【番外編】手書きで楽譜を書く
譜面作成ソフトが普及してきたとはいえ、ミュージシャンの皆様は、まだまだ手書きで譜面を書いたり、手書き譜面を読んだりする機会が多いのではないでしょうか。
楽譜を書く専門の人には写譜ペンという道具もありますが、そこまでしなくても……という方も多いと思います(かくいう私も写譜ペンは持っていません)。
ここでは、音楽理論の話から少し離れて、私が手書き譜面を書くときに心がけていることなどを「番外編」としてご紹介したいと思います。
道具について
私はふだん、基本的に以下の道具だけで譜面を書いています。
五線ノートまたは五線紙。好みのもので良いが、五線の線が細すぎるものは避ける(コピーしたときに五線が白飛びすると、音符の位置が不明となりとっても困ります)。個人的にはマルティーノ東京社さんの五線ノート200番(A4で12段)、257番(A4で10段)を愛用しています。
下敷き。五線ノートのときは、裏写りを避けるため、また紙を傷めないために、使ったほうがよい。
シャープペンシル。一般的な0.5mmのものだとやや細くて見づらいため、太めのものを用意すると良い。また細かいものを書き込むために細めのものも必要。
私は0.9mm, 0.5mm, 0.3mmを使い分けていますが、大抵のもの(音部記号、調号、拍子記号、音符、休符、小節線などなど)は0.9mmで書いており、歌詞など細かい書き込みに0.3mmを使っています。
消しゴムで消すことも多いので、芯はBや2Bなど柔らかめのものが良い(ただし、譜面をこすって汚さないように注意)。
なお、HB以上の硬い芯やフリクションはお勧めしません(紙が鋭く凹んでボコボコになるため、消したあと書き直しづらい。また、コピーしたときの写り方もあまり良くない)。私自身、一時期フリクションを使っていましたが、途中で全面的にシャーペンに切り替えました。
色鉛筆。ただしカラー画像にして電子化するか、カラーコピーを取るとき限定(カラーコピーは高いので、よっぽどその価値があるときしか使わない)。
消しゴム。好みのものでよいが、消しくずがまとまるタイプが便利。
定規。ただし決して多用しない。
基本的な考え方(3大原則)
市販の印刷譜のマネをしない。印刷譜特有の「飾り」を手書きで再現しようとしない。手で字を普通に書くときに、わざわざ明朝体にしないのと同じ。
無駄な努力は省く。譜面は人に読んでもらい、音楽を正しく演奏してもらうためのもの。その目的を達成するために必要十分なクオリティであればよい。それ以上のクオリティを目指すのは労力と時間の無駄。目的を見失わないこと(譜面を書くこと自体を目的化しない)。
なるべく読み間違えにくい譜面、分かりやすい譜面を書く。誤解されてしまっては譜面の意味がない。
各論
以下、楽譜内のさまざまな要素について、実際の私の手書き譜面の例を付けて説明していきます。なお、個人的に私がラテン音楽演奏者であるため、そっち系の例が一部で多くなっておりますが、あまり気にしないでください。
なお、悪い例・やや望ましくない例には赤字で書き込みを入れています。
音部記号・拍子記号
ト音記号はG音の位置を、ヘ音記号はF音の位置を示す記号であることを理解する。
ト音記号はG音の位置を示すために第二線をぐるぐる巻くことが大事(他の場所を巻いてはいけない)。ここをきちんと押さえていれば、細かい形にはこだわらなくて良い。最後の丸める部分はなくてもよい。
ヘ音記号はF音の位置を示すために第四線を点で挟むことが大事(第三間、第四間に点を打つ)。やはり全体の形にはあまりこだわらなくて良い。位置が合っていれば、打つ点じたいは多少雑でも構わない。
拍子記号は、五線から少しはみ出して書いたほうがむしろ見やすい。
調号・臨時記号
調号の♯・♭を書く場所は正確に。
臨時記号のときは、どの線・間につけているのか、とにかく位置が明確になるように書く。
♯の横線2本の傾斜はあまりきつくしないほうが読みやすい。場合によっては真っ平らでもよい。
♭は縦棒を短くしすぎないように。また、丸くしすぎると白玉の音符と紛らわしくなるので注意。
ダブルシャープは「✕」で良い(四スミの■は不要)。
ダブルフラットは「フラット2つ」ではなく一つの記号なので、くっつけて書く。
和音の前で臨時記号をいっぱいつける場合、垂直に並べるためには7度くらいの距離が必要。それより狭い場合は適宜横にずらす。
音符(全音符〜4分音符まで)
白玉は少し大きめ、黒玉は少し小さめに書く。そのほうが音符の位置が分かりやすいため。
