(38) マドロス
「御託を並べるんじゃねぇヨ!」と、啖呵を切った。
この啖呵が彼の人生最初で最後の大きなターニングポイントとなった。
彼は長い引きこもりの苦悩から、薬物依存となり散々で危険な生活をしていた。薬物と言っても合法薬物で、咳止めシロップである。そのシロップ薬は”リン酸ジヒドロコデイン”と”カフェイン”などが含まれ、覚醒剤の原料である”エフェドリン”も含まれており、正に覚醒剤そのものだ。一瞬の頭の冴えと”多幸感”などの覚醒作用があり、それを求めてのことだった。使い方を間違えると”必ず”依存症となる。短時間しか効果がないから、またそれを求めてという悪循環を生むからだ。
私は彼が啖呵を切るまでの八年間、彼の薬物依存の散々な生活の片棒を担ぎ続けた。私にとっても、やりきれない、地獄のような、希望の無い日々であった。呂律は回らず、目はうつろで、ろくに歩けない廃人そのものだった。普通は小さなキャップ一杯と注意書きされている咳止めシロップを、一本または二本一気に飲み、二時間ほどシャキっとする。一瞬でしかない。
「子供たちが僕の周りで順番に僕を馬鹿にする。先生!見えるよね、こいつが一番僕にきつく当たるんだ」
と、指をさす。当然それは”空(くう)”を指している。禁断症状からの”幻覚”なのだ。泣きたくなる一瞬の繰り返しだった。私は腹を決め、覚悟のもと彼と会い続けた。覚悟とは、彼の生命が守れないかもしれない、というものだった。ご家族の苦悩は並大抵ではないのだ。薬代を渡さなければ暴れまくり、暴力も振った。(当時、咳止めは一本千六百円と高価だった)警察のお世話になったのは、数回どころではない。絶望的だった。違法薬物なら話は簡単なのだが・・・。
そんな彼が正気でいられる瞬間がたった一つだけあった。”ロックンロール”がそれである。U2が好きだと言う彼は、自らリッケンバッカーのエレキギターを演奏するのだが、並の技術ではないのだ。見事な早弾きはただただ見とれてしまう程だった。その時の彼は、顔・表情・言葉全てが別人だった。私も高校時代からの憧れでもあったギブソンのレスポールを手に入れた。彼のアドバイスがあったからだ。残念ながら、いくら教えて貰っても上手く弾けなかったが、彼は丁寧に優しく手を取り教えてくれた。せめて彼の早弾きのサイドギターを担当したいのだが、コードが上手く押さえられないのだ。
不思議だが、ギターを演奏する時、彼は薬なしで覚醒していて正気なのだ。二、三日大丈夫だった。私は、このギターこそが彼の依存症を寛解させる唯一の道であるのだと思い、必死で彼からギターを習い、時間の許す限り一緒に過ごした。それが唯一の微かな希望だった。彼は諦めることなく、私のギターが上達することを待ってくれた。二人でセッションする限り、彼は正気であり、薬の世話にはならなかった。しかし、私の家庭訪問はたかだか週に一回である。もっと時間を作れたら、彼を正気でいさせられるのに、私にもそれ以上の時間は残念ではあるが難しかった。時間を作れない自分を責めて、本当に苦しかった。
そんなある日、彼から私の研究室に電話が入った。
「先生!来てくれない?交通事故に遭ってスクーターがメチャクチャで・・・」
「怪我ないか?大丈夫か?何処にいる?すぐ行く」
私は制限速度をかなりオーバーして事故現場に駆け付けた。私が到着するや、彼は味方が来たと思ったのだろう、日頃臆病で伏し目がちに生きているくせに、相手に向かって啖呵を切った。
「御託を並べるんじゃねぇヨ!」
驚いたのは私だ。ちょっと待てよ!相手は黒塗りのベンツで丸坊主にサングラス、おまけにアロハシャツで雪駄履きだ。到底素人には見えないのだ。
しかし、ここでビビッては男が廃る。学生時代から、喧嘩やデモで鍛えて来ているから、こんな場面にはめっぽう強いのだ。
「兄さん、これはないだろ。フロントで当たったんじゃあんたのせいだろ」
流石に兄さんはサングラスを外し、
「申し訳ありません」と、一言。
冷や汗が流れた。まぁ、薬物依存の彼は一八五センチ・一〇五キロと大柄であり、怒鳴り声で啖呵を切ってるし、私も血相を変えて猛スピードで急ブレーキを踏んで現場に飛んで来ているし、事故の状況からも勝ち目はないと考えたのだろう。
「良かった、助かった・・・」
と、一言。内心ドキドキしながらそう思った。
それから私は一年、彼のギターの特訓を受け続けたある日、電話が来た。
「五島列島に行くよ」
「何?」
「マドロスになるんだ」
「マドロスと言えば横浜か神戸だろう?」
「違うよ、漁師になるんだ!」
「漁師はマドロスとは言わないよ」
実は彼が”マドロス”になると言い出す二年ほど前、朦朧とした彼に、
「五島列島でも旅して来ないか?五島は若いもんも居なくて君にとってきっと気が楽だよ。どうも猫とおじい、おばあばかりらしいよ」
「あぁそうだ、アコースティックギターなら軽いし、五島は電気も来てないかも知れないしね。」
と、冗談も添えたが、その時は残念ながら反応はなかった。
「マドロスになるんだ」との電話から一ヶ月後、私の心配をよそに彼は五島に旅立った。
「先生!ありがとう。今まで一言も薬止めろと言わなかった。嬉しかった。おかげでもう薬には手を出さないよ!信じて欲しい。手紙書くし、またセッションしよう。それまでネック見ないでコード押さえられるように練習頼むよ!」
旅どころの決意ではないようだ。彼は自分の人生を五島に賭けたのだ。私の目にはそう映った。
あれから七年、真っ黒で短髪、昔とまるで人相は違う。なかなかイケメンだ。四級船舶免許を取り、一人立ちの漁師(マドロス)は、小さな船で毎日漁に出ている。
「海は怖いよ、でも貧乏は平気だ。本当に嬉しい。ありがとう」
と、笑った彼のビデオレターが届く。正直、五島に行くまで彼の笑顔は一度も見たことがなかった。
一方、私はと言うと、全然ギターの腕はまるで上がらない。レスポールが泣いている。
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