『ワンフレーズ』 4話 「ヨシカワの友達と 僕の友達と」
ジュンヤは、同じバスケットボールのサークルに入っている友達だ。高校では、そこそこの強豪でプレイをしていて、アンダー18の代表候補に入ったこともあるらしい。結構身長も高いから、外にいると目立つし、いまだに、街中で声をかけてくるコアなファンもいる。サークルでは、誰かを邪魔にするわけでもない、友達は男子も女子も多い、ほどほどに陰口にも混ざって、お酒の席では大体主役、いわゆる、「今感」がある人間だ、彼女もいたし。
「確かに、同じテーブルにはいるけど・・・って感じだったかもね」
「そうでしょ」
「でも、ヨシカワはジュンヤとすごい仲良いよね」
「学科もサークルも同じだから、気づいたらどっちかがどこかにいるんだよね
仲良いけど、彼女のことを大切にしないからクズ」
「そうなんだ?あんまり聞いたことないけど」
「まあいろいろあるんよ、彼女が替わるスピードも早いしね」
僕もジュンヤとは仲がいい、男子の中では特に。他大学のファンだった、彼女さんのことも知っている。というか、その子とも仲もいい。ミズちゃん。ジュンヤが家にミズちゃんを呼んでいるとき、誘われて一緒に遊んでから、連絡先も交換している。それ以来、ことあるごとにジュンヤとのことで相談を受けていた、別れてからも。その子のことを大切にしていないと言われれば、確かにそうかもしれないけれど、僕が「男」だからか、ジュンヤが悪いとは大して思ってもいなかった。
僕はなんだかヨシカワのことが、一番の理解者が、そうである爪を隠して喋っているように、そんな風に見えた。
「ジュンヤがやらかしてたこととか、アラタくん聞いてないの?」
「んー、酔った勢いで・・・みたいなことはあったような気はするけど、でも彼女いる時は何もしないみたいな、ポリシー持ってたじゃんね」
「持ってた持ってた、飲みの度に言ってた」
「だよね、まだ別れてそんなに経ってないから、最近は特になにもしてなかったと思うよ」
「そうなのか、そんなに早々変なことはしないか」
「うん、聞いてる限りはね」
探られているのか、気まずいだけなのか、みのりのないジュンヤの話ばかり続いた。けれど、他に話す話がない、というより、話していい話がわからない。まるで嫉妬しているみたいに、ジュンヤの話しか出てこない。
「飲みの席だと、ヨシカワはなぜかジュンヤに守られてるよね」
「めっちゃ守られてる、なんでなんだろうね、うちにもわからない」
「好きなのかな?」
「それはないでしょ、きっと妹みたいな見られ方されてるんだよ」
「妹か」
「悪い気はしないけどね、そのおかげでうち誰にもお持ち帰りされたことないし、そういう意味では、ジュンヤがいない飲み会逆に行きたくなかったりもする」
「本当に妹みたいだ」
妹だから大丈夫、という納得は慰めにもならなかった。
「今度飲まない?アラタくん就活忙しそうだけど、暇な時間合間縫って」
「全然いいよ、週末とかはバイト入ってなければ空いてる」
「サイコー」
ヨシカワは、椅子に座りながらデスクの脚を蹴って、ぐるぐる回転した、僕はまた、髪の毛を 目で追ってしまった。
「でもうち、予定をあらかじめ決めておくのが苦手なんよね」
椅子を回転させながら、遠心力でかき消されそうな声で言った。
「なんだそりゃ」
「どんなに小さくても、予定が決まってるとさ、その予定のためにいろいろ心の準備をどうしてもしちゃうのよ、それで気づいたら行きたくなくなってる」
「わがままだな」
でもその感覚、少しだけわかる。
「大目に見てよ、だからさ、うち急に誘うから、アラタくんも急に誘って、どうせうちは暇だから、ね?」
「他に誰誘う?」
わかった、と一言だけで済ませておけばよかったのに、と思った。
「うちとアラタくんとってなると・・・なんだかんだでジュンヤは誘っちゃうね」
「そうだよね、ジュンヤ誘おうか、俺、聞いてみるよ」
「ほんと?ありがとう」
「うちとアラタくんと」、がジュンヤを呼ぶ理由じゃないだろうな、それくらいはわかる。
「うち、教育実習で少し焼けちゃったんだよね、体育とかで外に出たから」
ヨシカワは急に立ち上がり、事務室の入り口脇、湿気水垢まみれの姿見の前に、仁王立ちで立って見せた。
「そうなの?別に変わってないと思うけど」
「今はメイクで隠してるからね、わかんないかも」
「すっぴんになるとやばいんだ?」
「そう、ほんと黒くなっちゃって困る、白人主義のアラタくんに怒られちゃうよ」
そういえば昔、そんな話をヨシカワに少ししていたことを思い出した。僕の大学でできた彼女とか、好きな女優とかを見比べて、みんな揃って肌が白いから、ヨシカワは僕のことを「白人主義」と呼んだ。それはおそらく軽蔑じゃなくて、ヨシカワ自身も肌が白いから、選民的に言ったんだろう。だから、言われても嫌味な気はしなかった。
「白人主義って呼ぶなよ、反感呼ぶじゃん」
「だって黒くなっちゃったんだもん、見て?近くでみればわかるでしょ」
そういうとヨシカワは、鼻先同士が当たらないほど、僕に顔を寄せてきた。確かにちょっと焼けたかもしれないけれど、そう思うよりも前に、顔を予想以上に近づけられたせいで、心臓にぶわっと汗をかいた。この時僕は、あくまでバイトとはいえ、夜中に、付き合ってもない女の子と二人でいるのはおかしいなと思った。特にヨシカワとは、余計そう思った。でも、心臓が熱くなった理由は、ヨシカワだからか、リコを思い出したからかは、正直どっちともいえなかった。
「でもまだ白いと思ってるから、大丈夫だよ」
僕はヨシカワの選民主義に乗っかって、わざとそう返した。