玉を斜めに傾ける必要は原則としてなく、基本的に真ん丸で良い。
黒玉を斜めの線で済ませるのは、他人に見せる譜面としてはNG。
棒の長さは原則としてだいたい8度。ただし例外あり。
棒は玉から少し離れていても構わない。
棒はフリーハンドで書けばよい。定規は不要。
原則として第二間までの音符は下向きに(棒を上側に)、第三線以上の音符は上向きに(棒を下側に)書く。ただし一つの五線を複数パートで共有する場合は除く。
下向きの音符は棒の左側に、上向きの音符は棒の右側に玉を書く。逆にすると見づらいので、他人に見せる譜面では避ける。
音符(8分音符〜)
旗はカーブさせなくてよい。斜めに真っ直ぐな旗を生やせばよい。
連桁(beam)は、できれば棒より太めになるように書く。また、フレーズの形によっては曲線にしても良い。
16分音符以上のときは、旗や連桁の幅を適切に取る(約3度弱)。狭すぎると見にくい。
音符(和音と付点)
和音を書くときは、単音のときよりも音符の位置が分かりにくくなりやすいので、より丁寧に書くよう心がける。
黒玉の和音を書くときは、黒玉を少し斜めに傾けるか、単音のときよりも少し小さめに書いて、音符の位置を分かりやすくする(真っ黒につぶれないようにする)。
3度以上の音程のときは必ず音符を縦に並べる。
2度音程を含むときは、棒の向きに関わらず、下の音を棒の左側、上の音を棒の右側に書く(全音符のときも、「見えない棒」があるかのように想定して同じように書く)。
付点は必ず線間に書く。五線を含む他のいかなる記号にもくっつけてはならない。
休符
いずれも正しい位置に書く。
全休符・2分休符は、五線内に書く場合でも「加線」を引いたほうが見やすい。
4分休符は、印刷譜より簡略化した形で構わない。特に最後の「ひげ」の部分のクネクネを無理に真似をすると、かえって見にくくなる。
8分休符は、4分休符よりも小さめに書く。
16分休符以上は位置に注意。
付点休符は複合拍子でしか使わない(例:8分の6拍子での付点四分休符=一拍休み)。
反復記号(繰り返し・カッコ・セーニョ・コーダ)など
これが曖昧だったり見つけにくかったりすると、演奏者は「今どこやってるの?」と迷子になるため、とにかく目立たせて分かりやすくする。
繰り返し符号にはヒゲをつけて目立たせる。太い縦線もやや大げさに太めにすると良い。点も横線のように書くとより目立つ。
1番カッコ、2番カッコ……は数字をカッコからはみ出させると見やすい。
繰り返し回数が決まっていない(オープンの場合)の書き方:
セーニョ、ヴィーデ(いわゆるコーダマーク)などの記号は(印刷譜よりも)大きめに書いて目立たせる。
D.C.(ダカーポ)やD.S.(ダルセーニョ)で戻った後に繰り返し符号がある場合、再度繰り返しを行うのか、今度は繰り返しを省くのかを明記した方がよい。(D.S. Time straight=D.S.時は繰り返しを省く、D.C. Time repeat=D.C.時も繰り返しを行う、など)
D.S.の戻り先に練習番号が打ってある場合、それも併記すると親切。
小節線(縦線)と譜割り
小節線の類はフリーハンドで書く。定規は不要。
段の頭の音部記号の左には小節線は引かず、オープンにしておく。
大譜表やスコアで同類パートをまとめるときは左端にまとめて縦線を引く。
あらかじめ小節線を引いてから音符を書き込むこと(たとえば1行を最初に4等分するなど)はなるべく避ける。各小節の中身の混雑具合によって小節の幅を柔軟に変化させた方が譜面が見やすくなる。
段を改める場所は、なるべく音楽的な区切りと合わせるのが望ましい。たとえば、4小節単位で進行する曲であれば、1段に4小節ずつ書くのが理想(ただし、中身が詰まりすぎている場合には無理なこともある)。
段の最後が半端に余ってしまった場合、斜線で埋めてもよい(埋めずに空白のままにしてはいけない)。ただしあまり多用しすぎると汚い印象を与えるので、ある程度レイアウトを考えながら譜面を書くこと。
楽曲が複雑な場合、譜割を検討するために一度下書きをしたほうがかえって早い場合もある(こういう下書きは自分用のメモなので、自分さえ読めれば雑な書き方で構わない)。
同じ音価の音符・休符にはだいたい同じ幅を割り当てる。
異なる音価の音符・休符の場合、音価が大きいものにより広いスペースを割り当てる。ただし、音価にスペースを比例させるのはやりすぎ。音価が2倍になるたびにスペースをざっくり1.5倍にするくらいの感覚がよい。
省略いろいろ
