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短編小説『ママはひとりぼっち?』第二話
「ママ! 何やってんの?そんなところで」
ママが、浴槽に浸かっている冬馬を黙って見つめています。
「ママね、冬馬と 一緒にお風呂に入りたいんだけど、ダメ?」
「ママ! いい加減にしてよ。俺もう三十だよ。ちっちゃい頃の俺じゃないんだから」冬馬はあきれ顔です。
「だってぇ~、冬馬ちっちゃい頃ず~っと一緒に入ってくれてたじゃない。毎日、からだ洗ってあげてたし、冬馬はシャンプーする時に、シャンプーハットがないと泣いてたでしょう?」
「...ったく、いつの話だよ」
ママが、冬馬と光太郎に再会してから、一週間が経ちました。
「あの可愛かった、幼い頃の冬馬はもういないんだね。いつも、カルガモの赤ちゃんみたいに、ちょこちょこママの後をついて来てくれてた冬馬は、もういないんだね......」
ママはもう泣きそうです。けれども幽霊なので涙は1ミリも出ません。
「それにママ、洋服着てるじゃん。そんなんじゃ入れないでしょ。早く出て行って」
「すっごい秘密、教えようか?冬馬」
「何?」
「実はね、この洋服ってね。冬馬には着ているように見えるだろうけれど、 実体はないの。だから、私が意識を変えるだけで、スッポンポンの出来上がり!」
そう言うと、ママはスッポンポンになりました。そして、その体を見せつけるかのように、
「ホレホレ、見てみ、このナイスボディ。三十歳にしてこのからだ、そんじょそこらの女子高生にも負けてないでしょう?」
ママは、ふんぞり返ってかなり自慢げです。
「まあ、どうでもいいけど、息子に裸見せてどうすんの?ママの裸って久しぶりみたけど、やっぱりママだから、別に変な気持ちになんかなんないわ。ママだなーっていう感じ」
「ちぇっ、つまんないの。少しはドキドキして欲しかったのにっ」
そう言いながらママは浴槽に入ってきました。
冬馬は静かにママに場所をゆずります。
「冬馬、久しぶりだね。こうやって二人で入るの」
「あぁ、そうだね。懐かしいな」
すると冬馬は、ママの視線が下に向いていることに気がつきます。
ジィーッと、ママは冬馬の大事な部分を見ています。
しかし、お風呂のお湯で屈折していてよく見えません。
目を大きく見開いて必死に見ようとしています。
「ママ、何見てんだよ!変態か!息子の裸見て、大事なところ見て、興奮するのかよ?」
「いやいや、ママ、ちょっと確認したかっただけなの。
二十年も会っていない息子の息子って成長したのかなー?って、ちょっと興味があっただけ。
別にいやらしい目で見ていないからね」
「もう見ないで、顔を上げて」
「はーい!」
「あのさ、冬馬。確認したいことがあるんだけど」
「何? ママ」
「冬馬って、もう童貞じゃないよね?」
「何聞くんだよママ、やめてよ。違うに決まってるじゃん。俺もう三十歳だよ」
「だよね~っ、三十歳だよね、しょうがないか......」ママはすこし悲しそうです。
「何?その残念そうな顔は」
「ある意味、息子の大事な成長過程を見逃したか、と思って。相手の女の子を見たかったなーって」
「そんなこと、母親って思うんだ」
「他の人はどうかわかんない。
多分私だけかもしれないけれど。
だって、大事な息子の初めてだよ。その相手だよ。
やっぱり気になるじゃない。どんな娘なのかなあ?って」
「八年ほど前に別れたよ。
今彼女はすでに結婚していて、幸せに暮らしている。もう子供もいるしね」
「そうなんだ......」
「それで、今は彼女はいるの?」
「いるよ。五歳年下の同じ会社の女性」
「会いたいなあ!今度連れて来てくれない?家に」
「そうだね。ここに引っ越して来てから一度も連れて来ていないから、一回ぐらいは連れてこようかな」
「やったーっ! ママ、楽しみぃ。いつ?いつにする?」
「そんなに、急かさないでよ。決まったら教えるから。
俺もうのぼせちゃうから出るね。
ママ、見ないように!お願いだから」
「は~い」と言うと、ママは手で目隠しをしています。
