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エンゲージメントの深さと収益の質 - Diligence at Social Capital : Part 5

BY JONATHAN HSU      翻訳 : 和田健太郎玉井和佐

このシリーズの第1・2回目の投稿では、グロースアカウンティングをどのようにエンゲージメント収益の分析に応用していくかについて説明した。第3回目の投稿では収益を産むビジネスに対する実用的な顧客生涯価値(LTV: Life Time Value)の分析フレームワークを紹介し、第4回はこのLTVフレームワークをどのようにユーザーのエンゲージメントとリテンションの分析に応用していくかについて説明した。これまでに紹介したフレームワークは成長の実態を紐解き把握するのに非常に有効である。


今回の投稿では、我々が企業精査のプロセスの中で常に重要視する「ユーザーベース全体に、エンゲージメントがどれだけ行き届いているか?」「収益の流れがどの程度安定しているか?」という2つの問いへのアプローチを掘り下げていく。

コンシューマー向けのアプリのケースを考えてみる。これまでのポストではカバーされていないテーマの一つに「エンゲージメントの深さ」が挙げられる。まず分析対象のリテンションレートがある程度維持されており、チャーンの量も適切であれば、第一回で紹介したグロースアカウンティングから分析を始めても構わない。しかし、これまでに紹介したフレームワークのみでは、アクティブユーザー全体のうちどれだけのユーザーが熱狂的なハイエンゲージメントユーザーなのか、そしてどれだけのユーザーが興味の薄いローエンゲージメントユーザーなのかはわからない。

コンシューマーアプリのユーザーのエンゲージメントの深さを定量化するにあたっての最も一般的なユーザー指標は月間のアクティブ日数 ”days active in the month”である。第2回で紹介したL28のコンセプトを思い出して欲しい。L28 = 10 は過去28日間のうち10日間アクティブであったユーザーを意味する。 月ごとにそれぞれのユーザーのL28を全て合計することで月間を通じてのDAUを計算することができる。それぞれのユーザーのL28はサービスによって創られた価値の一例でもあるため、グロースアカウンティングを通じて月次のL28を計測することも有効である。前回のポストで紹介したアクティブ日数LTVも考え方は同じく、これはユーザーのライフサイクルを通じたL28の累積とも言える。まずは、28日間のMAUピリオドに着目し、L28のディストリビューションの一例を見てみよう。

L28の説明を具体的に理解するために、10万人のMAUをもつアプリがあると仮定する。図1のL28分布が示す通り、34%(34千人)のユーザーは1日しかアプリを利用せず、3%(3千人)のユーザーは毎日アプリを使用している。L28分布はエンゲージメントの低いグループと高いグループに分かれていることが一目で分かるのである。ここで、より理解が易しいCDF(累積分布関数)を使ってL28を分析してみよう。

青い曲線はユーザーのCDF(累積分布関数)を示しており、MAUの50%はL28=2以下であり、上位20%はL28=5以上、上位10%はL28=15以上であることが読み取れる。もし、アプリの想定使用頻度が週に1度の場合、L28>3であればプロダクト・マーケットを達成できていると評価できる。数値に置き換えて説明するならば、33%のMAUはプロダクト・マーケットを達成しているが、残りの67%に対しては顧客が望む水準の価値を提供できていないとなる。

緑の曲線は少し意味が異なり、ユーザーがアプリを使用するアクティブ日数 ”active days” の累積分布を示している。青い曲線と同じように、全てのMAUのL28を合計すれば、過去28日間のDAUの合計と一致する。数式で表現するならば、28日間のDAUは以下のようになる。

∑ DAU(t) = 28*average_DAU = ∑ L28(u, t_end)

左端の数式はt時点から過去28日間のDAUの合計であり、右端の数式はt時点で測定されたMAUにおけるu人のユーザーの合計である。

例えば100KのMAUをもつアプリをこの数式に当てはめると、過去28日間で500KのDAUが算出され、1日あたり18K(500K/28)のDAUが求まる。緑の曲線は1日あたりDAUの累積合計のうち、それぞれのL28のグループがどれだけの割合を占めているかを表している。例えば、アクティブユーザー全員の月間の累積アクティブ日数の合計のうち7%はL28=1のユーザーによるもの。彼らはL28が高いユーザーに比べてサービスの使用頻度が低く、言い方を変えると、L28 = 1のユーザーは全体の34%を占めるにも関わらず月間累積アクティブ日数全体のうちの7%しか貢献していないと言える。

前述でL28>=4 ( 過去28日間のうち4日以上アクティブであったユーザー)をプロダクトマーケットフィットを達成したユーザーと設定したことを思い出して欲しい。今回の例では、これらのユーザーは全体の25%しか占めていないものの、DAUの72%に貢献していることが読み取れる。集団の20%が80%の利益をもたらすというパレートの法則に当てはめるならば、このアプリでは、全体の25%が75%の価値を生み出していることになる。80%の境界線を特別だと区分しないジニ係数のように、パレートの法則を変則的に示す指標もある。