譜面を読む人が手書き譜に慣れていることが予め想定される場合、労力を省くため、各種の省略を行ってよい(場合によっては省略を行った方がより読みやすくなることすらある)。
同音の繰り返し(原則として8分音符以下の音価)は、最初の音以外は玉を書かなくてもよい。ただし、省略して見にくくなる場合は避ける。
同じ形の連桁が続く場合、2つめ以降は連桁の桁だけを書いて残りを全て省略してよい。
同じ中身の小節が1小節、2小節単位で続く場合、省略符号が使える。連続して多く使う場合は番号を振るとよい。(段を改める場合は実際の音符を書き直した方が親切だが、ここまでしなくても通じる場合が多い。)
同じ中身の小節が4小節単位で続く場合も省略符号を使ってよいが、上記の1小節単位、2小節単位よりもやや一般的でないので、誤解がないように分かりやすく書く。
基本的な演奏パターンを最初に例示し、あとは奏者の自由に任せる場合の書き方:
コードとリズムだけを示し、ヴォイシングは奏者に任せるパターン(主にピアノ・キーボード・ギター向け):
ポピュラー音楽では、2段目以降の音部記号・調号を省略する場合もある(この場合、2段目以降の一番左に小節線を引く)。ただし、これをやると怒られる場合もある。※私個人は、他人に見せる譜面ではこの省略はあまりやりません。
スラ―・タイ・アーティキュレーションなど
スラ―やタイは、起点と終点をはっきりさせる。なるべく自然な弧を描く。
スタッカート、アクセント、テヌート等のアーティキュレーション記号は、他の記号と被らないようにはっきり書く。
ピアノのペダル記号はなるべくシンプルに書く。印刷譜の形はマネしない。
文字の類
速度標語およびそれに類するものは太く大きい字で書く。
バンド用の譜面の場合、音楽の切れ目で適宜、練習番号(リハーサルマーク)を書いておく。こうしておくと、リハーサル時に「[B]のアウフタクトから」などの指示がスムーズにできる。
練習番号の数は多すぎでも少なすぎてもいけない。
印刷譜では小節番号が振ってある場合もあるが、手書き譜では使わない方がよい。
発想標語(速度標語に伴わない場合)、強弱記号などは速度標語よりは細く小さめの字で書くが、小さすぎてもいけない。
歌詞
細く小さめの字で書くが、小さすぎて読めなくなると意味がないので注意する。
どの音符に歌詞のどの部分を割り当てているのかを分かるように書く。特に西欧語の場合、音価が短くてもそこに割り当てられる文字数が多い場合があるので、譜割りは歌詞をあらかじめ考慮に入れて作る(何も考えずに音符を書いてから歌詞を書き足すと失敗する場合がある)。
伸ばし(1音節が2つ以上の音に割り振られること)やリエゾン(ある単語の末尾と次の単語の冒頭がくっついて一つの音に割り振られること。スペイン語などに多い)を正確に書く。
歌詞を書く場合、五線と五線の間がある程度スペースが開いたものを使うか、思い切って五線を1段空ける。
ヴォーカリストは、別途、自分用の見やすい歌詞カードを自ら作成すべきである。
まとめと参考文献
以上、手書きでの楽譜の書き方について、私なりの方法をご紹介してきました。もちろんこれが絶対というわけではありませんし、すべての情報を網羅しているわけでもありません。皆様が書こうとしているそれぞれの楽譜の目的に応じて、色々と工夫していきましょう。
最後に、私が楽譜を書くときに参考にしている2冊をご紹介します。1冊目は絶版(?)なのが残念ですが、図書館や古本の通販などでそれなりに手に入るようです。
仙田尚久『楽譜の書き方』音楽之友社、1990
絶版の模様。手書き(写譜ペンや鉛筆)で楽譜を書くときに気を付けるべき点がコンパクトにまとまっている名著。
トム・ゲルー、リンダ・ラスク『エッセンシャル・ディクショナリー 楽典・楽譜の書き方』西尾洋監修、元井夏彦訳、ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス、2015。
記譜方法について細かいところまで研究がなされ、詳しいガイダンスとしてまとめられている。この記事に書かれていない細かいことを確認したいときにどうぞ。
楽譜作成ソフトへの言及があるが、具体的なソフトの使い方については言及なし。また手書きで譜面を書くことついても特に言及なし。
英語版からの翻訳だが、訳は正確なので日本語版で問題ない。
私の記事をお楽しみいただけましたでしょうか。もし宜しければ、是非サポートお願いいたします! 今後の励みになります。(主に我が家のフクロモモンガたちのエサ代になる予感です……)