しっかりと手で目が隠れてることを確認すると、冬馬はゆっくりと湯船から出ようとします。そして、振り返ってママの顔を確認すると
ママの手の指の隙間から、その視線がじぃーっと、冬馬の股間に注がれていました。
「ママ怒るよ!」
「あいすみませ~んっ」
怒られると、ママは本当に申し訳なさそうな顔をして、冬馬から顔を背けました。
冬馬がお風呂から上がると、父、光太郎がテレビを見ていました。
テレビでは春から始まっていたドラマの最終回の番宣をやっています。
『頑張れ!天使 。』
心はへし折られ、その翼も傷だらけの天使に、そっと寄り添ったのは......。
次回、最終話『さようならは言わない。新たなる希望! 』
面白そうです。
「冬馬、今日の風呂は長かったな」
「ちょっと今日は長く浸かりたかったんだ。ごめんね、父さん。おまたせ」
「じゃあ、俺も入ってくるとするか」
光太郎が風呂場に行くと、まだママが湯船に浸かっていました。
そして、光太郎のからだを見ると、悲しそうな表情を浮かべ、そそくさと風呂場から出て行きました。光太郎の変わり果てた姿に、ママは愕然としたのでした。
なぜならママの記憶の中では、45歳の頃の凛々しくひき締まった体の光太郎の姿が、今でも息づいていたからです。
*
今日は、冬馬が彼女を家に連れて来る日です。 ママは朝からそわそわして落ち着きません。
いつものように三人で食事を済ませ、冬馬が出かけようとすると、ママがその後をついて来て、何度も聞きます。
「ねえ、冬馬。何時に帰る?何時?」
「仕事が終わって、食事してからだから...... 多分、早くても九時過ぎかな」
「今日は父さん夜勤だから、帰ってこないし......」光太郎はこの間からホテルのフロントで働いています。
ママは何だかニヤニヤしています。
「ママ、何?」
「いや、別に......」まだ、ニタニタしています。
「じゃあ、父さん、ママ、行ってきまーす」
「気をつけてね、冬馬。いってらっしゃい」ママは、いつものように満面の笑みを湛え、大きく手を振っています。
光太郎もこの冬馬の『 行ってきまーす』の挨拶にも慣れました。ママも一緒にいるみたいで、光太郎もこの挨拶はすごく気に入っています。
実際、いつも横にはママがいるのですが、光太郎には全く見えていません。
傍目で見ていると、少し物悲しいものがあります。
冬馬は、業務用食品卸会社の仕入れ部貿易課でヨーロッパからの輸入を担当しています。彼女はその部署の後輩です。
主に冬馬のサポートをしています。付き合って三ヶ月をすぎたところですが、ふたりが付き合っていることは、周りのみんなにはまだ内緒です。
「ただいま」
「おじゃまします」
「今日は、誰もいないから」
「誰もいないのに、ただいまって、言うんですね」
「ちょっとね......色々あって」
「そうなんですね」
ママはさっきから、冬馬が連れてきた彼女を、頭のてっぺんから足のつま先まで、 舐めるように、値踏みするかのように見つめています。
けれども、今日は出がけに冬馬に何度も何度も釘を刺されていました。 話しかけられても、返事ができないんだから分かってるよね。今日は話さないように、と。
その言いつけをきちんと守り、口にチャックのママでした。
「今、コーヒー淹れるね。ゆっくりしてて」
「うん、ありがとう。何か手伝うことありますか?」
「大丈夫。本当に、ゆっくりしてて」
彼女が、飾ってある写真立てに気がつきます。
「これ冬馬さんですか?真ん中に写っているの」
「そうだよ。それは、俺が九歳の頃かな、父さんとママと一緒に撮った最後の写真だ。その翌年にママが亡くなったから..... .」
以前、十歳の時に母親が亡くなったということを、冬馬から聞かされていたので彼女、諸麦由紀恵は、
「じゃあ、本当に大事な写真なんですね。 お母さん、本当に綺麗なひとですね。とても優しそう」と呟きました。
「うん、そうだね。幼稚園とか小学校の頃は、ママが来てくれるとみんながそういう風に『綺麗とか素敵』って言うもんだから、ちょっとした俺の自慢だったんだ」
その言葉を聞いてママは泣きだしそうです。もう言いません。しつこいので。
