『ワンフレーズ』 8話 「同い年の」
「それとミズちゃんと何が関係あるの」
「ミズに質問責めされた後にさ、私はずっと一緒にいたいと思ってます、とか、ジュンヤくんの地元についてくる、とか言われたんだよ、その時にさ、ああおれもそういえば高校の彼女と初めてやった後にそんなこと考えたような、って思ったんだよ、なんていうのこういう時、通過儀礼的な感じ、別に、ミズのことはちゃんと好きだったけど、別にはじめてした時も何も問題なかったけど、前自分が本気で思ってたことで、今は前の彼女のせいで卒業できたことで、昔の自分見てるみたいで、なんか引いちゃったんだよね、そうか、高校の時のおれにこんな気持ちぶつけられた彼女の気持ちは、こんな感じだったのかってなったんだよね」
「そういうことか」
〝通過儀礼的〟まさにそれが腑に落ちた気がした。
「なんだか、今この歳で結婚願望とか、真面目に言われても困るんだよ、どっかでバカにしてるんだよなその考え方を、どうせセックスしたからだろとか、自分がそうだったことがあるから余計にそう思う、そのうち別れる気もないし本気で付き合ってないわけでもないのに、いざじゃあこの人と一生一緒にいられるのかと言われればそうでもない、じゃあ好きじゃないのかって聞かれれば好きって答えられるのに、まだ働いていないからなのかはわからないけど、付き合うことにムキになってるのが馬鹿馬鹿しいとか思わない?だから、他大学で出身も違うくせに将来一緒にいるとか、迫られても困る、今勉強中だから余計に思う、だから、別れた」
ジュンヤは堰を切ったように でも理路整然と話した
「アラタは地元の友達とかもう子供できた人いる?俺まだまわりにいないんだよね」
いる。少し前に生まれた、リコのその子供。
「いるよ、友達に」
「いるんだ、すごいなそいつ、おれより全然おとなだよ」
すごいな、とか、全然おとな、とか、リコに充てる言葉として、よく似合ってる。僕とジュンヤ、二人のニュアンスは少し違う。でもどっちも合ってる。そんな感じ。
「実家全然帰ってないから、まだ会ってはないんだけどね、生まれたらしいよ」
「それいつ?」
「去年の春」
「会いに行かなすぎだろ、友達なら見にいってやれよ、夏休みとかに」
「就活終わったら会いに行くかもな」
「お前実家嫌いだからなー」
「別に嫌いじゃないよ、こっちにいるのが楽しいだけ」
僕は最近、というかここ一年、実家に帰っていない。家族が嫌いなわけじゃない。実家に帰ったらきっと、リコの子供と会うことになる。それが僕にとって、嫌なわけでもないのに、なんだか重苦しいイベントだったからだ。
「おれらってきっと〝愛の結晶〟とか言われてたんだろうな」
「〝愛の結晶〟?」
「よく言うじゃん、子供は夫婦の〝愛の結晶〟って」
「ああ」
「自分がヤってからあの言葉聞くと、ウケるよな」
「皮肉ってるってことね」
「そう、愛が向けられてる対象はおれらじゃなくって行為そのものってこと」
「お前、おれの友達想像してそれ言ってるんじゃないだろうな」
僕は、ジュンヤの脇腹を少しだけ中身が入ったペットボトルで小突いた。
「違うよ、おれの母さんとかだよ、こういうこと考えてる時、二十一歳にもなって思春期終わって無いんだなあって思うけど、セックスで子供生まれるの、やっぱりまだ気持ち悪いんだよな、経験済みだと余計」
「ジュンヤが真面目じゃないだけだろ」
「真面目にセックスしてるやつなんかいないだろ、見たことねえよ」
ジュンヤは退屈そうに、壁当てを始めた。
「要は、真面目に付き合うのが馬鹿らしいってことだろ、今は」
「そんなことないよ、好きだったらちゃんと付き合えばいいし」
「意味わかんないよ、お前喋りすぎ、動いてこい」
「勉強でストレス溜まってんだよ、いいだろ別に、最近飲みにも行ってないしよ、お前ボール拾ってくれよじゃあ」
ジュンヤはむくっと立ち上がって、その勢いでボールをリングに放り投げた。
「そういえば、この前ヨシカワとバイト被ったんだけど、今度一緒に飲もうって言ってた」
ジュンヤの投げたボールはリングに当たらず、ワンバウンドして非常出口ランプの格子にぶつかった。鈍臭い音がコートに響いて、僕の声をかき消した 一瞬間だけ、体育館の中が静かになった。
「三人で?」
「うん、三人で飲もうって」
「いいね、最近アイツにも会ってないし、飲みに行くか」
「今週の日曜は?おれは空いてる、ヨシカワは分かんないけど」
「いいよ、バイトないし、その日にするか」
「了解」
「ゲーム混ざろうぜ、休みすぎた」
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