しかしながら、パレートの法則をそのまま指標として使うのは解釈が難しいため、いくつかの指標を組み合わせる工夫をする。L28の枠組みと関連する、DAU/MAU レイシオは代表的な組み合わせの一つである。DAU/MAUレイシオをt時点での平均DAU/MAUと解釈すると、過去4週間のアクティブ日の平均に28を乗じた数字になる。DAUの合計はL28の合計と等しいため、この数字はL28分析の平均になる。我々は、DAUへの貢献の分布という視点から、平均という単一の指標を置き換えることを提案する。正規分布と類似する分布の場合は、平均を使って分布をうまく説明できるが、L28分布は両端が大きい分布のため、平均ではなく中央値かパーセンタイルを指標として使うことが適切である。

L28アプローチは異なるユーザーの相対的価値を我々に示してくれる。L28=5がL28=1のユーザーよりも5倍の価値があると判断するならば、L28分布はユーザーベースの価値を体現していると言える。ただし、単純に倍数の価値があるかはビジネスによって異なる。広告を収益源としているようなプロダクトであれば、アプリ上で5倍の時間を費やすユーザーは5倍の価値と言えるかもしれない。 もしあなたのビジネスにとっての「アクティブ」の意味が「取引でのお金の使用」を意味しているならば、この価値の内訳は、金銭的価値に直接関係しているためL28 = 5ユーザーはL28 = 1ユーザーより5倍価値が高いと言える。

Social Capitalが会社一つ一つをどのように評価するかは、実際のプロダクトの本質によって異なる。仮に週末にのみ使用するアプリの場合。例えば週末にチケットを販売するアプリであれば、25%のユーザーは毎週アプリを利用しているため、上記のコンシューマーアプリは良いと判断される。しかし、継続的な利用を想定したアプリであれば、75%のユーザーは週に1度も利用していないため、あまり良くないと判断できる。データはプロダクトのコンテンツの知識なしでは役に立たないし、これまで説明した客観的指標なしでも意味をなさない。

エンゲージメントの深さから収益の質へ

グロース・アカウンティングとLTVのポストで議論したように、L28のアプローチは違う種類の分析にも応用することが可能である。例えば、顧客はDAUという価値でビジネスに貢献するかもしれないし、実際にお金を支払うことでビジネスに貢献するかもしれない。

では、法人にシートあたり月1ドルで販売し、顧客ベースでプレミアムサービスも提供するSaaSプロダクトを手がけるビジネスを想定しよう。顧客は法人であるため、法人が支払う対価は分布する。下の図はL28分布に類似した、顧客あたりの収益分布である。

この分布図のみでは少し読みづらいが、100ドル未満の顧客が圧倒的に多く、わずかな顧客が多くの対価を支払っていることがわかる。L28分布と同じように、CDFで図示すると理解が易しくなる。

赤い曲線は顧客のCDFを示しており、50%の顧客の支払額は20ドル以下であり、上位20%の顧客は63ドル以上支払っていることが読み取れる。青い曲線は収入のCDFであり、50ドル以下の支出の顧客が収入全体の30%を占めていて、63ドル以上支払っている上位20%が収入全体の66%に貢献していると分かる。パレートの法則をここに当てはめれば66/20となり、支払額が少ない顧客もある程度収入に貢献していると言える。

Spotifyのような月収のように、分布が極端な場合も考えられる。ほとんどの顧客は赤い曲線がゼロの状態になる価格ポイントにいる一方、突然、赤い曲線が100%の価格ポイントにジャンプする顧客がいるため、収益のCDFは顧客のCDFと重なり、パレートの法則は20/20になる。もうひとつの極端な例として、FarmVilleのような古いソーシャルゲームが挙げられる。大半のユーザー派はお金を使うことがないが、一部のユーザーは多くのお金をゲームにつぎ込む。このケースでは、トップ数パーセントが収入のほとんどを占めるため、青い曲線が赤い曲線のはるか下になる。この場合、パレートの法則は99/20となる。いずれにせよ、青い曲線は必ず赤い曲線の下に来ることを理解してもらいたい。

Spotifyの収益のような分布が極端な場合も考えられる。ほとんどの顧客は赤い曲線がゼロの状態になる価格ポイントにいる一方、突然、赤い曲線が100%の価格ポイントにジャンプする顧客がいるため、収益のCDFは顧客のCDFと重なり、パレートの法則は20/20になる。もうひとつの極端な例として、FarmVilleのような古いソーシャルゲームが挙げられる。大半のユーザーはお金を使うことがないが、一部のユーザーは多くのお金をゲームにつぎ込む。このケースでは、トップ数パーセントが収入のほとんどを占めるため、青い曲線が赤い曲線のはるか下になる。この場合、パレートの法則は99/20となる。いずれにせよ、青い曲線は必ず赤い曲線の下に来ることを理解してもらいたい。