「お待たせ」冬馬はそう言うと、 コーヒーをテーブルに置くと、隣に座りました。
仕事の話とか、最近の話とか、他愛もない話が続いた後、 一瞬、雰囲気が変わりました。
今まで対面に座って、黙って二人の話をニコニコしながら聞いていたママは、それを察知すると、
冬馬に、「お邪魔かなあ?あっち行ってよっか?」とささやきます。
すると、声を出せない冬馬は、こくりと頷きました。
それ見て彼女は、「冬馬さん、どうしたんですか?首でも痛いの?」
「いや、何でもないんだ。ちょっとね......」
ママはいつの間にかいなくなりました。
目をつむった彼女に、冬馬はそっと近づいて唇を重ねようとします。そして何かに気付いたのか、後ろを振り返ります。
冬馬は、ママが見ていると思ったのですが、 ママはいませんでした。今度こそ、安心してキスをしようとします。
すると、彼女は目を開けて、冬馬を見つめながら、唇を丸くすぼめて、『んーっ』と突き出しています。
冬馬は叫びました。
「そんなこともできるんだ、ママ!やめてよ」
「バレちゃった。冬馬って鋭い!」
「由紀恵はキスする時に目を開けたことなんて一度もないし、唇だって、そんなにとがらせたりしないもん。それはわかるさ。それって、ママのキスのポーズじゃん」
「......つまんないの。二十年ぶりに冬馬と熱いキッスができると思ったのに......ちぇっ」
そうなのです。その昔、ママと冬馬はラブラブで、同年代の子は八歳頃から ママとキスするのを敬遠するようになるのですが、冬馬はママが亡くなる寸前まで、唇と唇でキスをするのが日課でした。
「早く彼女から出てよ!かわいそうだろう」
「ごめん、冬馬。一旦からだの中に入るとね。これがどうやら、なかなか抜け出せなくて......一時間ぐらいかかるみたい」
「ねぇねぇ、冬馬~ぁ。ついでにエッチしちゃう?」
「あんたバカか?親とエッチする奴いるのか?しかも、自分の彼女の体使って。 変態か?何のプレイ?変態の変体プレイか?......俺いったい何言ってんだろう?」冬馬は、頭を抱えています。
あまりの事に興奮しすぎて、冬馬はもう自分で何を言ってるのか、全く訳がわかりません。
そんな冬馬を尻目に、ママは余裕です。
「せっかくだから、お茶しよっと」
ママは由紀恵の前に置いてあった、コーヒーと少し食べ残してあった、ケーキに手を付けます。
「チョー美味いんですけど。モンブラン、うまっ! あーっ、生きててよかった。あっ!死んでるけど......てへっ」
そうこうしてるうちに時間が経ち、ママは、やっと彼女から抜けでました。
彼女が目を覚ましました。
冬馬は心配そうに、由紀恵を覗き込んでいます。
「大丈夫?」
「ごめんなさい。私、寝てたんですね。 なんか、ちょっと気分が悪くなっちゃって。本当にごめんなさい」
「いいから、いいから。ちょっとゆっくりしてて。今日はもう帰った方がいいかもね。後からタクシー呼ぶから」
「そうですね。迷惑かけたら申し訳ないし、帰った方がいいですね」
彼女は、冬馬に玄関先まで見送られて、タクシーに乗せてもらい、家へと帰って行きました。
部屋の中に戻ると、冬馬は大声でママを呼びます。
「ママ!どこにいるの?ちょっと、言いたいことあるんだけど」
「ママはいませ~ん。お出かけ中で~す」
声だけはします。怒られると思ったママは、冬馬から隠れています。
冬馬はいたるところを探し回ります。
その度にママは、
「冬馬とかくれんぼだ。楽し~い。あぁ楽しいっ!」と、すごく嬉しそうです。
冬馬もいい加減疲れました。
「ママ!もう許すから、出てきて。俺もう疲れたから」そう言うと、ママは出てきました。
申し訳なさそうな面持ちで、ママは冬馬に謝ります。
「冬馬、ごめん......。許してくれる?こんなダメママを」
冬馬は、愛おしそうに『ふっ』と笑うと、
「いいよ、ママ。許すよ。俺の大好きなママじゃん」
冬馬ーっ。とママは嬉しい悲鳴を上げながら、思いっきり冬馬に抱きつきました。
*
冬馬が仕事から帰ってくると、ママは、光太郎の前に立って、ぼかすか殴っていました。蹴りも入れています。
