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短編小説 『ママはひとりぼっち?』第三話

「冬馬、久しぶり。これお土産」

ママの妹、優子から冬馬が手渡されたのは、幸福堂のイチゴのショートケーキ。
ママは地元下町のこの老舗洋菓子店のケーキが大好きだったのです。
小さな頃の思い出の味です。

「ありがとう。三時のおやつにいただくよ」

冬馬がお礼を言うその横をスタスタスタと、元気よく腕を振って優子の一人娘の美優が、冬馬にあいさつもせずにリビングの方へと歩いて行きました。

ソファーに腰かけます。その子供らしからぬ行動に気づいた冬馬は、

「ママ何やってんの?」

と美優に声をかけます。
事態を飲み込めない優子は、

「冬馬、何言ってるの?ママって、何?」

「優子、久しぶり。元気?」
美優が母、優子に話しかけます。

「もう、なに?この子ったらお姉ちゃんみたいな口の利き方して。どうしたの?」 

優子は不思議そうな顔をしています。

「優子、私、愛だよ。久しぶり!冬馬、お願い!優子に説明してやって」

あぁ、ママの名前は『愛』だったんですね。

冬馬は叔母の優子に話し始めました。

ママが実は冬馬が十歳の時、交通事故で死んだあとすぐにこの家に幽霊となって戻って来ていたこと。

それから、冬馬と父の光太郎が再びこの家に戻ってくるまでの二十年間、ずっとひとりでこの家に地縛霊として囚われていたこと、などを詳しく説明しました。

「本当にあのお姉ちゃんなの?」

優子は本当に驚いています。

「会いたかった、お姉ちゃん!」

と思いっきり我が子、美優を抱く姿は多少の違和感がありました。

「冬馬、ケーキとコーヒーちょうだい。 この体じゃ、戸棚に届かないし、コーヒーもつくれない」

「わかったよママ。今用意するからちょっと待っててね」

その間、ママと優子はずっと話をしています。二十年間の積もりつもった話は尽きることがありません。

「わーい。ケーキだ、ケーキだ。幸福堂のイチゴショートだ」

大好物のケーキを目の前して大はしゃぎのママです。コーヒーを一口飲むと、

「まずっ!」

と、吐き出しました。それはそうです。味覚は美優まだ小学三年生です。

冬馬がオレンジジュースを持ってきました。それを待っていたかのように冬馬の手からもぎ取ると、一気飲みします。

「はー落ち着く」ママはとっても幸せそうです。

「冬馬、ジュースおかわりちょうだい」
久しぶりに味わう大好きなケーキをバクバクがっつきながら、ジュースで流し込みます。

突然、驚いたように、
「おしっこ、おしっこもれちゃうっ」
叫びながらトイレに走って行きました。

そうです。ママは子供の体であることをすっかり忘れて、オレンジジュースを飲み過ぎたのです。

「はぁー、スッキリした」
トイレから戻ってきたママに冬馬は、

「ママ、そろそろ体からでないと美優ちゃんの負担になるから」と、ママを捕まえようとします。

その手をかいくぐり、ママはダッシュで玄関に向かいます。

「やだっ!もう少しこのままがいいっ」
そう言うと、ドアに手をかけて表に出ます。するとママは突然止まって冬馬の方を振りかえり、

「冬馬、見て見て。家から外に出られたよ。今まで何百回やっても出られなかったのに、なんで?」

するとポケットに何か入っているのに気づいたママは、それをそっと手のひらの上に出します。
それはママが自分でデザインをし婚約指輪として光太郎から贈られた、ハート型をした色鮮やかなスカイブルーのターコイズの指輪でした。

ママが亡くなった後、光太郎はママを思い出すからつらいと、ほかの形見の品々と一緒に優子に預けていたのでした。

光太郎と冬馬がこの家に戻ってきたと聞いて、その預かっていたママの形見の品々を、今日、優子は持って来ていたのです。

「まぁ、この子ったら。綺麗だねっていっつも欲しがってたのよ。今日お姉ちゃんの品物を返そうと思って、それも一緒にこの箱のなかに入れていたはずなのに。この子ったら黙ってポケットに入れていたのね」

