカレーター式のお嬢様学校。
私は地元で偏差値が一番高い都立高校。
今日は久しぶりに2人で映画を観に行く事にしている。
未成年で煙草は勿論駄目、なのは分かってる。
けれど、中学の時仲良くなった子達が中々面白い面々で、ちょっとした悪さと息抜きを覚えた。
その度に朱々は顔を真っ赤にして本気で怒った。
高校に進学してからは、繋がりは切れた。その事に朱々は心底安心していた。
内心『そんなに?』と、少し疑問を持った程。
館内のブザーが鳴り、暗くなった。
スクリーンには注意事項が流され、いよいよ本編だ。
私達は、大のホラー好き。
朱々は怖い怖い言いながらも、しっかりとスクリーンを観ている。私も迫力にのめり込んでいた。
「ねぇ…優華」
「何?」私は朱々が喘息発作でも起こしたかと、一瞬声を大きくしてしまった。
「大丈夫、違うから」
朱々は私の耳元に口を近付け「優華の仲良かった同級生、あれから連絡くる?」
「ううん、全く。何で?高校も別々になっちゃったし、会う機会も無くなったよ」
「……今、どうしてるんだろね?知りたくない?」
朱々の囁き声に、何か不穏なものを感じ何故か背筋がひんやりした。
「朱々、何か知ってるの?」
朱々は何も答えず、スクリーンに目を戻し座席に座り直した。
場面は脇役の何人かが老朽した橋で、気が狂った主人公に、次々と斧で切りつけられながら落ちて行くところだった。
「あの人達も、同じ様な声上げて落ちて行ったの」
「え…?」
ラストシーンは、主人公が満足気に微笑みを浮かべ、古城へとドレスを翻し歩いて行くシーンで終わった。
「朱々…さっきの…」
「ね、優華、お腹空いた。何か食べよ?」
朱々の無邪気な笑顔。
まさか…ね。きっと聞き違い…朱々がそんな事。
優華、私、貴女の事ずっと好きなんだよ。
ずっと、ずっと。離さないから……。
優華の腕に甘えた様に絡み付いた私の腕に、あの時負った傷痕がある事は知られてはならない、絶対に…。
[end]
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