魂のありがとう
『本当にありがとうございます』
と穏やかな笑顔で、朝食担当の長に頭を深く下げられた。
…………
俺は、短期とはいえ久しぶりに厨房職に就いて、働けなかった時間が長かった分、働けることへの感謝が溢れている。
だからと言って何か特別な事をするわけでもない。
ただ、この洋食厨房の中にあって社員や他のパートアルバイトの手の届かないところを自分が担う事で、全体の負担が減り、職場の雰囲気が穏やかになり、笑顔が増えたらいいなと思っている。
現在朝食担当の長を務めているのは、定年でパートになったフレンチの元副料理長なのだけど、俺が働き始めてから、いつも仕事終わりに短い箒とちりとりで掃き掃除を1人でやっていた。
本来ならもっと若い子達が率先してやるべきだとは思うんだけど、新入社員達も覚える仕事でいっぱいいっぱいで、そこを分かっての彼の振る舞いなのかもしれない。
それならば自分がやろうと思い、ある日からそれは俺のルーティンになった。
やってみると分かる事ってあるもんで、柄の短い箒を腰を屈めて5〜10分掃くだけでなかなかどうして、1日立ちっぱなしで動き回った後なのも手伝ってか腰にくるんですよ。
これを60過ぎの長は、同じように1日動き回った後に毎日欠かさずやってたんだよな。
俺がいつの日からか代わりにやるようになってから、毎日彼は『ありがとうございます』と深く頭を下げてお礼を言ってくれる。
その頬は緩み、どこか嬉しそうだった。
本当の感謝を受け取ると、何か小っ恥ずかしくなって、それでいて幸せな気持ちになれる、満たされる感覚になる。
魂からのありがとうは、魂からのありがとうで返ってくる。
今の自分が感謝で満たされているのは、いつも俺に
『今日もありがとう』
と魂の声を伝え続けてくれている妻の感謝があるからだと思っている。
普段中々口にしないんだけど、今日は妻に
『いつもありがとう』
とちゃんと言葉で伝えることにした。