冬馬とママはお互いの顔を見合わせて、

「多分、これだ。これのおかげで外に出れたんだ」

二人はほぼ同時に声を合わせて言いました。ふたりの直感でした。
実は、トルコ石には愛する人との絆を深め、安定をもたらす効果があるのです。

「ヤッター、外に、外に出られる。二十年ぶりだ。わーいわーい!ねえ、優子。もう少しだけいいでしょう?」

「冬馬、これって大丈夫なの?」優子はすこし心配そうです。

「どうだろう。けど、少し気分が悪くなる程度じゃないかな」

「お願い、優子。お願い聞いてくれたら何でも買ってあげるから」ママは、両手を合わせて必死にお願いしています。

「......って、ママお金持ってないじゃん」

「えへへ、私、パパのへそくりの場所知ってるんだ。十万円くらいあるよ」

「へそくりって、父さん何でそんな事やってんの?」

「前に一度聞いたことがあるんだけど。なんか若い頃からの癖で、家にお金がないと落ち着かないんだって。何かあった時のために」

「そうなんだ」

「分かったよ、お姉ーちゃん。絶対、何か買ってよね」

「分かったって、まっかせなさーい!」
ママは美優の小さな胸をトンと叩きました。


冬馬は片付けないといけない会社の急ぎの仕事があったので、ママと優子はふたりで家の近くを散策していました。
ママはすごく嬉しそうです。

指輪は、冬馬が生まれた時にママが持っていた、安産祈願のおまもりが入っていた布製の小袋に入れてポケットに忍ばせてあります。

季節は夏真っ盛り、蝉の声がうるさいくらいです。
ママは木にとまってる虫を見つけては、「今日は虫さん」と話しかけ、鋭い目つきで見ている野良猫を見つけては「可愛いね」と言って、ダッシュで寄って行きますが、その異常なまでの圧に野良猫は怯えて逃げて行きます。

歌までうたっています。

「お散歩、お散歩楽しいなっ!」

あまりのハイテンションに優子は戸惑っています。

すると、路地を曲がったところで中学生くらいの三人組が、地面に倒れている同じ学生服を着た男の子を足蹴りしていました。
それを見つけたママは大声で怒鳴ります。

「三人で一人をいじめて何やってるんだ。卑怯だぞ!」

三人組はその声に反応して、振り返ると、小さい女の子が仁王立ちですごい形相でにらんでいます。

「やめろ!今すぐその子を離せ」

言っていることは迫力満点なのですが、何しろ小さな女の子なのでそこまでの迫力はありません。

「うるさい、こいつ」
その中の一人がママを捕まえようと手を伸ばします。
ママは、その手をするりとかわすと後ろに回り膝カックンしました。

その少年は前にもんどりうって倒れます。
別の少年が「こいつーっ!」と、拳を振り上げたところを、ママの正拳突きが炸裂しました。
なにしろ背が低いので、モロに少年の股間に入ってしまいました。

少年が股間を押さえてうずくまっています。

拳から伝わってきたグニャリとした感触を、ママは拳を見つめて確かめています。なぜか、ニヤニヤしています。

こいつーっ。やらしいこと考えてるみたいです。何しろ二十年以上ご無沙汰ですから。

「大丈夫?」ママがいじめられていた少年に話しかけます。

中学生の男の子は複雑な気持ちでした。助けられたのはありがたいのですが、こんな小さな少女に...と思うと情けなくもありました。

男の子は優子に話しかけます。

「助かりました。お子さんですか?」

「ええ、娘です」

「空手か何か、やっているんですか?」

優子はママの中学、高校生時代を思い出していました。
小学校低学年のころから、ママは男の子と一緒に空手と野球をやっていました。
何よりも曲がった事が大嫌いな性格でした。


