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嘘が現実を拡げるー岩井俊二監督『花とアリス』を観てみた※ネタバレあり

youtubeの岩井俊二映画祭チャンネル、『四月物語』につづいて、『花とアリス』を無料配信。

さっそく観ましたよ。

超あらすじ

ハナとアリスと記憶喪失かもしれない少年の物語。
少年をストーキングするハナ。ハナがストーキング中、シャッターに頭をぶつけて気を失った少年。その少年に、自分は少年の恋人である、覚えていないのは記憶喪失だからだとムチャクチャな嘘をつくハナ。それをなんとなく真に受ける少年。

その嘘がバレそうになった時、さらに嘘をつくハナ。ハナの親友アリスを、少年の元カノと言ってしまう。やはり少年はなんとなく真に受ける。少年はアリスに、付き合っていた頃の様子を聞き出していきます。そうしているうちに、どうやら少年はアリスのことを好きになる。アリスはアリスでまんざらでもない様子。

でもハナとアリスの嘘はすぐにバレてしまう。

そしてハナとアリスはそれぞれに現実と向き合いはじめます。

アスファルトと土

ハナとアリスは冒頭、霜が降りた土の運動場?を歩いています。しばらく後の場面では、二人はアスファルトの道路から土の運動場?のようなところに逸れていきます。

アスファルトには存在の痕跡=足跡は残りません。二人は足跡が残る土の上を歩きます。
物理データの痕跡が保存される土は無意識層、データが保存されないアスファルトは意識層でしょうか。二人は二つの層を行き来します。

学校とバレエ

ハナとアリスはバレエ教室に通っています。
バレエ教室は道に面しています。

学校とバレエ教室を行き来します。

物と記憶

アリスには今は離れて暮らしている父親がいます。その父親がアリスの高校入学祝いに万年筆をプレゼント。父親が万年筆について説明します。

もらってもなかなか使わないんだけどね。たまに引き出しの奥なんか片付けてるとひょっこり出てきたりして。…また結局使わないんだけどね。でもなんか見つけるたびに入学シーズンとか思い出したりするじゃん。そういう意味では役に立つからさ。ま、お守りということで。…使うんならどんどん…でも使ったら使ったでスペアのインクすぐ無くなったりしてさ。それだけ買いに行くのけっこう面倒だっりしてな。けっきょくまた使わなくなったりするんだけど。…せっかくもらったもんだと思うとかんたんには捨てらんないからさ。案外しぶとく生き残るわけさ。

物と記憶の関係について教えてもらえます。

アリスは父親に、昔、海でトランプをしたことを確認しますが、父親にはその記憶はありません。
記憶とはあいまいなものなので、二人の記憶に齟齬があるとどちらか、あるいは両方とも嘘をついていることになります。記憶の齟齬を嘘というなら、きっと世界は嘘だらけということになるでしょう。
私たちはそれでも人を信じたり、嘘をつかれて怒ったりしながら生きています。

嘘と愛

ハナは自身が何者かアリスに話します。

彼が記憶喪失でありつづける限り今カノ。

小川哲は『ゲームの王国』で愛とは思い出すことと言い、クリストファー・ノーランは『インターステラー』で愛は時空を超えると言いました。そうすると記憶喪失者には愛はないので、ハナは愛されることができません。

アリスはハナに言います。

まーくん(少年)、なんかいろいろ思い出してきたって言ってたよ。…まーくん私に会ったら、ドキドキするとか、なんか恋しているとかなんか言ってたよ。

思い出す愛の対象、時空を超えてアクセスする愛の対象は、必ずしも今の対象と同一のものでなくてもよいということでしょうか。かつて愛していた対象を思い出して、その感情を今の対象にぶつけることができれば、愛していると言えるのでしょうか。もしそうだとすると、記憶喪失でも、嘘の記憶でも愛せるのかもしれません。

物と記憶の再来

ハナ、アリス、少年は海に遊びにいきます。その海はアリスがかつて父親とトランプをした海でした。
アリスはトランプを並べます。すると強風でトランプが飛び散ります。

意識と無意識の境界である海辺に記号を並べたらバラバラに飛び散ります。
そして三人は飛び散ったトランプを拾い集めます。

これ、記憶と思い出すプロセスを可視化しているのではないでしょうか。記号はバラバラになって無意識に保存されます。思い出すときは、そのバラバラになった記号をひとつひとつ拾い集めるので、一部だけ見つけることができるかもしれないし、まったく見つけられないこともある。一部見つけることができたとしても、経験したものとはまったく別のイメージを思い出すかもしれません。

アリスは、かつて父と海辺で遊んだ記憶を思い出しました。バラバラになったトランプを集めるのにゲームをしたのでした。最初にハートのエースを見つけた人が勝ちというゲーム。そして今回見つけたのはアリス。
でもそのとき、少年もハートのエースを見つけていました。少年が見つけたハートのエースは、かつてアリスが父親と遊んだトランプでした。行方不明になっていた記憶がふと、再来することもある。再来するためには、記号だけではなく、物理的なトランプが必要なのかもしれません。物理的な物がないと、記憶は書き換わるから、何が本当かわからなくなるからです。

嘘が現実を拡げる

アリスがついた嘘のひとつがとうとう少年にバレてしまいます。その嘘によってハナとアリスがついてきた嘘がすべてバレてしまいます。

そしてアリスは父親と遊んだハートのエースを少年に手渡します。

引き出しの一番奥にしまっておいて、いつかまたそれを見つけたら、そしたら私のことを思い出して。…なんか短い間だったけど、ほんとの恋人みたいだったね。

父親からのメッセージがアリスに届いたようです。愛してもらうため、思い出してもらうために、プレゼントをあげる。そのプレゼントは、かつて父と遊んだ物理的なトランプ。

ハナがついた嘘によって出会った少年が、父親からのメッセージを届けてくれました。

ハナの方は、少年が自分を好きになってくれないので、自暴自棄になってしまうのですが、アリスからのメッセージが、共通の友人から届きます。
かつて引きこもっていたハナをバレエ教室に連れてきたのはアリスだったよねというメッセージが。

そしてハナもアリスも現実に向き合いはじめます。
ハナは文化祭で落語家としてデビューを目指します。
アリスは落ち続けているタレントオーディションの姿勢を少しだけかえます。審査員からの要求に自分なりに応えようとします。そして、そのとき利用したのはバレエの経験でした。そういえば、バレエ教室はいつも道に面していたのでした。
みごとオーデションをパスし、雑誌の表紙を飾ります。アリス自身が物になって記憶されやすくなりました。

ところで少年はどうなったかというと、ハナの嘘にも関わらず、どうやらハナのことを好きになった模様。

無料配信は2023年5月7日まで。

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