最近では、冬馬も巧妙になっていて、 ママに言いたいところを、父に置き換えて言うようになっていました。
「父さん!何やってるの?」強い口調で言います。
ママは、振り返ります。
「おぉ、お帰り冬馬!今、ちょっとスマホでニュース見てたところ」
すると、ママがスタスタと冬馬に近寄って来て、
「ねえ、ちょっと冬馬、聞いてよ!パパったらひどいんだよ。今、出会い系サイト見てたんだよ。 まだ、登録しようかどうしようか、すっご~く悩んで、あっちこっち覗き見してさ。ひどいよね?私っていう妻がいながら。別のだれか探すって......」
冬馬は小声でママに、「俺の部屋に行って話そうか?」と耳打ちしました。
ママは冬馬の後をついて行きながら、尚も、「ひどいよね。パパったら、ひどいよ!」と何度も言っています。
部屋の中に入ると、冬馬はママを見つめて、
「けどさ、父さんもママ亡くなってもう二十年だよ。ずーっと一人だったんだよ。 確かにママのこと恋しくて、ここに戻って来たけどさ。
これから先、俺が結婚してこの家出て行くと、一人になるんだよ。
この家でひとりで暮らすことになる。
そりゃ、彼女の一人くらい欲しくなってもしょうがないとおもうけど」
「けどさ、けどさ。私っていうものがありながら、それって酷くない?」
「いや、それは分かるけど。けれど、言えないじゃん、ママここにいるって。
それはママが言ったことでしょう?
俺が見えるって言えば父さんが苦しむから言わないでくれって」
「そうだけどさー。悲しいよ、光ちゃんに、新しい彼女ができるなんてさ。
どっちみち、ヨボヨボのおばあさんだろうけどっ!光ちゃんの歳考えたら」
「ママ!それ言い過ぎ」
すると、突然、光太郎が「冬馬、ちょっといいか?」と、ドアをノックすると、慌てて入ってきました。
「父さん、どうしたの?」
「と、と、と、冬馬! これどうしたらいい?」
光太郎は、スマホを見せます。
画面には 『十万円を振り込まないと、大変なことになります』という表示がされています。
どうやら、光太郎はとんでもないエロサイトを開いたみたいです。
「父さん、ちょっと貸して」
冬馬はそう言うと、光太郎のスマホを手にし、画面上を操作して、
「これでもう大丈夫だから」と、光太郎に返しました。
「そうなのか?もう大丈夫なんだな?」
そう言うと、光太郎は大きくため息をつきました。
「父さんは、いまだにこのスマホの使い方がわからんよ。難しすぎて......」
父、光太郎は定年するまでずーっと、ガラケーだったので、スマホデビューはつい最近でした。なので、その機能や使い方がいまだによくわかっていません。
「あーっ、もう懲りた。こんなの、二度とやらん」
「ところで父さん、どこのサイト開いた?」
「いや、ちょっとね......」
どうやら、光太郎はこれに懲りて、二度と出会い系サイトやマッチングアプリなどに登録することもなさそうです。
それを見たママは、本当に嬉しそうです。
ママは、光太郎をギュッとハグしていますが、もちろん光太郎は全然気づきません。
「なんか...ちょっと、胸が息苦しい......」
何か少しは感じるみたいです。
光太郎が去った後、ママと冬馬はしばらく話をしていました。
「良かったじゃん、ママ」
「うん......」
光太郎の声がします。「冬馬、先に寝るぞ。さっきはありがとうな。おやすみ」
「ママ、もう行かないと。今夜も、父さんと一緒に寝るんでしょう?」
冬馬がママを急かします。
最近、ママは光太郎とずーっと一緒に寝ています。
最初は、加齢臭がどうとかこうとか言っていましたが、今では逆に、それが落ち着くみたいです。
なんやかんや言っても、ママは、今も光太郎にぞっこんみたいです。
「うん。じゃあ、おやすみ、冬馬」
「おやすみ、ママ」
今夜は、もう何事も起こりそうにありません。
おやすみなさい、皆さん!
*
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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