『ワンフレーズ』 10話 「カズマ」

 二年になって半年が経った時、リコは文系分野、カズマは理系分野のクラスで、成績優秀者として表彰された、学年の皆が見ている目の前で。

 僕にはそれが、どれだけ凄いコトだったのかは分からなかった。どれだけ凄いのかも分からないし、景品なんて、図書カードの五千円分だけだし、僕からしたら、そんな表彰なんてモノが、この学校にはにあったのか、それくらいのコトだったけど。でも、その日からカズマとリコは、うちの高校で久しぶりの、名門国公立大にいける二人なんじゃないかって、進路を決めあぐねている僕らから、隠れた噂が立つ人間になった。なにやら「すごい頭のいいヤツ」みたいな。 斜に構えているみたいで嫌だったけど、でも僕は、その噂にそんなに乗って話すことはできなかった。きっとカズマは、片親のお父さんのことを考えて、使命感に息を詰まらせていると思ったからだ。

 カズマの家は、僕が「離婚」という言葉を知る前にはもう、お父さんとカズマの二人の生活になっていた。ただ、だからどうこうってことはなかった。僕もヨウジも、気にすることなんか一つもなく、いつも仲良く遊んでいた。カズマは小学校の頃から塾に通っていたけれど、僕はクラブチームでバスケットをしていたし、ヨウジも近くの道場で柔道を習っていた。三人で遊ぶ以外にも、使う時間はそれぞれにあった。
 別にカズマのお父さんも、特にどこか変わっているような人ではない。県庁の職員さんだから、少し堅いところはあったけれど、カズマの家にお邪魔した時は、いつも親切にしてもらっていた。
 ただ、わざわざ僕らの前で、勉強熱心なカズマを妙に卑下する態度をよくとることがあった。まあそれも「うちの息子なんてまだまだですよ」の範疇かと言われれば、そうだと思う。でも、明らかに自分の息子が僕らなんかよりも勉強をしていると思っているから、出てくる態度なのか、本当にそう思っているのか、カズマに期待しているからなのか、カズマに何か負い目を持っているからなのか、なんだかモヤモヤした感じではあった。そして、それはカズマも同じだった。こと勉強に関しては、僕らよりもちろんできていたし努力していたことははっきりしている。なのに、貪欲さとはちょっと違う、でも何かにずっと飢えているような態度でいつも生活しているように見えた。
 その感じがずっと、だからって何も問題のない「その感じ」がずっと、僕の中で引っかかっていた。高校になっても、カズマの「その感じ」は変わっていないんだなと思っていた。ヨウジはこんなこときっと、何も考えていないんだろうなとかも、思っていた。でも、その何も考えていなさそうな口から出てくる「いいよなお前頭良くて、俺なんて馬鹿だからさ」が、僕ら三人のバランスをとっていたのかなって思う時もあった。それが僕ら三人が喧嘩をしたことがない理由なのかなって思う時もあった。

 高校三年の夏、受験勉強も本格的になっていた頃、ヨウジは可愛がってもらっていた道場の師範からの紹介があって、地元の製鉄所に就職が決まった。僕はなんとなく決めた、関東の公立大へ、カズマは、僕とヨウジからしたら想像もつかない程レベルの高い大学に挑戦していた。そして、リコは進学を諦めていた。 
 僕は特別頭が悪かったわけでもなかった。だから、特別勉強を頑張らなくても、決めていた大学には受かった。でも、二月になって自由登校が始まっても、三月になっても、卒業式が終わってもカズマは進学先が決まっていなかった。行く大学も勉強していることも、何もかも違う僕は、声をかけることはできなかった。カズマが一番悩んでいることは、わかっていたけれど、そんな時ばっかり、学校の先生の「受験は進路が決まる順番が皆それぞれ違うから、周りに気を遣え」の言葉が、一層心に刺さった。結局カズマは大学浪人することを決めた。
 浪人。身近な人間がまさか浪人するなんて、それもカズマが、なんてことを一丁前に進学した僕は考えていた。カズマが浪人したという事実が、大学に駒を進めた僕に重くのし掛かったような気分だった。
でも、いざ大学へ入学してみると、僕の周りにはそんなヤツらでいっぱいだった。大学来て初めて知り合ったジュンヤも、一浪して僕と同じ大学に来ていた。出会ってみると「なんだこんなもんか」って、一人で気持ちが楽になったことを覚えている。それがいいことか悪いことかは、わからないけれど。


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