次に、Google Cloudサービスを例にとって、B2Bビジネスの分布を考えてみよう。SnapchatはGoogle Cloudサービスに毎年$25-30Mを支払っていると噂され、サービスへの最大貢献者と考えられている。これまでと同じように、顧客と収入のCDFを図示してみれば、多くの顧客はある程度の金額を支払っているものの、SnapchatがGoogle Cloudサービスの収入のほとんどにあたる金額を支払っているため、青い曲線は赤い曲線を大きく下回っていると気がつくであろう。

もしかすると、今回の記事を「収入の質」と呼ぶことに疑問を感じる読者がいるかもしれない。しかし、SaaSの文脈において、高い頻度で高額を支払う顧客こそが、停滞期の局面を救ってくれる質の高い顧客となる。この事実を踏まえれば、収入分布の右上にいる顧客は、マクロ経済が停滞する局面でも利用を続けてくれる顧客であり、同時に、プロダクトから高い満足を感じてくれるフラグシップであると言えるのだ。

スタートアップ企業にとって、価値の低い小さな顧客はVCに支援されたスタートアップ企業である。もしファンディングが枯渇すれば、そのようなスタートアップ企業はビジネスの撤退や縮小を余儀なくされ、彼らからの収入は高いリスクに晒される。

SaaSの企業について議論をする際、ACV(平均契約価値)が注目される。MRR(月次経常収入)を成長させたい企業にがACVのアプローチを取ることで、表面的な情報を提供してくれるが、我々が投資対象を分析する際には一般的に、「停滞期に失いかねない不安定な収入源がX%あり、停滞期にも動じない高い質の顧客からの収益がY%ある」というように分析を要約する。

まとめ

それでは、これまでの連載で議論した3つの内容を要約する。

グロースアカウンティング
グロース・アカウンティングでは、ネット・グロースのの実態をリザレクションとチャーンに分解しながら理解するための枠組みを説明した。その枠組みはユーザーの成長だけでなく、価値のあるどんなもの(定期購読収入、ビジテイション、ポスティング行動など)の成長にも応用できることを説明した。

LTV (顧客生涯価値)
LTVのポストでは従来の教科書的な説明をしたLTVでは、アーリーステージの企業を理解するのにはあまり有効ではなく、それよりも、N-weekやN-monthのLTVの方がより適切に実態を捉えることができると紹介した。LTVのアイデアは、収入だけでなく累積の訪問率やリファーラルにまで応用して用いられることを説明した。

エンゲージメントの深さ
DAU/MAUなどのエンゲージメントの集約指標では、エンゲージメントの深さを限定的に理解できることを学んだ。より良い方法として、エンゲージメントの深さを分布で表すことについても述べた。同時に、契約価値の分布を理解するためにはACVではなく、収入の分布がより適切であることにも言及した。

定量的にプロダクト・マーケットフィットを評価するために、我々はこれらのアプローチを使って、スタートアップの企業精査を実施する。Social Capitalでは、ポートフォリオのスタートアップの成長を手助けするために必要なデータ分析やユーザー獲得戦略のを立案するグロースチームが存在する。これまでに紹介した連載ポストはある時点のプロダクトマーケットフィットの理解に役立つだけでなく、プロダクト開発のプロセスにも大きなパワーを発揮する。読者の皆様が自身のビジネスを発展させるためにこれらのツールを活用することを願っている。将来的には、特定のコンテクストでこれらの枠組みを活用し、起業家が会社を成長させる力になれるような記事を書きたいと考えている。

これまで同様、質問があれば遠慮なくコメントかメールを送って欲しい。

目次
1. ユーザーグロースのためのアカウンティング
2. 収益グロースのためのアカウンティング
3. 実用的なコホート・LTV分析 (収益)
4. 実用的なコホート&LTV分析 (エンゲージメント)
5. エンゲージメントの深さと収益の質
6. エピローグ : エイトボールとスタートアップのための会計基準

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翻訳ソース : Diligence at Social Capital Part 5: Depth of Engagement and Quality of Revenue

※尚、本記事はSocial Capital社の許可のもと翻訳記事として掲載させて頂いております。スタートアップ業界の投資家、起業家の皆様のビジネス分析の参考にしていただければ幸いです。当該和訳は、英文を翻訳したものですので、和訳はあくまでも便宜的なものとして利用し、適宜、英文の原文を参照していただくようお願い致します。

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