歪んだそれに名前はない 05|連載小説
翌日は小雨が降っていた。
傘がない俺はフードを被り、近くの駅に向かった。
昨夜は眠れずに、じっと考えていた。
これが正解だとか、間違いだとか俺には分からない。
ただ、今俺が出せる最善の答えがそれだった。
凛の顔が浮かぶ。
込み上げる愛しさを、無理矢理引き剥がして携帯を取り出した。
夕方過ぎ、凛の住む街のカフェで待ち合わせをした。
凛が愛らしい笑顔で手を振りながらこちらにやって来た。
俺は凛の小さな仕草一つ一つを目に焼き付けようと決めた。
凛はキャラメルマキアート、俺はブラック。
少し肌寒い夕暮れにまだ雨は降っていた。
窓際に座ったから、雨粒が無数の小さな光を放っているように見えた。
「翼?」凛に呼ばれ、少しハッとした。
凛は心配そうに俺を見ている。
「ごめんな。心配させて。けどもう大丈夫だから。心配すんな」
そう言いながら、胸の奥が痛みで軋んだ。
「そう…。ならいいんだけどね。…もし私で力になれる事があったら、言ってね」
少し寂しそうな微笑み。ほんの少し角度を変えたら、泣き顔に見えたかもしれない。
凛が小さく柔らかい手を重ねて来た。
俺は優しく握りしめた。
離したくない…。
凛との愛を俺は…遊びや若さだなんて思わない。
本気で惚れた、唯一の存在だ。
だけど……。
「翼…今日は、私の家誰も居ないの…それで…」
凛は少し顔を紅くしながら俯いた。
明け方前、まだ外は暗い中、隣で穏やかな寝息をたてる凛の頬を撫で髪を梳くった。
おでこと唇にキスをし、「愛してる」そう呟いた。
凛は微かに微笑み、深い眠りに落ちている。
凛…凛と出会った時間は、俺には現実にも希望がある事、凛の存在が光に代わった事を教えてくれた。
一生時間をこのまま止めたいと初めて願った。
今までの俺は、一刻も早く人生を終わらせたかった。何かの罰ゲームかってくらい、酷い人生だった。
それを変えてくれたのは凛だ。お前だけが俺に愛を教えてくれた。
愛してる、愛してる、凛。
ありがとう…。
凛は俺の天使だ。
カーテンから射し込む光とアラームで目が覚めた。
何故か片目から涙が一筋流れていた。
テーブルの上に1枚の紙。
読み進めて行くのが怖かった。翼の様子がおかしいのは気付いていた。
「翼…」
私はあなたを片翼の天使だと思った。初めて出会った瞬間に、背中に背負う痛みを感じた。
この人は孤独な分、とても優しい人、そう直感したの。
ねえ、合ってるでしょ?翼?
「翼、愛してるよ」
涙で歪んだ手紙の文字は、もう上手く読めない。
翼の片翼を私は胸にいつまでも抱きしめていた。
俺は無表情で母親が居る個室のドアをノックした。
「……はい、どうぞ」
少し細くなった声が聞こえた。
「翼、来てくれたの?昨夜は何処に行ってたの?」今まで見た事ない、穏やかで優しい眼差しの母親。
俺は素っ気なく「友達の家」そう答えた。
その時、看護師が入って来て点滴の取り替えをした。
俺に優しく微笑み掛け、母親に二言程声を掛け出て行った。
「翼」母親が窓の外を見ながら言った。
「あなたの名前はね…私が考えたの。自由に何処へでも羽ばたいて行ける様にって…けど、私がそれを全て奪ってしまった…許される事じゃないわ。今更、ごめんなさいなんて、言う資格もない。……翼、お母さん、もう長くないから……あなたが私を殺して」
俺は初めてまともに母親の瞳を見詰めた。
「ᴛᴏ ʙᴇ ᴄᴏɴᴛɪɴᴜᴇᴅ」