『ワンフレーズ』 3話 「ヨシカワ」
「助かった、本当に入ってくれてありがと、一人じゃ絶対嫌だったんだよね」
夜中の薄暗い静かな事務室で、黄色い声がやけに響く。
今僕は、ヨシカワと二人で、コンビニの夜勤のアルバイトに入っている。元々、夜勤は男子だけでしか入ってはいけない。そういう規則なのだけれど、僕の店舗のオーナーは、シフトに穴があくと容赦なく女子も夜勤に入れる。一時期は、特例としてたまに入るだけだった。でも、夜勤の方が時給が高い、仕事が少ない、そんなところに味を占めて、夜遊び型の女子は、男子の聖域のシフトに、どんどん進出するようになっていた。とはいえ、一人では流石に危険だから、男子のだれかと二人で入らなければいけないこと、それが条件だけれど。それで、僕はヨシカワから抜擢された。
こういう言い方をしてみれば、いかにも風にまかせた結果、そんな印象を持たれそうだけれど。実をいうと、そういう立ち回りに、僕は僕の気持ちを置いておきたいだけだ。なんだか数字だけ社会人になりそうな、この二十一歳にとって、というよりは僕だけにとって、このイベントは変に気が入るものだった。ヨシカワは僕の地元のリコにそっくりなんだ。
病的な白い肌と、奥二重の感じ、三白眼、鼻筋、少し出た八重歯、ホクロの多さ、年に合ってない、中学生みたいな細い腕も、全てが似ている。唯一似ていないのは低い声、リコの声はヨシカワより透き通っていて高い。
「男女で夜勤に入るのってなんか変な感じしない?」
「変な感じって?」
「夜勤ってほとんど仕事ないじゃない、だから、お泊まり会みたいだなって思って」
「あー」
こういう、相手に異性の感覚を持たせるような台詞を
平気で言ってくるところも似ている。顔が似ると性格も似るというが、ここに「あー」以外の言葉は僕から出てこない。
大学四年になってまで、というか同じバイトなのに、そういえば、こんなに長い時間一緒にいたことがなかった。そんな気がする。振り返ってみると、キャンパスでひょこっと会うか、バイト先の交代時間、夜の21時50分頃、四、五分くらい会うか、それくらい。思い出せば、友達含めて一緒にお酒を呑んだことが、あったような なかったような、それくらいだ。だからって、今更「出身どこ?」なんて聞きはしない。なのに、彼氏がいるのか居ないのか。そんなことばっかり知っている。
「教育実習、どうだった?」
「んー、別に何にもなかったかな、子供は可愛かった、子供が欲しくなったかも」
「まだ彼氏いないじゃん」
「そうだけど、彼氏より先に子供が欲しくなった、なんか」
「女子ってそんな感じだよね」
「みんな一緒かなあ、どうだろう」
否定も肯定もしない、変な首の傾げ方をされた。教育実習の為に染めた、不自然に真っ黒な髪が、同時に揺れて背もたれに着地する。
「ていうか、こんな感じでアラタくんと話すのなんとなく、初めてな気がしない?」
髪の毛を目で追っていたら、さっき僕が思っていたこと、逆に言われた。
「そうだっけ?一緒に呑みにいったこととかはあったような気がした」
上手い返しが出てこない。僕は嘘をついた。
「何回かあったけど、大体ジュンヤが騒いだりしてその場もってかれるじゃん」
「まあ、確かにそうだけど」