家に戻ってきました

「お帰りママ。面白かった?」

残っていた仕事をすっかり片づけた冬馬は、三人の姿をみるとお茶の用意を始めました。

「あー楽しかった。ちょっとしたハプニングもあったし」ママは満面の笑みです。

小さな拳を見つめて、ニヤニヤしています。こいつ......。

「じゃあ、そろそろ出てやるか。よっこいしょういち」

すっかりおばさんです。



ママは今日は妹の優子に頼まれて児童劇団のオーディションに来ていました。

優子の娘の美優は、将来は女優を目指しているのです。

こういう場所があまり得意じゃない優子は今日はママと入れ替わっていたのです。

ママは美優を会場にひとり残し、トイレを済ませる為にその場をすこしの間離れました。  

その頃会場では、オーディションが始まっていました。

「みなさんこんにちは。それでは今からオーディションを始めさせていただきます。呼ばれた番号の方だけ別室に移動していただきます」係りの者の説明が続けられています。


ママが会場に戻ると誰かが大泣きしています。美優です。大勢の中に取り残され て心細かったのでしょう。

ママが美優に駆け寄ります。 

「どうしたの、美優?」
美優は泣きじゃっくって答えることができません。
周りからは白い目で見られています。
係りの者から外に退出するように言われました。

こまったママは、外の廊下で美優の体の中に入ります。目を覚ました妹の優子にママが言います。

「私がこのオーディションを乗り切って見せるから見ていて」

「次の人、どうぞ」ママの順番です。 

するとママは審査員のまえに進み出ると、与えられていたセリフをなめらかにつなげます。

「お父さん行かないで! 日向子をひとりにしないで!お願いお父さん!」
迫真の演技です。

会場が水を打ったように静かになりました。
ママはこう見えてもお芝居は大得意なのです。テレビドラマが大好きでよく主人公になりきってひとり芝居をしたものです。

別室に優子が審査員のひとりに呼ばれました。

「お子さんは凄い才能の持ち主です。お母さんどうです。早速ですが、仕事の話があるのですが、近くて申し訳ないのですが明後日なんですけれど、ご都合はよろしいですかね?」

優子は『けれども、中身はお姉ちゃんだよね。どうしよう?』と、とりあえず名刺をもらい、今晩一晩考えさせてもらうことになりました。

家に帰ってきてそのことを冬馬に話します。

「それってママが認められたんであって、美優ちゃんじゃないよね?どうするの? お仕事の間中一緒にいないといけないじゃん」

「そうなんだよね。それが問題なんだよね」優子は頭を悩ませています。

ママは、一仕事終えたと言う態度で、ソファーにどんと腰かけ、三時のおやつに大好物の幸福堂のケーキを食べています。 
ジュースもガブガブ飲んでいます。
おしっこが近いと言うのに、 懲りない人ですね、この人は。

「あーお腹いっぱい。幸せ一杯。じゃあ出るとしますか。よっこいしょーいち」

まだ美優にはこのことは伝えてありません。美優が目を覚ましました。

「ママ、私寝ちゃったの?なんか記憶がないんだけど......」

さすがに今度から入れ替わりがこう頻繁に続くのであれば、美優にも教えておかないと大変なことになってしまいます。

「美優。ちゃんと話すからしっかり聞いてね。実はね......」

「お母さんごめん、ちょっと待って。美優トイレ」トイレへ走って行きます。

しばらくして美優は戻ってきました。
ママは後始末は美優におしつけて良いとこ取りです。

「あーっ、おもらしするかと思った。なんでこんなにおなかパンパンなの?」

優子と冬馬は顔を見合わせ苦笑いしています。

「さっきの話の続きだけれど...実はね、美優の記憶がない理由はね、美優の伯母さん、つまり、お母さんのお姉ちゃんが、美優の体の中に入っているからなの」

ママは自分を指差しています。

「おばさんだけど...優子より若い三十歳のままだし」少し納得のいかない様子です。優子はママより五つ年下の現在四十五歳でした。

「お母さんのお姉ちゃんは今もここにいるの?」

「冬馬。今、お姉ちゃんどこにいる?」

ママは、ここ、ここと、自分を指さしています。

冬馬は、そこを指さします。

「お姉ちゃんにごあいさつして、美優」

「おばさん、初めまして美優です」
しっかり、挨拶ができる良い娘です。

優子は、お芝居の仕事の間、ママが美優のからだの中に入って全てをやってくれることなどを詳しく説明します。

「そういうことなの。分かった?」

「じゃあ...美優はお芝居しなくていいの?」

「今のところは。どう、我慢できる?」

「せっかくお仕事もらえたんだし、お友達みんなに、すごいねっ、て言われて自分は頑張らなくていいんでしょ?だったらいいよ。だって美優はちやほやされたいだけなんだもん」

最近の娘はちゃっかりしています。ということで、お芝居のお仕事の時だけママが美優の中に入ることになりました。

そういえば今回はママの夫、冬馬の父、光太郎が出てきませんでしたが、実は光太郎は性懲りもなくまた出会い系サイトを覗いて前回同様のトラブルに見舞われてしまったのです。

それ以来、ここ二、三日、ベッドの中で眠っている間中、ママから首を絞められたり殴られたりしているので、多少体の具合がよろしくないようなのです。なので、今はそっとして置いてあげましょう。

噂をすれば影、光太郎が帰ってきました。
ママはすごい形相で光太郎を睨んでいます。
その二人の姿を見て、冬馬は可笑しくなって大声で笑い出しました。

なぜ冬馬が突然笑い出したのか、わけのわからないママの妹優子とその娘美優、それと光太郎は大笑いを続けている冬馬を不思議そうに見つめています。

その間もママは光太郎をボカスカ殴っています。
まぁ、何やかんや言っても仲の良い家族です。微笑ましいです。

では今回はこの辺で失礼します。




最後までお読みいただき、ありがとうございます。




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鯱寿典
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